第6話 朝議の間

 それから暫くしてようやく声がかかった。


「朝議の間へお連れせよとのことです」

「承知いたしました」


 入口で見張りに立っていた男性が、伝言を受け取った。


「ご案内します」

「はい、あ、あの…ちょっと…お待ちいただけますか」


 立ち上がった時に、破れたままのパンストが気になった。


「いえ…あの、少し向こうを向いていてください」

「何か?」


 人前で脱ぐのはさすがに恥ずかしい。しかも相手は男性だ。座っていた椅子の後ろに回ってゴソゴソしているのを怪しまれた。


「あ、来ないで下さい。すぐ済みますから…」


 慌ててパンストを脱いで、白衣のポケットに突っ込んだ。素足にパンプスは気持ち悪いが、破れたままのパンストを履いているよりはましだ。


「すみません、お待たせしました」

「いえ、あ…では、参りましょう」


 椅子の後ろから出てきた私を見て一瞬男性は目を見開いたが、すぐに踵を返した。


 廊下に待機していた伝言を伝えに来た人物も、部屋から出てきた私を見てなぜか驚いていた。


 彼に先導され、後ろから見張りの男性がついてくる形で廊下を歩いた。


 朝議の間は、私が最初に案内された部屋から長い廊下を進んだ先にあった。

 そこまでもいくつも部屋があり、扉と扉の間には花が活けられた高級そうな花瓶や、彫刻が置かれていた。これらを管理するのに、いったい何人の人手がいるのだろうと思った。


「お連れしました」


 突き当りの部屋の前で声をかけると、中から扉が開かれた。


「入れ」という声がかかり、案内の男性が先に入りその後に続いた。


 朝議の間と言われるからには、ここでいつも朝に会議が行われるのだろう。職員室会議が思い出されたが、あそこは先生たちの事務机もあるため、もっと雑多な感じたった。

 反してそこは重厚な造りの大きくて広い机と椅子だけで、一流企業の重役会議などが開かれるようなところだった。


 奥の一段と高い位置にまるで裁判官のように座る国王が目に入った。

 そしてそれを挟む形でコの字型に机が並び、何人かが座っている。


「こちらへ」


 まるで被告人席のように、中央に椅子が二脚置かれ、そこへ誘導された。

 部屋に入ってきて座るまで、全員の目が私に注がれていた。本当に被告人席へ向かう犯罪者になった気分だった。

 途中でアドルファスさんがいるのが見えた。

 魔塔主のマルシャルさんもいる。さっき見かけた人たちも何人かいるが、何人かはさっきの場所にはいなかった。


「先生」

「財前さん」


 後ろから財前さんの声が聞こえ、振り向くと彼女は私に向かって駆け寄ってきた。


 その後ろからは私を睨むようにして、王子が付いてきていた。


「これで全員揃ったな」


 財前さんが私の隣に座り、王子がアドルファスさんの向かいに座った。


「聖女様が、あなたの今後についての話に立ち会いたいとおっしゃるのでお連れした」


 財前さんが隣に座った理由について、国王が説明した。


 にこりと彼女が微笑み、私の緊張も解けた。案外彼女は早くこの世界に順応しそうだ。突然の環境の変化にもっと戸惑っているのかと思ったが、私の取り越し苦労だったかも知れない。


「さて、ユイナ殿、こたびの聖女召喚について、関係のない貴殿を巻き込むことになったことは誠に遺憾である。貴殿には申し訳ないことをした」


 君主というものがどんなものなのか、王様なんて初めて会うのでよくわからないが、支配階級にいる者が過ちを認め謝るのは、恐らく簡単ではないだろう。


 時に支配階級にいる人は、傲慢な時がある。


 しかし、目の前の国王は私に謝ってくれた。


「改めて名を訊ねる」

「向先 唯奈です」

「厶…ムコ…ムコチャキ…ユイナ殿」


 やはり向先という名は呼びにくいみたい。


「ユイナ殿は手立てがあれば元の世界に戻りたい。それで間違いないか」

「え、先生、帰ってしまうの?」


 国王の言葉に隣の財前さんが驚いた。見る間にさっきまでの明るさが無くなり、泣きそうになる。それを見て胸がちくりと痛んだ。


「この国が必要としているのは財前さんで私じゃないわ。あなたのことは気がかりだけど、帰れるなら帰ろうと思うの」

「そんな…」


 心細さに彼女の目に涙が浮かぶ。シャツワンピースのポケットから慌ててハンカチを出して渡した。


「何も今すぐじゃないの」

「さよう。召喚した者を帰すための手立てがわからない。それについては魔塔でこれから方法を考える。そうだな、マルシャル」


 国王が魔法使いに確認する。


「魔塔の総力を挙げて探す所存です」

「ということだ。申し訳ないが、帰還については今しばらく待ってもらいたい」

「お手数をおかけします」


 総力を挙げてとは、大事になってきた。でも、それくらい勝手に召喚したのだから、当然といえば当然かも知れない。


「そう畏まらずともよい。聖女召喚は国家の…この世界の存続をかけた儀式。それに巻き込んだとあればこれは国として、あなたの今後について補償しなければならない。王宮でこのまま滞在していただくということも考えた」

「財前さん、聖女はこれからどこで過ごすことになりますか?」


 国王に対する礼儀がどんなものかわらかない。こういうのって、許可を得て発言するものかも。でも異世界から来たのだから、そこのところは大目に見てほしい。

 でも、私の言動は特に非礼とは取られていないのか、あえて発言を窘める雰囲気もない。


 それよりも、魔塔が私を元の世界に帰す方法を見つけるまでどれくらいかかるだろう。今から方法を探すと言っても、これまでそんな事例がなかったのなら、すぐに見つかると期待しない方がいいかもしれない。

 長期になるなら、財前さんとも出来るだけ会える方がいい。

 彼女が望むならだけど。

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