メスガキ聖女に焼き芋を与えてみた。

「ちょっとカミヤぁ! お腹すいたんだけど?」

「はぁ」

 

 現在、険しい山道を進んでいる。普通に考えれば少し落ち着いたところまで行ってから休憩というのが一般的な考え方になるのだが、聖女ラムには一般的な考えという物を持ち合わせてはいない。

 

「カミヤぁ! お腹すいたんだけど!」

「ひっくん、ワシも腹ペコじゃぞぉ」

「そっすか、でもこの状況で何か料理作れる程自分人間やめてねーんすよね。もう少し我慢してくださいっす」

「はぁあああ? あーしが我慢なんてするわけないじゃな? 馬鹿なの?」

 

 ドレイクの一件から他にも同様の事件が起きている可能性が高いとアルバス神教会よりそれらの早急なる対応依頼が入った為、遠回りをして一葉はこんな目にあっているのだ。いくらなんでも聖女ラム頼みにも程がある。それにしても落ちたら死にそうな崖端を歩いている今の自分の現状に一葉は冷静になんだこれと思いながら踏める足場を確認したハズだったが、

 

「あっ!」

 

 この高さから転落したら死ぬなと思った一葉だったが「んっと! 何やってんのよぉグズのカミヤぁ!」と罵声を吐きながら聖女ラムが手を伸ばして助けてくれた。

 

「聖女サマ助かったっすよ」

「ふーん! ふーん! じゃあ今日のオヤツはとびきり美味しい物作りなさいよね!」

「りょーかいっす」

 

 二時間程、聖女ラムの煽りをBGMにようやくひらけた所に出た。そして丁度山小屋的な場所も見つかったので、そこで休憩する。ガチャリと開けた戸そこには一人の年老いた山男の姿。

 

「こんな場所に冒険者とは訪問客とはしいのぉ」

「自分達はアルバス神教会の仕事でこの山に出るというビッグフットをやっつけに来たんすよ。こちらが聖女サマと魔女のラーダさんっすね。自分は神谷一葉。聖女サマの従者のバイトしてます」

「ビッグフットをお前達がぁ? 悪い事は言わない。帰んな、お前さんみたいな優男とこんなガキンちょ二人、あいつはペロりとやっちまう」

「はぁああ? 何このじじい! あーしに喧嘩売ってるわけぇ? 買うけどぉ?」

「そうじゃな。この翁の言葉無視はできぬのぉ! 最上の魔女ピニャコ・ラーダを侮辱した罪、どうしてくれようぞ?」

 

 山男と二人は一瞬にして険悪な仲になりかけたが、ここは一葉の出番である。お湯を沸かして、インスタントのコーヒー、聖女ラムとラーダにはココアを入れて、「どうぞっす! 熱いので気をつけてくださいっす」とお茶受けのビスケットも出してから「話を聞かせてくれねーっすか? こう見えてもこの二人は凄い力を持っていてこの前もドレイクを何匹もやっつけたんすよ」と山男に一葉は寄り添う様に、そして二人のプライドもしっかりくすぐりながら話を進める。

 

「ここは俺が山の治安を維持する為に住んでいたんだ。山頂に封印されていたビッグフットの聖域の守人としてな。並の魔物であれば俺の力でいくらでも討伐できた。だが、ある時一人の女。今思えばあれは人間じゃなかったのかもしれない。そいつが山頂の封印を解き放った。よりにもよって……息子夫婦が子供を連れて来た時に……」

 

 一瞬、聖女ラムの表情が真顔になった。それを見逃さないのは一葉。そしてビッグフットは山男も山男の息子夫婦も襲われた。

 

「ふーん、しかし翁。よく生きてたのぉ。それ程の魔物、相当な惨劇だったじゃろうに」

「あの女、シーアンドスカイが俺を俺だけを懸命に助けやがったんだ! 俺は俺の事はいいから息子夫婦とその子供を、俺の孫を助けてくれって懇願したのに、あいつは笑いやがった。人間の絶望を見るのが好きだと、だから一番年老いた俺を助けたんだと……俺の身体が癒えた頃にはもうあの女の姿は見当たらなかった。追いかけて殺してやりたかったが、俺がここで見張ってこの山を登るやつを追い返さないとビッグフットに襲われる犠牲者が増えちまう」

「別にいいじゃない。他人がどうなろうとも」

 

 なんて事を言う聖女様だろうと一葉は思ったが、山男の言葉を聞いて普段うるさい聖女様が静かだった。「俺の息子夫婦と孫が死んだ場所をこれ以上あいつの牙で穢たくないんだ」「あっそ、カミヤぁ、とっととオヤツ用意なさいよ」


 と言うので「了解っす」と一葉はリュックからサツマイモを取り出す。それに不服そうな顔を見せるのは他でもない聖女ラム。

 

「ちょっとちょっとぉお! カミヤぁ! それ何よぉ!」

「これっすか? べにはるか。サツマイモっすよ」

「イモで私が満足するわけないでしょ! 修道院や孤児院の食事じゃあるまいし! パサパサして味気もなくてただお腹に入れるだけの食べ物なんてあーし食べないんだから!」

 

 ふっと一葉は笑うとアルミホイルを取り出して水で濡らしたべにはるかを包む。そして薪がくべてあり、火が灯る暖炉の中にそれらを入れていく。しばらくすると、一葉はテーブルにバター、チーズ、マヨネーズ。蜂蜜に胡椒と調味料を用意して火鋏でアルミホイルで包んだべにはるかを取り出す。

 

「えっと、お名前は」

「ダロクだ」

「ダロクさんも是非、クソ美味い焼き芋なんで」

 

 と一葉以外、サツマイモを知らない三人は何を言ってるんだコイツ葉という顔をしているが、一葉が一本アルミホイルを剥いて、真ん中から割って見せると全員の表情が変わった。

 

「うぉお! 凄い蜜が詰まっておる!」

「カミヤ、それ芋じゃないでしょ! あーしを騙そうったってそうは行かないんですけど?」

 

 と普段通り煽ってくる聖女ラムの口元に焼き芋を持ってくると聖女ラムは条件反射でパクりとそれを口にして「んんっ! あまーい! 修道院の雑魚ケーキなんかとは比べ物にならないじゃない! 何よこれ! どうやって作ったのよ!」

 

 修道院の食事、相当トラウマがあるんだろうかと熱々でホクホクの甘い焼き芋に頬を染めてハグハグと食べている。魔女ラーダの方も「ひっくんこの芋うまいのじゃ!」「そっすか、そりゃ良かったっす」と山男のダロクの方も見ると、目が合う。

 

「あぁ、うめぇよ。こんな美味い芋、存在するんだな? 王族御用達とかじゃないのか?」

「まぁ、そこそこいい芋っすけど、普通に誰でも食べられるサツマイモっすよ。この辺じゃちょっと手に入らないっけど、植えれば増えるかもしれねーっすね。一個、生の芋を差し上げるっす。切って切った面に灰を塗って埋めてあげれば芽が出るかもっすよ」

 

 一葉に渡された生のサツマイモを受け取り、頑固そうなダロクの瞳から涙が溢れた。一葉達聖女一行が美味しそうにサツマイモを食べている姿を息子夫婦達と重ねたのだろう。そんな様子を見て口の周りに芋をつけた聖女ラムは食べるのをやめた。

 

「あーあ! むさっ苦しいおっさんが暗いからなんか食欲無くなったじゃなーい! うっざ!」

「聖女サマ!」

 

 たゆんと大きな胸を揺らして注意しようとした一葉を小馬鹿にするように見つめ「ビッグフットだっけ? 今のイラつきをその雑魚モンスターで憂さ晴らしするから来なさい。アンタ達! カミヤはオヤツの用意だからね!」

 

 案外優しいところがあるという事を一葉は知っている。が、ここでそんな事を聖女ラムに一言でも気づかれればヘソを曲げるのは間違いないので「りょーかいっす」と素直に命令だけを聞いておく事にした。

 

「全く聖女はお人よしじゃのぉ!」

「はぁああ? 聖女なんだから人助けは当たり前でしょ? 雑魚魔女ぉ! アンタこそ悪人の癖に人助けするとかププ!」

「わしも一応従者じゃからな。二人の言う通りに従うまでじゃ! のぉ? ひっくん!」

 

 自ら人助けとか言っちゃう聖女ラムと一緒にいる事で魔女ラーダも割と良い魔女だった事、あとはこの二人の自尊心を高めてやるまでだなと一葉は、

 

「二人がいれば、余裕っすね! ダロクさん、行きましょう」

「おい! あいつは本当に危険なんだ!」

「だったらそこで待ってなさい! そんな雑魚モンスターの首の一つや二つ、簡単に取って来てやるんだからぁ」

 

 あはははは! と笑いながら山小屋をでる聖女ラムに一葉と魔女ラーダはついていく。「おいやめろ! 変な気を起こすな!」と言うダロクを残してさらに上にある祠のような場所、そこにビッグフットが封印されていたのだろう。

 

「ねぇ雑魚魔女のラーダ」

「なんじゃ聖女ラム」

「雑魚モンスターの姿が見えないから適当にこの辺魔法で吹っ飛ばして炙り出しなさいよ!」

 

 凄い雑でかつ、効率的な方法を取ろうとする聖女ラム、それに「カミヤぁ、アンタはおやつ作り!」「はいはい」と、先ほど作った焼き芋にバター、砂糖、塩を混ぜ込んだ生地が既にある。あとはここで即席のオーブンを作れれば……適当な石を積み上げてアルミホイルを敷いていく。

 

「聖女サマぁ、火もらえるっすか?」

「はぁああ? なんでアンタいつも、もう! その辺で適当に燃えてるの使いさないよ!」

 

 聖女ラムと魔女ラーダがテロリストばりにビッグフットの封印されていた場所を魔法で破壊していく。そんな中で燃えている部分から一葉は木の枝に火をつけて拝借。あとは卵を塗ってやれば冷えても美味しいスイートポテトが出来上がる。

 山の頭頂部、そこにあった岩や木々を聖女ラムと魔女ラーダは破壊し尽くし、そしてその騒動に激おこでビックフットがけたたましい叫び声と共に飛び出してきた。

 

「そっちに行ったぞ聖女ラム」

「見りゃわかんでしょ? てか、なんであーしの方に来たの? ねぇ? もしかして……ケダモノ風情があの雑魚魔女より、あーしの方が弱いとか思ったわけぇ?」

 

 大きな牙を見せて、威嚇。そして刃物みたいな爪で聖女ラムに襲いかかったビッグフット。スイートポテトの焼き具合に集中したいのでチラ見程度だが、聖女ラムはおそらく舐めプする。

 案の定。

 

「ねぇ? 何それ? 何をしようとしてるのぉ?」

 

 聖女ラムの傷ひとつない小さい手がビッグフットの大きな爪を握り、力を入れるとバキン! と言う音と共に割れる。

 

「ウゴガァアアア!」

「きゃはははは! 腕が曲がっちゃったわねぇ? くっさいケダモノが、あーしに! あーーしにぃ! セイクリッド・カノン!」

 

 ビッグフットの身体が宙に浮く、それほどの衝撃を持った聖女ラムの魔法。逃げようにも折れ曲がった腕を雑に聖女ラムが掴んで離さない。それからは凄惨だった。「愛の鞭よ! ケダモノぉ!」と聖女ラムは魔法力で強化した身体で殴る蹴るの折檻。完全に戦意を喪失したビッグフットの首元を掴むと引き摺り回す。

 

「動物愛護団体とかが見たら悲鳴あげそうっすね……動物じゃなくてモンスターっすけど」

  

 魔女ラーダも相当引いている聖女ラムのビッグフット狩り、自分が弱いと判断された事への圧倒的なプライドから魔法、打撃とそしてたまに「まだ死んで良いだなんて言ってないわよねぇ? キュア!」時々回復させる。そんな一方的ななぶり殺しの最中に……

 

「お前らぁ! 大丈夫かぁ!」

 

 と大きな斧を持って助けに来たダロク。ビッグフットの祠が綺麗さっぱり無くなっていて、そしてえ玩具でも与えられたように楽しそうにビッグフットを嬲っている聖女ラムの姿。ダロクの声を聞いて聖女ラムの手が止まる。

 

「なぁんだ来たの? アンタの仇、こんな感じだしそれでトドメさせばぁ? 少しはスッキリすんじゃないのぉ?」

 

 もう瀕死の状態のビッグフット、ダロクは愛する家族の命を奪ったビッグフットを前に、「すまねぇ、お前さん達。本当に神の使いだったんだな」と覚悟を決めたダロクを見て「やれやれね。今更分かったの。ばっかじゃないの」と聖女ラムは煽るが、ダロクがビッグフットにトドメを刺すときは静かに見守っていた。そして、全てが終わるとビッグフットの毛皮や爪などの素材を剥ぎ取ると、その他を炎の魔法で浄化した。

 

「綺麗さっぱり更地になったのぉ!」

「ふん、どうせ封印する雑魚モンスターももういないんだし、ここに死んだ家族のお墓でも作って墓守でもすればぁ? アンタどうせ後先短いんだし!」

 

 と言う聖女ラムにダロクは無言で両手を合わせて祈りを捧げた。「お前さんは口ではそんな風にいうが優しい、本当の聖女様だ」

「ば、ばっかじゃない! そんなの当たり前なんだからぁ! ……あぁ! もう、仕方がないわね! 私が祈りを捧げてアンタの家族の魂が神の身元に行けるようにナシつけてあげるわよ」

 

 とか言うので、ヤクザみたいなやり取りなんだなと思っていたら、「カミヤぁ! 何ぼさっとしてんのよ! あの道具で神に言ってやりなさいよ!」「あぁ、俺電話するんすか?」「当たり前じゃない! カミヤのざぁこ!」と褒められてどんな反応をしたらいいかわからない聖女ラムをもう少し見ていたいなと思ったが、スマホを取り出して電話。

 

 るるるるる!

 

「あっ、神様っすか? 自分です。食材? あー、それもなんすけど。聖女サマからの伝言で、えーはい! ビッグフットって魔物に襲われた親子なんすけどね。ダロクさんって人の息子夫婦さんとお孫さんらしくて、ちゃんと神様の所に行けるようにアシストお願いしますっす。はい、特別? まぁ、聖女さまに言ってもらっていいっすか? ではそれで、はい」

 

 電話を切ると一派は指で丸を作り神様と話はつけた事を皆に伝える。そして先ほど作っていたスイートポテトを持ってくる。

 

「聖女サマに頼まれてたお菓子っすよ! はい、一人3個ずつあるっからね!」

「はぁあああ? 9個余るじゃない!」

「ダロクさんの息子さん夫婦にお供えっすよ」

 

 そう言って一葉は聖女ラムに蜂蜜を入れた紅茶を差し出す。甘いお菓子に甘いお茶を渡しておけばしばらくは静かになるだろうと思って、ダロクに一葉は一連の問題を起こした魔女、シーアンドスカイの行方を聞いてみたが、

 

「あの魔女は俺の怪我が治ると満足したように下山して行っちまった。だから行方は分からないな」

 

 ほんと使えないんだからとリスみたいに頬を膨らませてスイートポテトを食べている聖女ラム、自分の分のスイートポテトがなくなったので、

 

「特別にアンタの家族に祈りを捧げてあげるからお供えのお菓子あーしによこしなさい!」

「お下がりだ。腐らすのも勿体無い。食べてくれると嬉しいよ」

 

 卑しいなとか一葉は思っていたが、聖女ラムが祈りを捧げている姿が案外様になった。静かで、美しく、口さえ開かなければ本当に聖女と言って差し支えない。いかに死者蘇生を行った事がある聖女ラムでも遺体がなければそれはできず、ダロクの家族は手遅れだった。

 聖女ラムなりに思うところでもあるのだろうかと祈りを捧げ終わるのを一葉は暮れゆく空にも負けない眩しい聖女様を見つめて同じく喪に服す事にした。

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