第5話 危険人物

 ──コンコンコン。


 慎重にノックし、数秒の間待つ。

 ……相手は、あのバーベナだ。

 二次創作の悪印象が多少なりともあるとはいえ、原作でもかなり危険な奴だった。


 ……てか、反応ないな。

 もう十秒くらい待ってるんだけど。

 これはもう、帰っちゃってもいいってことだよね?


「まあ、そんなことできないんだけど」


 これは、私の今後にかかわってくる、重要なイベントだ。

 このイベントを逃したせいで死ぬなど、絶対にあり得てはならない。

 ……バーベナとの接触は、避けては通れないのだ。


 あと一回、あと一回だけノックして、それでも反応が無かったら帰ろう。


 そう意を決して、私は扉に手を──




「俺の研究室に用か?」




 背後から聞こえてきた声。

 あまりにも冷たく、聞いただけで恐怖を覚えるような声。

 ……小説で最初にダフネ様が会った時に覚えた感覚をそのまま並べてみたが、正しくその通りだった。


「……お前がバーベナか?」


 振り返り、背後の男と対峙する。

 身長は私よりもだいぶ高く、手足が長い。

 ……ぶっちゃけ、滅茶苦茶スタイルが良い。

 しかも、顔も男の私でさえ美しいと思ってしまうほどに整っている。


 ああ、二次創作で人気が出そうなキャラデザだ。


 心の中で、そんな失礼極まりない感想を漏らしてしまう。


「ここは俺の研究室だ。それ以上に説明がいるか?」

「それもそうだな。申し訳ない」


 こいつ、めっちゃ強気な態度だな。

 王宮に行く以上、普段よりも身だしなみを整えているから、私が貴族だという事もすぐに察せるはずだ。

 なのに、この態度か。


「それで? 何の用だ?」

「その前に、この手紙を──」


 ──ビリッ。


 ……え?

 えぇ!?


「いらん。どうせ、誰それにこんな呪いをかけろだの、意中の相手を射止めたいからそういう黒魔術を使えだの、そう言った依頼だろう!?」

「……は?」

「ふざけるんじゃねえ。俺は便利屋じゃないんだ!! 大体、そんな事をするために、俺は魔法を研究してるんじゃねえ!!」

「いや、だから……」

「さっきの封蝋、国王のだろ? 国王の紹介で来たんだろう!? あの野郎、次に妙な仕事をさせたら、国を滅ぼすって脅してやったってのに……!! ようし、分かった。今晩中にこの国をぶっ壊してやる!!」


 ……バーベナ、想像以上にやばいやつだった。

 こいつ、私以上に悪役やってるんじゃないのか?

 てか、こいつ、二次創作じゃなくても二次創作みたいなことやらされてんのかよ。

 可哀そうに。


「おい、バーベナ」

「なんだ、クソガキ? 俺は今、魔法陣の構造式を考えるのに忙し──」


「いいから、話は最後まで聞け!!」


 語気は強く、されど静かに言葉を吐く。

 父が説教を始める直前を真似てみたのだが、意外と似てたな。

 それに、興奮状態のバーベナを黙らせるのにも成功した。


「私は別に、お前に黒魔術や呪いを使ってほしくて来たわけではない」

「は? だったら、なんで来たんだ?」


 その言葉に答えるよりも先に、私はひざを折った。

 そして。


「私に、魔法を教えていただけないだろうか?」


 床に頭をつけ、私はそう懇願した。


「……は? はあ!? 魔法を!? あんたが!?」

「ああ」

「……何の冗談だ、くそ坊主。俺が使っている魔法は、貴族のボンボンが使うようなものとは違うぞ?」

「承知の上だ。だからこそ、あなたに頼みたいのだ」


 土下座したままなので、バーベナの表情は分からない。

 だが、動揺しているのは明らかだ。

 ……まあ、当然だろう。

 さっきの話しぶりからして、貴族からこんなことを頼まれるのは初めてだろうからな。


「……分かった。とりあえず、頭を上げろ。俺みたいな庶民に頭を下げているところなんて、あんたも見られたくないだろ?」

「私の望みがかなうのであれば、この頭を下げることくらい、わけはない」


 本当は推しの体を汚すのは忍びないが、あくまでも下げているのは私の頭だ。

 推し自身は頭を下げておらず、私だけが頭を下げているのだ。

 私にしか分からない感覚だが、私にだけ分かれば十分だ。


「そうか。……ただのボンボンかと思っていたが、それなりに覚悟はあるみたいだな」

「当然だ」

「…………。……立て」


 バーベナの言葉に従い、体を起こす。


「今から、ある場所に連れていく。そして、俺の魔法を見せる。その後のあんたの反応次第で、魔法を教えるか決める。それでいいな?」

「ああ。ありがとう」

「……貴族が礼を言うか。まあ、いい。とりあえず、着いて来い」


 そう言って、バーベナは歩き出した。

 どこへ向かうのか、若干の不安はあるが、それを表には出さず、私はゆっくりとバーベナの後をついて行った。

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