第32話 アレス対上位者

 あれから俺は北西方向に進み、ついには追っている痕跡と似ているものを魔力を出す馬車を見つけた。


 そして俺は魔法を解いて、馬車の前に降り立つと地面を強く踏みつけた。地面は陥没し、凄まじい衝撃音により驚いた馬が足を止める。 


 急に現れた俺の存在に御者の人間が驚き、「クルース様!」と誰かの名前を呼ぶ。すると馬車の中から長い青髪に、白いコートをはためかせた男が出てきた。加えて、その手には白衣の首根っこを掴まれているシオンさんがいる。


 俺は男のたたずまいを見て冷や汗をかく。・・・かなり強いな、こいつ。


「おい、ロン毛野郎。今からぶっ殺されるか、彼女を解放するか選べ」


 俺は悟られないように全身から魔力を練り上げ、硬気を身にまとう。


「・・・ふむ、どうやら単独で救助に来たようですね。実に悪手ですが、私は威勢よく鳴く犬が大好きでね。格上の相手にそんな風に啖呵を切るのは気に入ったよ」


 その姿を見て、クルースという男も手に魔力を集中させ始める。そしてその手は徐々に群青色に染まっていく。氷属性魔法・・・、こいつがドアの前の警備兵をやった奴か。


「てめぇみたいな気持ち悪い奴に気に入られるなんて、超ヤダ」


「はは、寂しいことを言わないでくれたまえよ」


 そう言った合った後、お互いの出方を見るためにしばらく沈黙する。


 この世界に来てから多分、ここまでの強者とは戦ったことがない。俺は戦闘の緊張からか鼓動を跳ね上げさせる。


 そして俺の額の汗が地面にポタっと落ちた瞬間、男が凄まじい速度でこちらに飛び出した。


「ッ」


 俺も身体強化を行い、その場から移動し男が繰り出した蹴りを腕で防御する。


 だが、


「ガッ」


 俺は防御しきれずに木々を倒しながら吹き飛んだ。そして木の幹に背中から激突して止まる。


 そんな中男がつかさずこちらに接近し、追撃を仕掛けてくる。俺はそれを間一髪で躱し、お返しとばかりに回転を入れながら裏拳を放った。


 だが、その攻撃は突如地面から生えた氷の巨塊により防がれてしまう。


「ちっ」


 俺は瞬時に魔力を手に込めて刃を形成し、目の前の氷を壊すために袈裟斬りをする。が、氷は俺の魔力による刃を受けても傷一つつかない。硬めた魔力では歯が立たないほどに、大量の魔力が込められた氷だ。


 俺は地面から生えた氷を素早く回り込み、奴ののど元にめがけて魔力の刃を振る。男はそれを頭を下げることで回避するが、俺は体勢が低くなった奴に蹴りを放つ。だがまたしても氷により、それが阻まれた。


 こうしてしばらく俺と男は目にもとまらぬ攻防を繰り返した。


 しかし、俺は相手の手数の多さから、一度距離を取ろうとバックステップでその場から離れようとする。だが突然、奴の周囲から数十の氷の礫が出現し、それがこちらに向かい射出された。


 俺は防御するために全身に硬気を張るが、驚異的な速度で飛んだ礫を完全に防ぎきれず、いくつかが体に突き刺さってしまう。


「きッ」


 痛みで顔を歪ませながらも、俺は男から離れることに成功する。



「ふむふむ、なかなかの魔力操作ですが、込めた魔力量が違い過ぎましたね。それじゃあ私の攻撃は完全には防げない」


 正直ここまで力と魔力をぶつけられれば誰でも結果は同じだろう。男は歩きながらゆっくりこちらに近づき、そうして手を胸に当てた。


「申し遅れましたが、私の名前はクルース・ハルメトス。帝国では『銀氷の貴公子』と呼ばれております」


「異名付き・・・帝国の上位者か」


 帝国がなぜシオンさんを狙っているのかは見当もつかないが、この洗練された氷属性魔法に魔力量。そして、まだまだ全力ではないところを見るに、上位者という点については納得ができる。


「さて、貴方を観察していたものから大体のことは聞いています。確か優れた魔力操作と体術、加えて特質魔法の飛行が可能なんだとか」


「はあ、はあ、そこまでよく見てくれてたのかよ、なんだか照れるな」


 俺は立ち上がり、口の端についた血を手で拭う。


「はは、潜伏させていたものによると、貴方に私の人形だった者たちがやられましたみたいですからね。特にゴンラスという巨漢の男については、薬で仕上げていたつもりだったのですが」


「あの変な奴か・・・」


 確かにお薬やってそうな見た目してやがったな。


「ええ、だから貴方をしばらく監視していましたよ。ただ今の攻防を見るに、私とあなたの差は歴然の様ですが・・・お話はこれぐらいにしましょうか」


 そう言い魔力をを全身から立ち上るように出し、そして消えた。気づくと奴は俺の目の前に現れ氷の剣を握っていた。


「アイシクルブレード」


「ッ」


 そう言い、男は氷の剣で下から斬り上げる。俺はその剣を回避するために、後ろに飛ぼうとする。だが、途端に脳内からけたたましいほどの警鐘が鳴った。俺はそうして寸でのところで横に回避をする。


 振り上げられた氷の剣から特殊な冷気が放出される。それが次の瞬間、空気中の水分を凍らし10メートルほどの扇状の氷が作られた。


「おや、よく躱しましたね。ただ一度じゃありませんよ」


 そうして、俺に対してなん度も剣を振り氷の斬撃を繰り出した。俺は繰り出されえる攻撃を何とか避け続けながら、魔力などで受け流す。だが猛烈なその攻撃を完全に防ぎきれずついには被弾していまう。


 俺は「かはっ」と短く肺から息を漏らし、後方に凄まじい速度で飛ばされる。


「魔力というものはね、魔法を使うためのただの燃料なんですよ。そうして魔力操作をいくら極めようとも、強力な魔法で押し切ってしまえば全く問題はありません」


 男はそう言葉を吐き、吹き飛ばされている俺の背中に手を当て受け止める。


「加えて、私のような超一流の魔法師と比べれば、そんなものお遊戯程度でしかない」


 腹から氷の剣が生え、俺は口から大量の血を吐き出した。


「ぐふッ」


「アレスッ!?」


 御者に動きを拘束されているシオンさんから、そんな不安そうな声が上がった。


 俺はその場から離れるために魔法を発動して宙に逃げる。それから肩で息をしながら、貫かれた腹を手で押さえる。・・・くそッ、腹に刺されたのはいつぶりだろうか。


「はあ、はあ」


「ほう、それがあなたの特質魔法ですか。実に珍しい才能を持っていますね・・・。ただ、先ほどから魔力を節約しながら使用しているのを見るに、あまり魔力量は多いほうではないみたいですねぇ」


 奴は氷で足場を作りはじめ、空中に浮かび始める。


「物量で潰させていただきましょうか・・・クリスタルレイン」


 そう男が言うと、周囲に百を超える氷の針が形成され、こちらに飛ばしてきた。俺は宙を泳ぐように移動しながらそれを躱すが、いくつかがその針が当たってしまう。


 氷の針は当たった部位を凍結させ、身体の動きを大きく鈍らせた。俺はやがて傷を抑えながら地面に落下して倒れこむ。長髪の男はその姿を見て、魔法を解除して降り立つ。

 

 俺は傷を抑えながら、身体に力を込めて立ち上がった。


 まだだ、まだ・・・。


「・・・立ちますか」


 男は俺の姿を見て、呆れたようにため息をつく。そして、手をこちらに向けながら膨大な魔力を放出し、それを一瞬にして群青色に染め上げた。



「いいでしょう。あなたには私の代名詞とも言える魔法を見せてあげましょうか」


 

 空間が震え上がるような魔力に、俺はとてつもない危険を感じる。


 何かやばいのが来るッ!?


 俺は横に弾けるように飛び、回避行動をとる。



銀色の世界フロストノヴァ



 ガラス破片のような氷がキラキラと散らばり、それが急速に男の前方方向に広がる。そして触れた木々が一瞬で白く染まり、割れたかのように砕けた。


 俺はそれを完璧に回避しきれず、左腕が触れてしまった。そして同様に白く染まり上がり、最後には跡形もなく砕けた。


「がああぁあッ!!」


 俺は左腕を失った痛みからか、大きく叫び声をあげる。



「ふふ、終わり・・・ですね」



 男は俺のその姿を見て、そう告げるのだった。


 




 



 


 

 


 






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