幼馴染と手を繋ぐ

「えっ……?」


「さ、寒そうだし、少しはマシになると思うぞ?」


 驚いた表情を浮かべるかすみを見た瞬間、一気に気恥ずかしさが込み上げてきた幸太郎が緊張に声を震わせながらそう続ける。

 急に変なことを言い過ぎたかと焦る彼であったが、かすみは嬉しそうに微笑むと小さな手を伸ばしてきた。


「……うん、お願い。ちょうど寒いと思ってたところなんだ」


「お、おう、そうか。えっと、じゃあ……」


 緊張しながらも、自分から言い出したことなのだからと覚悟を決めた幸太郎がかすみの手を掴む。

 割れ物を扱うように優しく、そっと冷えたその手を握れば、かすみもまた幸太郎の手を握り返してきた。


「あはっ! 幸ちゃんの手、温かいね!」


「そういうお前の手は冷えてるな。やっぱ、ちょっと寒かったか?」


「私ってば、冷えやすい体質なのかも? でも、今は温かいよ。うん、温かい……」


 しみじみとそう呟くかすみの横顔は、なんだかとても綺麗に見えた。

 その横顔に目を奪われていた幸太郎がはっとして前を向く中、同じく前を向くかすみがこんなことを言う。


「こうして幸ちゃんと沢山おしゃべりできて嬉しいよ。すごく懐かしい気分になった」


「俺もだよ。あの家に風呂がなかったお陰だな」


「あはは、そうかも! そう考えるとかなりいい物件だね! 特に、私にとってはさ!」


「確かにな……家賃一万。風呂無し、幼馴染付き……ってところか? お前にとっちゃなかなかの好物件だな」


 そんな下らない冗談を言い合いながら、ケラケラと声を出して二人で笑う。 

 懐かしかったあの頃に戻ったような気分になりながらも、繋いだ手から感じる冷たい温度から昔とは変わったものもあると認識する幸太郎は、口から白い息を吐いてからかすみへと言った。


「……さっきの、もしもお前が引っ越さなかったらどうなってたかって質問だけどさ……答えを追加してもいいか?」


「え? ……うん、いいよ」


 一瞬、戸惑った表情を浮かべながらも、彼がどんな答えを付け加えるのかに興味を持ったかすみは緩く微笑みながら頷きを見せる。

 そんな彼女の反応を確認した幸太郎はかすみの方を見ないまま、足を前に進ませながら、こう答えた。


「わかんねえ、って部分に変わりはない。の話なんてしても意味ねえだろ? でも――」


「……でも?」


「――今日、こうして五年ぶりに会えて、一緒に暮らすことになったんだ。だったら、じゃない今を楽しもうぜ。会わなかった五年より、一緒に過ごす今日を大切にした方がいいって、俺は思ってる」


「……会えなかった時間より、こうして一緒に過ごせてる今を大切に、か……うん、幸ちゃんの言う通りだ。私も、同じ気持ちだよ」


 きゅっと、かすみが手に力を籠め、幸太郎の手を強く握る。

 冷たかった彼女の手が、優しい温もりに包まれていることを感じた幸太郎もまた、胸の内に感じる静かな幸せを噛み締めながら彼女の手を握り返した。


「……ちょっと遠回りになるけど、コンビニ寄っていくか。夜飯に弁当でも買っていこうぜ」


「いいけど、そんなのばっかり食べてると体に良くないよ? 料理人なんだから、自炊すれば?」


「普段はちゃんとしたものを食べてるっつーの。今日はお前が急に来たから、用意ができてないだけ」


「そうなんだ。じゃあ、明日からは幸ちゃんの美味しい手料理が食べられるってわけだね! や~りぃ!」


「……念のため言っておくが、タダ飯を食わせるつもりはないからな? 働かざる者食うべからず、この言葉を肝に銘じとけよ?」


「わかってますって! 私もちゃんと頑張るよ! ……ねえ、幸ちゃん?」


「ん? なんだ?」


 他愛のない会話を繰り広げながら、繋いだ手を離さないようにしながら、かすみに呼びかけられた幸太郎が彼女の方を向く。

 同じく、こちらを向いていた彼女は幸太郎と目を合わせると、静かな声でこう問いかけてきた。


「今……幸せ?」


「……ああ、多分な」


「うわ、あいま~い! でも……うん、そっか!」


 小さく笑いながらの幸太郎の回答に、ツッコミを入れたかすみが楽し気に笑う。

 自分が大好きな、彼女の明るく弾ける笑顔を見つめながら……幸太郎は、こんな日々も悪くないと思いながら、かすみの手を強く握り締めるのであった。

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