第5話 聖女解任


「では、少し仕事をしてくる。君はその間に自宅に帰るか? あとで迎えに行くが……」

「あの……私は、城に住んでいたので、王都に邸はなくてですね……私の部屋は、本日ヴェイグ様が破壊してしまいましたし……」

「ああ、あそこはセレスティアの部屋だったのか……だが、今夜はあの部屋では休めないだろう」

「そうですね……どのみち婚約者では無くなったので、もう城には住めないでしょうしね」

「なら、ここにいればいい。この離宮はシュタルベルグ国から来ている俺に開放されている。また、王太子殿下が来ては困るだろう。ここなら、王太子殿下も、簡単には入れん」

「いいんですか?」

「守ってやると先ほど約束しただろう」


そう言って、脱いでいたマントを羽織るヴェイグ様。


とにかく、マティアス様とエリーゼから、離れられるならどこでもいい。私にだってプライドはあるのだ。あの二人を微笑ましく視界に入れる酔狂な趣味はない。

両親は領地にいるから、王都には頼れるところはない。

しかも、この男との逢引きを疑われている私には、この選択が一番だろう。


その時に、不意に私の頬に温かいものが触れる。

考え事をしている私は、ヴェイグ様を見てなくて……そっと、頬にヴェイグ様の唇が触れたのだ。

思わず、顔が紅潮してしまう。触れられた頬を押さえながら、自信ありげなヴェイグ様に見られて緊張する。しかも、この男は躊躇なく口付けをした。


「……ヴェイグ様。振られたことは?」

「ない」


ヴェイグ様が、自信たっぷりで返答する。


「あの、ヴェイグ様」

「なんだ?」

「助けて下さって、ありがとうございます……その、マティアス殿下に殴られそうになった時も……」

「気にするな。先ほども言ったが、セレスティアが殴られていい理由はない。お茶を準備させるから、少し休んだ方がいい」


部屋を出ようとするヴェイグ様は、部屋の扉の向こうにいる彼の連れて来たシュタルベルグ国の王宮執事にお茶の指示をし始めて、「あとは頼む」と執事に言って出ていった。


ヴェイグ様がシュタルベルグ国から一緒に連れて来た王宮執事はシオンと名乗り、まだ若い青年だった。茶色の髪を後ろで一つにまとめており、清潔感のある執事服に身を包んでいる。


その執事シオンが、温かいお茶を淹れてくれた。

お茶を飲み終わると、自分の部屋へと荷物を取りに行く。

城にある私の部屋には、黄色いロープで規制線が張られており、怪しげな事件現場跡のようになっている。私に気付いた近衛騎士が声をかけてくる。


「セレスティア様……その……ここは、危険です」


そうでしょうね。まさか、天井から男が、しかも王弟殿下が落ちてくる危険など予想外でした。


「大丈夫です。私は荷物を取りに来ただけですので……あなたたちは、しばらく離れていてください」

「しかし……」

「これでは、私は落ち着いて荷物も運べませんわ。それとも、女性の荷造りを観察する気ですか?」

「し、失礼しました」


そう言って、見張りの騎士たちを下がらせて、部屋のテラスへと出た。

私は人知れずこの部屋専用のテラスの庭で植物を育てるように、探索のシードを造っていたのだ。


テラスの一角には、私が探索のシードを造るために使っていたシード(魔法の核)が埋められている。

聖なる魔法の紋様を刻んだシード(魔法の核)を庭に埋めていたのは、常時この庭を清浄な場所にするため。この場だけでいいから、簡単なものだった。

そのせいか、このテラスの花や植物は生き生きと、そのうえ綺麗に咲き誇っている。


そのシード(魔法の核)を取り出した。


「もうここには必要ないものね」


そう呟きながら、シード(魔法の核)を胸にしまった。

テラスから部屋に戻り崩れた天井を見上げると、いったいあの男は何をしていたのだろうかと、疑問しかない。


でも、私をここから連れ出してくれるなら、探索のシードはなくても城からの脱出は安全に出来る。しかも、堂々とお暇できるのだ。


よいしょと言いながらトランクを出して、ドレスを入れようとすると、部屋の前から下がらせた近衛騎士たちの声が聞こえ始めた。


誰かが来たのかと思えば、近衛騎士たちを通過してきたのは、マティアス様だった。


「セレスティア。どこに行っていた」

「どこにいようが関係ありませんわ」

「関係はある。君には城に残ってもらう。君の調査はまだ終わってない」


聖女としての資質を疑われているけど、私にだってこの髪色は、突然現れて困惑している。

でも……。


「調べられる謂れはありません。それに気安く声をかけないでください」

「なら、王太子殿下として命じよう」

「……私をどうなさるつもりですか? 王太子殿下の両手の花の一つになる気はありません」

「ならば、聖女の任を解任する。今この時より、セレスティア・ウィンターベルはカレディア国の聖女ではない。黒髪の出現は、聖女として疑わしき容姿だ。騎士たちよ。聞いたな」

「は、はいっ」


私を王太子殿下の婚約者でなくするだけでは飽き足らず、聖女の肩書きまで取り上げるマティアス様。婚約破棄はいい。未練などないから。

でも、王太子殿下からの婚約破棄のせいで、私は多額の慰謝料を背負わされる羽目になっている。

私がマティアス様に縋りつくなどあり得ないのに。


突然の王太子殿下の言葉に近衛騎士たちが返事する。戸惑っていようが、騎士としては当然の反応だ。

それに、日に日に増えていっている黒髪は、誰が見てもわかるものだった。

聖女機関でも、何度も疑われた。マティアス様の言うことは、原因のわからない今の時点では、誰もが納得するもっともなことだろうけど……。


「そして、私の新しい婚約者の侍女についてもらう。結婚後は側妃として召そう。これは王太子命令だ。理由もなく断ることは許さない」


こうなるのが嫌で早く逃げたかった。ヴェイグ様が探索のシードを奪わなければ、マティアス様が近づいて来ることも察することができただろうに……。

思わず、唇を嚙んでしまうほどギュッと口を引き締めた。


「……王太子殿下。勝手に俺の婚約者を囲もうとするのは止めていただきたい」




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