第9話

『えぼしスポーツの里』は、烏帽子岳に作られたスポーツ複合施設であり、ここでは運動のできるグラウンドや子供のための遊び場などがあった。

 この日は平日で、あまり人も訪れていないのか、結喜の車以外に駐車している車は見当たらなかった。

 寂しいと思う反面、人の多い場所が苦手な結喜にとって、この状況はありがたかった。誰かに気を使う必要がないので、自由に園内を歩けそうだと彼女は内心ガッツポーズした。

 車を停めた後、結喜は持ち物の準備を始めた。貴重品にスマホ。それとコンビニで買ったご飯。それらを手にして、結喜は公園に向き直した。

「行くか」

 そうして、結喜は一歩踏み出すのだった。



 正門を通り過ぎると、結喜の前に事務所と思われる建物が目に入った。まるでロッジを思わせる建物は山頂の景観に合っていて、それ自体がここの名物のように思えた。

「へえ……こんなのがあるんだ」

 アニメで見るような建物に感心してしまう。彼女はその建物を写真に撮る。正面からの眺めと下から見上げるような構図の写真。建物の中には事務員と思われる人の姿もあり、こちらに笑いながら会釈をするのが見えた。

 結喜も会釈を返してから、さらに奥へと進んだ。周りには職員と思われる人たちが、清掃や花壇の手入れなどをしていた。

 少し歩いて行くと、結喜が声を上げた。そこには子供たちの遊び場があり、カラフルなボールプールと、ゴーカートのコースがあった。

「けっこういろいろあるな……」

 どちらも人の姿はなく、今は誰かがやって来るのを静かに待っていた。結喜はそれらにスマホを向けて、写真を撮って歩いた。

 園内はそれなりに広く、一周するだけでもかなりの距離があった。その間、屋外に作られたバスケットコートやドッグランコースが目に入った。

 さらに奥へ進むと、上へと昇る坂道に差し掛かった。そこを登ると、途中にバーベキューハウスがあった。屋根の下に食べ物を焼くための煉瓦製のグリルが置かれたもので、こじんまりとしたものだが、それが坂に沿って六つくらい並んでいた。

 周りには森。見上げれば青空。さんさんと降り注ぐ太陽の光。それらに囲まれて佇むバーベキュー台。夏になればここにも人が集まって、肉を焼いて楽しんだりするのだろう。

「……バーベキューとか、最近やってないな」

 誰もいないバーベキュー台を見つめる結喜。そんなはずはないのに、肉を焼く匂いが漂っているような気がした。


 ぐぐぐううう……。


「あう……」

 そんな大きな音が、結喜のお腹から聞こえてきた。もうすぐお昼に差し掛かろうという時間だった。

 ここまでだいぶ歩いている。空腹になるのも仕方ないことだった。結喜が右手に下げているコンビニご飯に目を向けた。

「……あっちで食べようかな」

 そう言って、結喜は意気揚々と坂を下りるのだった。



 結喜が向かった先は、この公園の目玉である大芝生広場だった。サッカー場くらいの広さで、実際にサッカーや野球をすることもできた。傍らには滑り台やブランコなどが置かれたりもしていた。

「ここがいいかな……」

 結喜が広場までやって来ると、広場に設置されたベンチに腰かけた。結喜は持っていたコンビニ袋からサンドイッチとフライドチキン、そしてカフェオレを取り出して、目の前のテーブルに並べた。

「あ、そうだ」

 結喜が何かを思い出したようにバッグを開けると、そこから大きなハンカチを取り出した。彼女はそれをテーブルに広げて、その上にサンドイッチを並べてみた。

 簡素ではあるが、ちょっとしたランチセットが出来上がった。そんなランチを見て、結喜の顔がにんまりと笑うのだった。

「……悪くない、かな」

 簡素だが、ランチョンマットにサンドイッチなどを並べただけのランチセット。それだけのことで、コンビニの軽食がごちそうのように思えた。

 実を言えば、このお昼ご飯が一番の楽しみでもあった。かるドラでは少女たちが、ドライブ先の公園など、野外でご飯を食べる様子が描かれていた。

 青空の下で。星空の下で。潮風が流れる海辺で。そこでは少女たちは口いっぱいに食べ物を頬張り、美味しそうに食べる姿があった。

 その姿がとても美味しそうで、とても羨ましかったのを結喜は覚えていた。

 ここに来たら絶対やろうと心に決めていた。少女たちがどんな気持ちでご飯を食べていたのか、結喜も知りたかった。

 目の前には青空と緑の芝生。手元には豪華なランチセット。たったそれだけで結喜は心躍るのを感じていた。

「さ、いただきます」

 そう言って結喜はまず、サンドイッチを手に取り、口に運んだ。

 もぐもぐと咀嚼する結喜。正直味は普通のサンドイッチであり、特別美味しいわけでもない。コンビニで食べるいつものサンドイットと変わりはなかった。

 だというのに、その瞬間の食事は特別なものに感じられた。

 初めての外ご飯というのもあるのだろう。それに青空の下というロケーションが食事を特別なものにしてくれた。ただここで食べるというだけで、彼女は楽しいと感じた。

「……あ」

 その時、広場の反対側で、幼稚園児と思われる子供たちと引率の先生が集まっているのが見えた。

 そういえば、駐車場にバスが停まっていたのを思い出す結喜。きっとここに遠足で来たのだろう。

 お弁当を見せ合いっこしたり、一緒に食べたり、もしくはすでに食べ終わったのか、近くの遊具ではしゃぐ姿もあった。

 そんな光景を眺めながら食事を続ける結喜。子供たちの微笑ましい様子につい笑ってしまう。

 その時、風が頬を撫でた。結喜はそこで周りを見渡した。

 広い青空と大きな白い雲。その下には木々に囲まれた山。そして、目の前には子供たちが戯れる様子と、少し贅沢な食事。

 ああ、確かに楽しいと感じていた。山の上で食べる食事は確かに特別に感じられた。空はきれいだし、森は気持ちがいい。ここに来て正解だったと結喜は思った。

 だけど、結喜はカフェオレを飲みながら、心の中で思った。

 こんなものだっけ? そんな風に心の中で首を傾げるのだった。

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