第7話

「で、何をすればいいんだ?」

 そんな呟きが結喜の口から聞こえてきた。そこには頭を抱える彼女の姿があった。

 かるドラを見て自分も旅に出たいと思った彼女は、さっそく旅の計画を考えようとして、そこでどうすればいいのかつまずいていた。

 旅と言っても基本的には日帰りのドライブなのだ。何日も出かけるようなものではない。ただ、ドライブをしてそこで何をしたらいいのか、結喜には見当が付かなかった。

 別にどこに行ってもいいし、何をしてもいい。適当に走るだけでも、歩くだけでもいいはずだ。

 ただ、いざ出かけようと考えると、じゃあどこへ? と二の足を踏むのだった。

「自分の引きこもり体質が恨めしい……」

 家に引きこもる時はやりたいことは決まっているのに、こういう時は何をしようか迷ってしまう。

 かるドラを見てから彼女の中で燃え上がった情熱は今も熱を帯びていた。だが、その情熱をどう扱うべきか。初めて感じる胸の熱さに、結喜は戸惑っているのだ。

 これだから引きこもりはダメなんだと、自分に苛立ちを覚えた。

 でも、どうして行きたかった。今行かないといけなかった。もしこのまま旅に出なかったら、一度火が付いたこの熱も、すぐに冷えてしまうことが目に見えていたからだ

 この情熱が熱を帯びている間に、結喜は旅に出なければならなかった。自分もかるドラの少女たちみたいに、この目で世界を見たかった。

 そこまで考えたところで彼女はため息を吐いた。考えることは出来ても、道筋が見つからない。もやもやする頭を傾けた時、時計が目に入った。

「あ、そろそろ出ないと」

 この日は午後から仕事で、もう家を出る時間になっていた。

 これ以上考えても仕方ないと諦めて、結喜は準備をして家を出るのだった。



 車を走らせる結喜。彼女の車が佐世保の街を走り抜ける。彼女が空を見上げると、大きな雲が昇っていた。

「夏だなー……」

 季節は初夏に入っていて、空にはきれいな青色が広がっていて、そこに真っ白な雲が見事なコントラストを形作っていた。

 アニメの中でもきれいな青空が広がっていたのを思い出す。こんな空の下を走るのは気持ちいいのだろうなと、そんな風に思った。

 彼女が読む本の中でも、きれいな青空や美しい街の描写はたくさんあった。だけど、その世界がどんなものなのかは、目にすることは出来なかった。

 そこに行けばどんな世界が広がっているのか、結喜はそれを知りたいと願っていた。

 信号の前で車を停車させた。結喜は空にできた大きな雲を目で追いかけた。無限に広がる空へ伸びる雲は、どこまでも行こうとしているように思えた。

「……あ」

 その時、雲を追っていた結喜の視線があるものを捉えた。

 彼女の視線の先。そこにあるのは、この町で一番空に近い場所。

 北緯33度・東経129度。標高568メートル。通称『佐世保富士』と呼ばれる山・烏帽子岳。

 その烏帽子岳が彼女を見下ろすように、天高く伸びていた。





 烏帽子岳。佐世保富士と呼ばれるその山は、佐世保市で最も高い山であり、佐世保を代表する山の一つだった。晴れていれば市街地のどこからでも山頂が見える位置にあり、市内にある学校の校歌で歌われるほど、昔から市民に親しまれてきた山だった。

 家に帰ってから結喜は、タブレットで烏帽子岳山頂へのルートを調べていた。

「あ、新しい道ができてる」

 タブレットで烏帽子岳のことを調べてみると、やはりここも人気のスポットらしく、おすすめの場所や散策ルート。絶景写真などが画面に並んでいた。

 その画像を眺めながら、結喜は一息ついた。

「烏帽子岳か……高校以来かな」

 彼女は高校時代、この烏帽子岳に登ったことがあるった。

 結喜の母校・崎田高校は市街地近くにあり、烏帽子岳にも近かった。崎田高校では学校行事として、新入生の歓迎遠足と、卒業生へのお別れ遠足で烏帽子岳に登っていた。

 彼女もまた、烏帽子岳へ遠足に行ったことがある。高いと言っても、山頂への道は舗装されており、歩きやすい道路が山頂に向かって伸びていた。結喜たち生徒はその道路を歩いて山を登り、山頂で弁当を広げる。それが崎田高校の伝統行事であった。

 そんな当時の遠足の記憶を探ってみたが、長い時間が経った今、彼女の記憶もおぼろげなものとなっていた。

「あの時は友達と一緒に登ったはずなんだけど……記憶なんてこんなものか」

 そんな風に呟くが、しかし同時に楽しみでもあった。久しぶりに登る烏帽子岳。そこに行けば当時のことを何か思い出すのかもしれない。

 結喜は山頂までのルートと移動時間について調べた。予定通りに行けば昼頃に山頂に着くはずだ。それに山に登ると言っても、山頂近くまでは車で行けるらしいので、登山みたいに過酷なものにはならないようだ。

 それに普段は行かない場所なのだ。そこでどんな光景が見られるのか。想像するだけでもワクワクした。

「写真を撮ったら青崎に送るか……あ、そうだ。充電しておかないと」

 スマホに充電器を差す。さらに彼女はタブレットで明日の天気を確認した。天気図は明日が晴れることを示しており、絶好の旅日和であることを告げていた。

 そんな風に準備をする結喜は、自分でもわからぬうちに笑っていた。

 旅の予定。道具の準備。何をして何を見るのか。そんなことを考えるのが、彼女は楽しかった。

 かるドラでも少女たちは旅の計画を楽しそうに話していた。

 おそらくだがこの時、すでに結喜の旅は始まっていたのだ。

 彼女はタブレットに映し出された烏帽子岳の写真を見た。それを眺めながらニイっと笑った。

「行くぞ。烏帽子岳」

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