留守番 ① 戦乙女、ドギマギする
次の日。
まだ夜霧が晴れない早朝のうちから、タイラーは昨日ドーチェに伝えたとおりに剪定に出かけた。
頭から腰位まであるリュックの中身を確認し、背負う。
そして、いかにも頑丈そうな皮のブーツに足を通した。
その音を聞いたドーチェが、寝癖を指で梳かしながらキッチンから玄関にパタパタと駆けてくる。
「おはようございます、タイラーさ……ん」
「……早いな、どうした?」
「はい、こちらを準備していたものですから」
そう言って、ドーチェが両手に何かを乗せて彼に向けて差し出す。
白い布に包まれたそれからは、焼けたパンらしきなんとも香ばしい香りが漂ってきた。
「荷物になるかもしれませんが、ホットサンドです。サンドイッチでもよかったのですが、いつ召し上がるかわからなかったので一応火を通したものを、と」
「う、うむ……」
突然の出来事に、タイラーはうろたえた。
意外にも、彼にとってこんな出来事は生まれて初めてだったからだ。
「で、では、頂こう……」
「あ、ありがとうございます!」
タイラーがホットサンドの包みを荷物に入れている間に、ドーチェは先んじてドアを開け、彼が出てくるのを待った。
「では、行ってくる。 帰りはそう遅くはならんと思う」
「かしこまりました。 道中お気をつけて」
ドーチェが、ドアノブを持ちながら頭を下げる。
対するタイラーは、キョロキョロと外の方を見回していた。
「? どうかしましたか?」
「いや……この状況が、周りから変に見られないかと思って、な」
「あっ……」
ドーチェの頬が、ポッと紅く染まる。
確かにこの状況、出かける主人を見送る夫人のようではないか。
それも親子ほどに年の離れた、奇妙なカップルだ。
「そ、そんな! 私にそのような意図は欠片も……!」
「わかっている! その、なんだ、 明日からは、ドアを開けてくれなくていい――弁当もその、 “出来たら”でいい 」
タイラーはそう言い残し、足早に門を潜り生垣の向こうに消えていった。
ドーチェはドアをゆっくり閉めると、まだ熱を持っている頬に触れる。
(男女が、一つ屋根の下……)
昨日は庭の美しさと、彼の気高さに惚けていて気付かなかったが、ともすれば今の状況は非常に破廉恥なのではないか?
あんな無骨な彼でも、一人の男であることに変わりはない。
いつ何時、自分のような小娘にも牙を剥いてくるか、わからないのだ。
(あ、あのタイラーさんに限ってそのようなこと……あるのかな?)
女所帯で育った彼女は、その辺りの〝浮いた話〟への耐性がないに等しく、頬を両手で挟んでアワアワするばかりだった。
(落ち着いて……落ち着くのよ、ドーチェ)
ドアにもたれ掛かり、ドーチェは数回深呼吸をする。
そうだ、仕事を始めればいい。
まずは朝食を済ませて、寝間着の洗濯から始めよう。 その後は、昼まで道具についての勉強。タイラーが帰ってきたら成果を報告しなくてはならないだろうから、持ってきた手帳に勉強の内容を書き留めておかなくては。
午後になったら、明るいうちに洗濯を取り込み、今度は夕食の仕込みを始めなくてはいけない。
タイラーが昨日と同じ時間に帰るとすれば、その合間に風呂の準備もして……。
他にも細々した家事が目につくだろうし、空いた時間で勉強もするとなると、あっという間に一日が終わってしまいそうだ。
しかしそれは、今の彼女にとって好都合だった。
忙しくしていれば、このもやもやした気持ちを忘れられると考えたからだ。
ドアから離れたドーチェは、まだ梳かし終わらない髪を頭の後ろで束ね、ポケットに入れていたリボンで結ぶ。
「よし、やるぞぉ!」
無理矢理に気合を入れた彼女は、早速キッチンに駆けていった。
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