線香花火

神楽堂

駿佑が見た線香花火

線香花火が落ちる前に、俺は告白する。


最後の一本になった。

火をつけて、そっと線香花火を持つ。


俺の手は震えていた。


俺の向かいには、かわいい美和子みわこがいる。

美和子も線香花火を手に持っている。



ちりちりちりちり……



線香花火はかすかに音を立て、火花を散らしている。


夏は終わってしまう。

この火が落ちる前に、俺は美和子に告白するんだ。



ちりちりちりちり……



俺は呼吸を整える。



ちりちりちりちり……



線香花火は今にも燃え尽きそうだった……



俺は意を決し、美和子の顔を見つめる。




「俺と付き合ってください」




美和子は言った。


「はい。よろこんで」



* * *



こうして、俺は夏の終わりに、憧れの美和子と恋人同士になることができた。


「ひと夏の恋なんて、すぐに終わってしまう」


そんな風に言う人もいるらしいが、俺はこの先もずっと、彼女と仲良くしていく。

そう決意していた。


* * *


秋の風が心地よい。

彼女との交際も順調だ。



冬が始まる頃、俺たちは同棲を始めた。

狭い部屋ではあったが、俺たちは幸せだった。



* * *


春になった。


去年、美和子と花火をした公園で、俺は彼女にプロポーズした。

桜は満開だった。


もとより、お互い結婚を前提とした交際のつもりだった。

彼女は、とても喜んでくれた。

桜の花も、俺たちを祝福してくれているかのようだった。


所帯を持つんだから、しっかり稼がないと。

俺は仕事に邁進した。


仕事で失敗が続いた。

給料が減らされた。


このままでは結婚なんて無理だ。


しかし、頑張れば頑張るほど、俺の努力は空回りし、会社に損害を出し続けてしまった。



上司から、病院を受診するよう言われた。



* * *



診察の結果、うつ病と診断された。

会社は休職となった。


俺は彼女に謝った。

結婚するって約束しておきながら、俺は病気になってしまった。

傷病手当金は、給料の3分の2だ。

生活は当然、苦しくなった。


それでも、彼女は俺と別れようとはせず、一緒に生活してくれた。

俺を支え続けてくれた。


「ごめん」


俺は毎日謝り続けた。


駿佑しゅんすけくん、謝らないで」


彼女は言ってくれた。

それでも、俺は自分の不甲斐なさに打ちのめされていた。



* * *



夏がやってきた。


俺は日々の生活を送るのにも難儀していた。

気分転換に、散歩に出てみた。



ここはどこだろう……



いつの間にか、知らない土地にいた。


もうすぐ日が沈む。


俺は、通りすがりの人に聞いた。


「ここはどこですか?」


「大丈夫ですか?」


その人は、携帯を取り出すと、どこかに電話をしていた。

しばらくすると、パトカーがやってきた。

その人が、警官と話している。

警官は俺に尋ねた。


「どうされましたか?」


「あの……ここがどこか分からなくて……」


名前や住所を聞かれた。

どうにも、うまく話せない自分がいた。

俺はパトカーに乗せられ、警察署に連れて行かれた。


美和子に迎えに来てもらい、俺はようやく帰宅できた。

彼女は泣いていた。


駿佑しゅんすけくん。もう、どこにも行かないで」


「ごめん……」


申し訳なかった。

そして、情けなかった。

まさか自分が迷子になるなんて……

いつまでも家にいるからこんなことになるんだ。


家事をしても失敗ばかり。

美和子の役に立てていない自分が惨めだった。


早く、復職しなくては。



* * *



復職には、産業医の診断書が必要だった。

いろいろな検査を受けさせられた。


結果は……



復職は認められなかった。


俺は解雇された。


「ごめん。結婚するって約束したのに……」


彼女は黙っていた。

いつか別れを切り出されるのではないか。

俺は怯えていた。



「駿佑くん、これからも一緒にいようね」


よかった。

こんな俺だけど、やっぱり、美和子といつまでも一緒にいたい。

それが本音だった。


美和子、すまない。


俺、頑張ってみる……


夏ももうすぐ終わる……


線香花火が落ちる前に、俺は告白する。


最後の一本になった。

火をつけて、そっと線香花火を持つ。


俺の手は震えていた。


俺の向かいには、かわいい美和子がいる。

美和子も線香花火を手に持っている。



ちりちりちりちり……



線香花火はかすかに音を立て、火花を散らしている。


夏は終わってしまう。

この火が落ちる前に、俺は美和子に告白するんだ。



ちりちりちりちり……



俺は呼吸を整える。



ちりちりちりちり……



線香花火は今にも燃え尽きそうだった……



俺は意を決し、美和子の顔を見つめる。




「俺と付き合ってください」




美和子は言った。


「……はい。よろこんで」


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