第14話

「まったく、君という子は本当に規格外だね。人を頼れとは言ったけど、まさか王弟殿下を巻き込むとは思わなかったよ」


呆れたように嘆息を漏らすスカルバ男爵だが、話している間に何度もにやにやと悪い笑みを浮かべていたのをジーナは知っている。


「他に該当する方がいらっしゃらなかったので、仕方がありませんわ」


いつも以上に素っ気ない態度を取りながら、ジーナはもう帰っていいだろうかと考えていた。事の顛末を報告する義務を果たしたのだから、非礼には当たらないはずだ。


「それで、学園生活は順調かい?」


後見人として尤もな問いかけだったが、どこか面白がっているような気配がある。


「お気遣いいただきありがとうございます。おかげで今は何の問題もございませんわ」


ここ数日間、ジーナの元には貴族子女たちが謝罪のため押し寄せていた。そのせいで解禁となった図書室に行く時間が取れなかったのは誤算だったが、こればかりは仕方がない。

居心地が悪そうに謝罪をする者が大半で、稀に上っ面な言葉だけで傲慢な態度を崩さない者もいた。


案の定というべきか、スカルバ男爵令息であるガウディもその中の一人だったが、ジーナはそんな謝罪を受け入れなかった。

想定内であったため事前にスカルバ男爵に相談して、特別扱いは不要との許可を得ていたのだ。


当然の結果であるにも関わらず、激昂して一方的にジーナを罵り始めたガウディは駆け付けた教師によって引き摺られるように連れて行かれた。

それを見た生徒たちは王弟に報告されては堪らないと思ったのか、より真剣に謝罪を行うようになったので、結果オーライだ。


「同じように育てたつもりなんだけどね。嫡男だからといつの間にか使用人たちにも横柄な態度を取るようになってしまった」


後悔を感じさせるような苦い笑みだが、スカルバ男爵はガウディを厳格なことで有名な騎士養成学校に放り込んだ。後継にはまだ幼いが利発な次男がいるので問題ないらしい。


「多分あの方は私が婚約者になるのだという思い込みから過剰反応してしまったのでしょう」


養女にするわけでもないのに面倒を見ていることから、将来男爵家に婚約者として迎えるためだと勘違いしてしまったのだ。初対面で「お前のような下賤な女を婚約者にするつもりはない」と断言されて、ジーナも男爵夫妻も困惑し否定したのだがガウディは聞く耳をもたなかった。


貴族になりたくないと言えば嘘つき扱いされるし、難解な文献を読み解けば馬鹿にしているのかと癇癪を起こす。同い年であることもマイナスに働き、ジーナはガウディの劣等感を刺激する存在になってしまったのだ。


「今度の学校では最初にプライドをへし折られることから始まるらしい。自分の行動を見つめ直すきっかけになればいいと思っているよ。さて、暗い話はここまでにしよう。ジーナの学園での話だったね?」


何の問題もないと答えたのに、同じ話題を続けようとするスカルバ男爵を無視してジーナは紅茶に口を付ける。直接聞かれたのなら淡々と事実を答えるだけなのだが、聞かれてもいないことを話せば、色々と質問責めにされる気がした。


(別に困ることはないけれど……)


ジーナ自身にもどう説明していいか分からないこともあり、出来ればこのままやり過ごしたい。そんなジーナの願いも空しく、軽快なノックの音とともに現れたのは男爵夫人のレオナだ。


「間に合って良かったわ。旦那様は先に話をお聞きになったのかしら?」

「まだだよ、レオナ。君と一緒のほうがジーナも話しやすいと思ってね」


(嵌められた!)


やけに会話を引き延ばすと思ったら、レオナ待ちだったようだ。週末のカフェが忙しい時間帯を狙って訪問したのに、これでは意味がないではないか。


養女の話を持ち掛けられたあの日、品質の落ちた茶葉を活用するためジーナが提案したのは紅茶専門のカフェだった。泡立てたクリームを乗せたり、乾燥させたフルーツを加えたりとアレンジは珍しく、レオナはすっかり気に入ってしまったらしい。一緒に楽しむお菓子にも紅茶を混ぜ込むなど、レシピ開発にも関わるようになり、男爵夫人であるレオナ自らが直接店の運営を行うようになった。

今では貴族以外にも気軽に楽しめる大人気のカフェである。


ジーナとの関係も悪くないが、暴走する癖がありまたお節介な性格なので、今回のような場合は同席を遠慮したいところだった。


「あら、さすが旦那様ね。それで、王弟殿下はジーナのどんなところがお気に召したのかしら?将来のお話はどこまで進んでいるの?あまり野暮なことは言いたくないけど、こういうことは早く形にしたほうが良いのよ。そうだわ、殿下とのお出掛け用にまずはドレスを何着か仕立てなくてはね。もちろん殿下もご用意してくださるとは思うけど、娘がいれば一緒にドレスについて語り合うのが夢だったのよ。お祝いの意味も込めて私たちに用意させてちょうだい」


立て板に水のごとく話し始めたレオナに、ジーナはようやく口を挟む。


「スカルバ男爵夫人、ローレンツ王弟殿下と私はそのような関係ではございませんわ……」

「あら、照れているの?そんな可愛いところもあるのね」


(ああ、もう!だから嫌だったのに……)


スカルバ男爵夫妻がこのような誤解をしているのには訳がある。ヴィルヘルムの謝罪を受けて気を抜きかけていたところ、国王陛下がローレンツに声を掛けたのだ。


「研究以外のことでお前がこれほど意欲的なのは珍しいな」


兄弟同士の気安い会話のようで、国王陛下の話し方も砕けたものに変わっていた。


「ええ、ジーナ嬢は私の大切なパートナーですので」


堂々と言い放ったローレンツの声はよく通り、講堂内の視線がたちまちジーナに集まる。


「っ――ローレンツ様、言い方が適切ではありません!あくまでも研究の、仕事上のパートナーと言わないと誤解を招きますわ」

「おや、ジーナ嬢は今後も私のパートナーを務めてくれると言うことかな?ありがとう、とても嬉しいよ」


まるで愛しい相手に向けるような蕩けそうな笑みに、ジーナが王弟殿下のパートナー、つまりは恋人だという噂が貴族内で瞬く間に広まってしまったのだ。


おまけにジーナの安全を確保するという主張の下、ローレンツは学園内で研究を行うとともに、その助手としてジーナを指名した。

既に言質を取っていたのでジーナには事後報告で伝えられたが、その手回しの良さから噂の信憑性は薄れるどころか増す一方である。


ローレンツとは話が合うし、ジーナ好みの本を持って来てくれるし、一緒にいて楽しい相手だが、本来は話しかけることすら恐れ多い雲の上の存在だ。


「ジーナ嬢、ちょうど良いところに来てくれた。ほら、今回は成功なのではないかな。君の指摘どおり改善してみたんだが――」


研究室に着くなり目を輝かせて語るローレンツに自然とジーナの顔に笑みが浮かぶ。


(こんな時間も今だけなのよね)


今回の件でジーナは第一王子であるヴィルヘルムを筆頭に何人かの高位貴族の反感を買っている。

ブリュンヒルトは病気療養という形で領地行きとなり、代わりに謝罪に訪れたミネッテ侯爵の目は冷ややかなものだった。


失敗した時に備えて隣国への移住も考えていたが、卒業後は向こうで暮らしたほうが平穏な生活が送れるかもしれない。


一緒にいられるのは、そう長い時間ではないだろうと思うと、胸がちりりと痛む。だからこそ、今この時を大切にしよう。


ジーナが自分の思い違いに気づくのはそれからしばらく経ってのことだった。

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