第12話

「確かに貴族と平民は身分差があるけれど、国が決めた法を遵守しなければならないのはどちらも同じだよ」

「……叔父上、何故こちらに……」


呆然としたヴィルヘルムの表情にジーナは少し溜飲を下げた。彼が今まで何らかの形で関わっていることは確信していたが、流石に王族を訴えることは出来ないし、ヴィルヘルムが直接何かをしたわけではないからだ。


「彼女とは王立図書館で知り合ったんだ。発想が面白いし話が合ってね。急に来なくなって心配していたら、出入り禁止になったというじゃないか。事情を聞いて何か手伝えることがあればと思って来たんだよ」


(何か、微妙に話が変わっているけど……)


こうやって少しニュアンスを変えるだけで、与える印象は違うのだなとジーナは感心した。


実際はジーナが図書館の出入口付近に折り紙の形をした手紙を毎日置き続けたことで、変わり者だと有名な王弟ローレンツの興味を引いた。紙で折られた鶴や花の形など特徴的な見た目に、中身はこの世界にはまだない電化製品について綴っていたのだ。


手紙を置き始めて5日後に声を掛けられたので、ジーナの狙いは見事に成功したと言えるだろう。

そこからジーナの知識と引き換えに、濡れ衣を晴らすための手助けをして欲しいと訴えたのだ。ジーナの想定よりもローレンツは真剣に話を聞いてくれたし、協力的な姿勢に裏があるのではないかと疑ったほどだが、話し合いを重ねるうちにそんな疑念はいつの間にかなくなってしまった。


一人ではないことで少し安心したのか、先程よりも周囲を観察する余裕が出てきてジーナは一歩前に立つローレンツに視線を向ける。


本当に王弟なのかと何度か呆れてしまったほど、好奇心旺盛なローレンツはジーナの話にくるくると表情を変え、感情をストレートに表していた。それなのに今のローレンツは優雅な微笑みを浮かべ穏やかな声には気品が溢れていて、同一人物とは思えない。


「学生同士の揉め事に叔父上が関わるのは、子供の喧嘩に親が出てくるようなものではありませんか?」

「対等な立場であればそうかもしれないね。だけど、ただでさえ立場の弱い子供が一方的に虐げられているのを見過ごすのはいかがなものかな?」


表情も口調も穏やかにもかかわらず、互いに相手の行動を咎める言葉の応酬に周囲の空気は張り詰めていく。


「それに彼らのしたことは犯罪なのだと今のうちに気づかせてあげないと、将来取り返しのつかないことになるかもしれない」

「お言葉ですが、そこの小娘一人の戯言でわたくし達を罪人扱いするなんて横暴ではありませんか。ローレンツ王弟殿下がそのおつもりなら、ミネッテ侯爵家として抗議させていただきますわ」


よほど屈辱的だったのか、ブリュンヒルトは険しい表情を隠そうともせずに言い放つ。そんな態度にもローレンツの態度は変わらず微笑みを浮かべたままだ。


「王族同士の会話に割り込むなんて随分と不作法なご令嬢だね。私は何人かの証言や物証からジーナ嬢の訴えに齟齬がないと確認した上で話をしているんだよ?」


君たちとは違ってね、という言葉が聞こえてきそうだ。ジーナが思っていた以上にローレンツはいい性格をしているらしい。


「もっともまだ全ては確認できていないのだけどね。脅迫、侮辱、器物損壊、虚偽告訴、傷害、暴行。それも一人じゃなく複数人が関わっているのだし、学生だからと言って許されることではないだろう?ジーナ嬢が事細かに起こったことを記録していてくれたから、然るべき機関に委ねてしっかり反省してもらおうじゃないか」


ローレンツは楽しそうにノートを掲げているが、それはジーナの物ではない。迂闊に持ち歩いて大切な証拠を奪われては困るのだ。だがそれを知らない生徒たちにとって、効果は絶大だった。


「違います!私は脅されて仕方なく――!」

「まあ、率先して楽しそうに悪口を仰っていたのは貴女でしょう!」

「侯爵家には逆らえなくて。どうか家には黙っていてください」


一人の声をきっかけに言い訳や責任転嫁をする声が講堂内に響き渡る。もはや誰が何を言っているか聞こえない状態だが、責任を押し付けられてはたまらないと必死なのだろう。


「自己保身と責任転嫁の狂想曲ってところかな。聞くに堪えない駄作だね」

「ローレンツ様、私が頼んだことですが、これの落としどころはどのようにお考えですか?」


ジーナの質問にローレンツは無言で微笑む。


(まさか、何も考えていないのでは……)


ジーナとしては嫌がらせを受けることなく本を読めればそれでいいのだ。今回、王弟自らここまで深く釘を差したのだから、ジーナの邪魔をする者はそういないと考えていい。

ならばあとは反省を促して収拾を付けるべきだろう。本当に訴えてしまえば後々面倒なことになるのは目に見えている。


「ジーナ嬢、まだ大切なことが残っているよ。君から二度と大切な物を奪わせないように理解してもらわないといけないからね」


すっかり一仕事終えた気分のジーナにローレンツは不穏な言葉を告げたのだった。

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