第6話

犯人と決めつけられることはなかったが、生徒会に呼び出されたこともあって根拠のない噂を囁かれるようになり、ジーナはますます周囲から距離を置かれるようになった。それまでも触らぬ神に祟りなしと高位貴族に目を付けられることを恐れて、ジーナに話しかけるような同級生もいなかったので、あまり変化はない。


ちなみにジーナに物置の掃除を言いつけた男爵令嬢は、事件当日から実家の都合により休暇届けが出ていたそうだ。生徒会室でその日いるはずのない令嬢の名前を出したところでジーナがますます不利になるだけだったと知り、危ういところを免れたようだとほっとした。


生徒会がどれだけ内密に調査を進められるのか分からないが、考えても仕方がないことである。目障りなのは分かるが、大人しくしているのだから関わらないで欲しいと願うジーナだったが、そんな願いも空しくジーナを絶望に叩き落とす事件が起きてしまった。



「ジーナ嬢、至急学長室に来るように」


担任教師よりそう声を掛けられて、教室内にざわめきが起こる。授業中での呼び出しにジーナも驚いたが、黙って教師のあとに続く。


「君が図書室の本を破損したという報告があった。心当たりはあるかね?」


(誰が、こんなことを……!!)


テーブルの上に置かれた本は無残な有様だった。重厚感のある堅表紙には刃物で乱暴に切り裂かれた跡が縦横無尽に走っており、中のページも引きちぎられ汚水で汚された形跡があるのが本を開かなくても見て取れる。まるで死骸のように横たわる本に、悲しみで胸が詰まるようだった。


「……私ではありません」


引きつれそうになる喉を振り絞って、否定をするが教師たちの顔は険しいままだ。


「一人ではなく複数の証言がある。学園としても彼らの声を無視できないが、物証がない以上君を犯人と断定するわけにもいかない。当面図書室には入室禁止とする」


王立図書館に通うようになったとはいえ、ジーナは昼休みなどの時間を使って図書室を利用していた。何かと煩雑で気づまりな学園生活の中で、図書室にいる時間はジーナにとって癒しのひとだったのだ。


「ジーナ嬢」


担任教師の声に促されて、ジーナはショックも冷めやらぬままに学長室を出ていく。

その日の授業は一日中頭に入らなかった。特待生なのだからと何度も集中しようとしたが、脳裏にボロボロになった本が浮かび、そのたびに胸が締め付けられた。


たかが本、そう思うものが大半だろうがジーナにとってはどんな本であれ、辛い時も悲しい時も寄り添ってくれる大切な宝物に等しい。



「ああ、悪いけど今日から君は利用禁止だ。学園の蔵書を破損したと報告が入ったからね。ここには稀覯本も多いし、本を粗雑に扱うような人物は利用できないようになっている」


いつもよりも切実な気持ちで王立図書館に行けば、入口の職員からそんな言葉を聞かされた。

がつんと頭を殴られたような衝撃に、ジーナは立っているのが精一杯だ。濡れ衣なのだとここで主張しても、信じてもらえるような証拠も術もない。


昨日まで過ごしていた居心地の良い空間をこんなにあっさりと失ってしまった。

受け入れない現実から未練がましく視線を送っていると、見知った顔が視界に入った。確かに目が合ったはずなのに、シストは視線を逸らすと書架の奥へと消えていく。


(まさか、図書館に報告したのはラトルテ侯爵令息様……?)


職員の咳ばらいにジーナは我に返った。このまま残っていれば警備員に追い出されることになるだろう。ジーナは重い足取りで家へと向かいかけたが、別の方向へと歩みを変えた。



突然の訪問にスカルバ男爵家の執事は眉を上げたが、何も言わずにジーナを応接室へと通してくれた。

幸い帰宅していたスカルバ男爵は時間を取ってくれ、ジーナはこれまでの経緯を説明した。事情がどうあれ、後見人に迷惑を掛ける可能性がある以上報告する義務がある。


「それで、ジーナはどうするつもりだい?」

「学園での立場を覆すのは難しいでしょう。ですが容疑だけは晴らさなければ、スカルバ男爵の名に傷を付けたままになります」

「王立図書館への入場も禁止されたままだろうね」


ジーナが言葉にしなかった本音をあっさり口にして、スカルバ男爵は小さく微笑む。平民のジーナと賭けをしたり、意見を取り入れたりと彼は貴族の中でも随分変わり者なのだと思う。


「ただ疑いを晴らすためには、犯人を挙げなければなりません。仮に男爵家よりも爵位の高い貴族子女が相手であれば、不利益に働く可能性もあります。誰が犯人かにもよりますが、私が動いてもよろしいのでしょうか?」


躊躇う理由はただ一つ、スカルバ男爵への恩を仇で返すことになるかもしれないからだ。


「そこは勿論、調整してもらわなくてはね。ジーナ、君は一人で何でもやろうとするが、この場合は人の助けを借りることも視野に入れたほうがいい。君自身が身分の差を超えることは出来ないけど、君の協力者がその身分を持っていればいいだけの話だ」

「……かしこまりました」


その晩、帰宅するなり部屋に閉じこもったジーナは深夜まで机に向かっていた。これまでの事件やジーナの周辺に起こった出来事など、事細かに書き連ね推論と考察を重ねていく。


そうしているうちにジーナの中に芽生えたのは怒りだった。ショックの多い一日だったが、落ち着いて考えているうちに何とも言えない理不尽さに、大声で叫びたくなるほどの衝動を覚えたのだ。

ノートの最後には容疑者の名前がある。誰が犯人か分からないし確証はないけれど、無関係などあり得ないだろう。


(誰のせいかと言えばあの人たち全員のせいだわ。私の大切なものを奪うなら、絶対に許さないから……)


暗い眼差しで名前を見つめるジーナは彼らへ報復することを誓ったのだった。

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