Fantasy School Online ~仮想世界で楽しい学園生活、送ります~

花咲蒼雪

プロローグ

 年が明け、全国の中学高校三年生にとってこれからの人生が決まる勝負の時が近づいてくる。


 別に落ちたからといって死ぬわけではないが、彼ら学生にとって将来を決める大事なことなのは確か。

 受かれば天国。落ちれば地獄。今も受験生は死にものぐるいで机に向かっているだろう────俺を含めた一部例外を除いて。


 仮想現実彩世さいせい学園。仮想現実の名の通り、仮想空間に設立された私立高校。

 数多くのVRMMO作品を手がけてきたゲームプログラマー、結城遊造ゆうきゆうぞうが開発したVRMMORPG、『Fantasy School Online』──略称『FSO』──内に存在し、どういうわけかここに入学したゲーマー、もとい学生のほとんどが学力を向上させている一風変わった学園だ。


 そんな彩世学園の入学試験が、明日から数日間に渡って行われる。

 筆記試験はなく、数日間かけて行われる実技試験のみ。学校側が提示した複数の試験を乗り越え、基準を満たせば合格できるとのこと。

 これだけ聞けば熟練者が有利のように見えるが、過去の合格者には必ずゲーム初心者が複数人いたり、合格確実と言われた熟練者が不合格だったりと、プレイヤーの実力のみで合否を判定するわけでないことが明らかになっている。


 また、全ての試験の合計点が合否に関係するらしく、一つ落としても他の結果次第では挽回可能。更には試験中に獲得したアイテムや装備は次の試験、及び入学後に引き継がれるという安心仕様。これまで毎年初心者が合格していることも考えれば、難易度的にはそこまで難しくないと言える。

 最も、FSOの開発者であり彩世学園の創設者でもある父を持つこの俺、結城榛名はるなは例外だが。


「はははっ。どうだい?僕が用意した専用試験は」

「どうもこうもないわ! 俺だけハードモードかよ!!」


 久々に帰宅した父さんに怒りをぶつけるも、当の本人はどこ吹く風。むしろそれが当然だと言わんばかりの態度をとる。

 今回俺に課せられた縛りは『全ての試験において合格条件の追加』のみ。とはいえ、条件次第では試験の難易度は大きく変動する。


「何を言ってるんだ。榛名は他の受験者と違ってこのFSOを体験したことがあるんだ。これくらいしないと不公平だろう?」

「そりゃそうだけどさ……体験したことがあると言っても結構前のことだし、俺だって完璧に覚えてるわけじゃない。しかもその時はテストプレイ。今のFSOとは全くの別物じゃん」

「そうだな。時代の変化と生徒達の要望に応えるに当たって数々の修正とアップデートを繰り返した今のFSOは榛名の知るものとは大きく違う。だがその根底にあるものは一緒。榛名の意見を取り入れた要素だってある。君が持つ知識と経験は必ず、最大にして最強の武器になるはずだ」

「それくらい分かってるけど……」


 実際、俺はもう既に過去の経験と情報を元に入学試験用のキャラクター設定を終えている。スキルの試し打ちや動作の確認だって済ませていた。その中にはかつて彼が使用していたスキルや技も存在していた。

 父さんの言うとおり、知識と経験というアドバンテージは試験において優位に働いてしまう。本来、学園関係者以外遊ぶことのできないFSOにおいては特に、だ。


「……わかったよ。今更グチグチ言ったところでやることは変わらないしな。それはそうと父さん、あの学校で何やろうとしてんの?」

「何って、VR技術をフルに活用した夢のような学園を───」

「それだけじゃないでしょ。最低でも月一ペースで出張と称して日本中の医療施設に顔を出してるみたいだけど?」

「……参ったな。もうそこまで気づいていたとは」

「そりゃ流石にね。で、どうなの?」

「残念だけど、言えないよ」

……ね。てことはいずれ話してくれるんでしょ?」

「その時が来れば、必ず話そう。約束する」

「……分かったよ」


 そう言って手元にある試験内容が記載されたプリントに視線を移す。せっかく学園関係者が目の前にいるのだ。試験が明日に迫っている以上、この時間は無駄にできない。


「せっかくだ。少しだけヒントをあげよう。ゲームはなにも実力だけが全てじゃないよ」

「⋯⋯実力以外も見られてる?」

「さあ?どうだろうね」


 確かに数多のMMORPGはトッププレイヤーだけで成り立っているわけではない。

 正確な情報を集め、それを取引する情報屋。武器や防具の作成、整備する鍛治師。ポーションなどのアイテムを販売する商人等々、様々な役割をもつ者達がいるからこそ、トッププレイヤーは攻略を進められるのだ。

 故に考える。この試験で求められる能力は何なのかと。


「プレイヤースキルで劣るVRMMO初心者や生産職が受けるなら、彼らは実力試験で圧倒的に不利になる。実力以外で見られるとすれば⋯⋯協調性や対応力とか?」


 それを聞いた父さんはニヤリと笑う。学園関係者である彼からは試験に関することは何も言えない。故に肯定も否定もしていないが、俺の中で間違ってはいないという確信ができる。


「何ともめんどくさそうな試験だな。まぁでもなんとなく分かったよ。ありがとう父さん」

「これくらいは問題ないさ。それより気をつけてほしい。情報は確かに強力な武器だが、あまりにも披露しすぎると他の受験者に疑われる可能性もある。情報の使いどころはしっかり考えなさい」

「分かった。気を付けるよ」


 忠告を受け、しっかりと肝に銘じる。最後に見落としがないか細部まで確認し、手元の資料を纏めながら立ち上がる。


「もういいのかい?」

「うん。あとは自分でどうにかするよ」

「そうか。明日も早いし、もう寝なさい」

「そうしたいけど、楽しみすぎてすぐには寝れそうにないや。あ、そうだ。最後にこれだけ。父さん、今のFSOの出来ってどんな感じ?」

「決まっているだろう?現時点での最高傑作だ」


 それを聞いて自然と笑みがこぼれる。

 日々進化し続けるこの世の中で、現時点で最高傑作と言い切った。数年前に完成したゲームでだ。ゲーマーとして、息子として、これほど楽しみなことはない。


「榛名。明日からの受験、楽しんできなさい」

「当然!それじゃおやすみ!」

「ああ、おやすみ」


 父さんの激励に応え、駆け足で部屋に戻ってベッドに飛び込む。そして考えるのはもちろん明日の試験のこと。


「試験とはいえ父さんが作ったゲームなんだ。とことん遊び尽くしてやるぜ!」


 二〇三五年一月。数多くの学生ゲーマー達による長き戦いが幕を開ける。

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