書は人の夢を見る

ほしぎしほ

第1話 書人という者

「なあ、書人しょびとって知ってるか?」


 お世辞にも大きいとは言えない村に唯一ある飲食店で、1人の男がテーブルの対面にいる男にそう聞いた。

 そのテーブルを囲んでいるのはその男たち2人だけである。

 店の中には他にもいくつものテーブルが置かれているが、その席に座っているのは全員が男たちだ。程よく筋肉がついていたり、細身だったりと様々であるが、共通しているのは小汚い服装を着ていることだ。

 空になりかけの木樽のジョッキを名残惜しそうに傾けていた男は、目の前の男の問いに首を傾げた。


「ショビト? なんだそれ。儲かる話か?」

「どうだろうな。難しいが金になる話だ。書人ってのはその言葉通り、書物、本が人の姿になれる奴のことだ」

「本? 小難しいことが書かれてるっていう紙の束か?」

「あぁ。この村じゃ見ることもないな。その書人の本は、魔法書って言われてる。魔族が使う魔法を俺ら普通の人間でも使えるようにしたものらしい」

「はぁー。俺らが魔法を、ねぇ。胡散臭ぇな」

「俺もそう思う。まぁ、そんな胡散臭い物だが、でかい国の街では普通に書人が人間と同じように暮らしていて、図書館っていう書人が集まって暮らしてる場所もあるそうだ。そうは言っても人間よりは少ないから、金持ちたちは欲しがって結構な値段で取引されてるらしい」

「え? そうなのか?」


 先程まで興味が無さそうにしていた男だが、金の話が入った瞬間に目を輝かせる。


「ああ。書人の見目もいいから、そっちの好事家もいるらしい。書人は基本子供の姿で白い髪をしている。しかも綺麗な顔立ちだ。子供が好きな変態とかも欲しがるだろうよ。この町で一生暮らしていくには十分な金額になるって聞いたこともあるな」

「マジかよ! 白髪で綺麗な顔立ち……、あ? もしかして今日来た旅人って」


 滅多に外から人が来ない村であるが、今日は珍しいことに旅人が訪れていた。旅人が来たとしても大体は男の旅人だったのだが、今回の旅人は普通とは違っていた。


「あぁ。子連れなんて珍しいと思ったが、キラキラした白髪に綺麗な青目の少女。あれが書人じゃないかって話だ」

「なんだよ、直ぐ近くに大金が転がり込んできたんじゃねぇか! それなら、旅人から盗んで……、あ、いや待て。確か旅人って」


 2人が話している途中、店の扉が鈍い音を立てながら開いた。店の客全員が視線を向ける中、入って来たのはつばの広い帽子を被った白銀の髪の少女と、隆起した筋肉を見せつけているような薄着姿の強面の男だった。

 少女はこの場所には似合わない貴族の令嬢のようなドレスを纏っており、男の方はまるでその少女の護衛のようにも見える。

 彼らが、今日やってきた旅人だ。

 話を聞いていた男は強面の男を見て、がっかりと項垂れた。


「……あれは、勝てる気がしねぇ」

「数々の歴戦をくぐり抜けてきたような風貌の旅人さんだからな。やわな作戦じゃ絶対に奪えないだろう」

「チクショウ……。いい金の話だと思ってたのによ」


 名残惜しそうな男の視線を受けながら、旅人の二人は空いている席に座った。そんな2人に少年が一人近づいてきた。


「今日来た旅人さんだよね? ようこそイディア村へ!」

「ふふっ、歓迎のお言葉ありがとうございますわ。ここのお勧めってなんでしょうか?」

「こんな汚い村の酒場だから、そうオシャレなものはないけど、今日はいい鶏肉が入ったって店長が言ってたよ」

「じゃあ、鳥肉料理でお勧めのものを3品くらい頂きますわ。飲み物はお茶でお願いします」

「わかりました!」


 少年は料理人に注文を伝えてから、再び旅人の少女の元に近づいた。


「あの、もしかして君って、書人って人なの?」

「あら、そう思います?」

「うん! だって綺麗な白い髪だし、子供で旅をしてるなんて珍しいからね! 家族単位で10人ほどの旅人なら見るけど、君たちみたいに2人きりなんて初めて見るよ」

「そうね、確かに珍しいでしょうね。……書人の存在は知らない場所の方が多いから、こうして知ってる人に会えるのは久しぶりだわ。僕はロプ。あなたは?」

「お、俺はチャロ! ……ロプちゃんか。可愛い名前だね! ね、よければ書人について教えてよ。店の客は大体好き勝手に店長に注文して勝手に料理持ってったりするから、俺の仕事そんなにないんだよ」

「ふふ、後で怒られても知りませんわよ。何について知りたいんですの?」

「魔法書って聞いたことあるけど、どんな魔法が使えるの?」

「書人によって様々よ。書人の魔法というのは、魔法を覚える前の1年の間で強く願ったものが魔法として書き込まれ、使えるようになるの。その魔法は合計で8つ、8歳の誕生日までで作られるの。」

「そうなんだ。……ロプちゃんは今何歳なの?」

「7歳よ」

「そうなんだ。俺と歳近いね。ロプちゃんはずっと旅してるの?」

「……そうよ。この人に会ったのはまだ最近なんだけれどね」


 ロプに話を振られた旅人は、特に何も言わず、その眉間に皺を刻み込むだけだった。旅人に視線を向けたチャロだったが、すぐに視線を逸らした。


「……そ、そうなんだ。持ち主とずっと一緒ってわけじゃなかったんだ」

「ええ。そうよ」

「……ねぇ、その、やっぱり書人には主って大事なんだよね? どんな感じなの? 友達? 家族? それとも、奴隷な感じ?」

「書人とスピン……主との関係は人によって様々ですわ。でも、書人にとって主の存在は大きくて、絶対的な存在ではあるわ。だから、できるのなら離れたくはない、そんな関係ですの」

「……んー、難しい話だなぁ。でもでも、ロプちゃんが無理矢理一緒にいるってわけではないんだね」

「そうですわ。僕は彼といたくて一緒にいるのです。これは僕の意思で間違いありませんの」


 ロプの言葉にチャロは何かを考えているようで黙り込んだ。その肩を旅人が突く。


「おい、呼ばれている」

「え、あ」


 旅人が指さした方を見れば、頼んだ料理ができたのか店長がチャコを呼んでいた。チャコは慌ててその料理を取りに向かう。

料理を受け取ったチャロが2人の方を振り向くと、ロプと旅人は何か周りには聞こえないように話していた。

 その姿をじっと見つめてから、チャロは2人に料理提供のために近づいていった。




 村には旅人向けの宿が1つだけ用意されている。

 広くはないその一室にロプが1人ベッドに座って本を読んでいた。

 部屋の扉がノックされ、ロプが本を閉じて扉に向かうと、扉の前にはチャロがいた。


「ロプちゃん、今大丈夫かな?」

「どうしたんですの? そろそろお休みの時間ですわよ」

「うん、そうなんだけど……」


 チャロは視線を部屋の中に向ける。2つ置かれているベッドの上には誰かがいる様子はない。それぞれのベッドの上に本が乗っているだけのようだ。


「あの旅人さんはいないの?」

「ええ。ちょっと用事があって。彼に用事でしたの?」

「……いや、実はロプちゃんにお願いがあるんだ」

「お願い?」


 チャロは一度頷いてから声を潜める。


「会って欲しい人がいるんだけど、その人がちょっと家から動けないんだ。一緒に来てもらえないかな?」


 チャロの言葉にロプは少し黙ってから首をかしげる。


「あの人が帰って来てからじゃ駄目かしら? 勝手に出かけたくはないの」

「今じゃなきゃいけないんだ! 俺があの旅人さんに謝るから、お願い!」


 必死の様子のチャロにロプはしばらく考えてから、口元に笑みを乗せた。


「わかりましたわ」


 その言葉にチャロの表情が明るくなり、ロプに手を差し出した。


「ありがとう! じゃあ、俺について来て!」


 ロプがチャロの手を握ると、チャロはすぐに走り出した。

 宿から出て、ふと早すぎたかとロプの方を振り返るが、ロプは足をもつれさせる様子もなく、腕を引っ張られてる様子もなく、チャロの真後ろをついてきていた。

 足首まで隠す長いスカートを履いているのに、それが動きを邪魔している様子もない様子に驚きつつも、チャロは細い道を選んで走っていく。


「会わせたい人はどんな人なのかしら?」


 息を荒げた様子もないロプの声に違和感を覚えつつ、チャロは言う。


「えっと、俺の姉さんなんだ。身体が弱くて、滅多に起き上がれない人なんだ。……でも、俺とおんなじで書人に興味持ってて……」

「そうなの。それは是非お会いしたいわ。お家は結構遠いのかしら?」

「う、うん。でも、早めには戻れる、はずだから」

「そうかしら……。他の用事もできてしまいそうだから、難しいのではなくて?」


 ロプの言葉がわからずチャロが立ち止まると、背後から足音が聞こえた。


「なんだチャロ。もう女遊びでも覚えたのか?」


 その声が合図だったのか、チャロたちを囲むように男たちが現れた。その男たちのほとんどは先程店にいた客のようだった。


「……何か用?」

「冷たいなチャロ。俺らはただお前と仕事の話したいだけだ」

「仕事の話?」

「ああ。大金連れ出してくれたみたいだが、その後で子供のお前が高く売る交渉できるかは難しいだろ? 俺らが代わりに売ってやるよ」

「……そう言って、自分たちだけ甘い汁啜るつもりだろ」

「安心しろよ。お前の姉さんの薬代は渡してやるよ。書人で得られる金なら薬代払っても残る金の方が多いだろうしな」

「……っ、そんな」

「あの」


 黙って聞いていたロプが口を開いた。


「先程から聞いておりましたが、皆さんは僕を売って大金を手に入れるのが目的ということでよろしいでしょうか」

「ああ、その通りだ。子供のくせに賢いみたいだな」

「そうですか。では、僕から言わせて頂きたいのですが、僕を売っても皆様が思っているような大金は手に入りませんよ?」


 その言葉に周りにいる男たちが笑い出す。


「ははは。お嬢ちゃん、自分の価値をわかってないようだな?」

「いえいえ。僕は見た目は綺麗ですし、髪も珍しいでしょう。瞳も美しいです。とはいえ、ただの子供に書人みたいな高値をつけないでしょう」


 書人みたいな、その言葉にチャロとリーダー格の男が目を見開く。その表情を面白げに見ながら、ロプは言う。


「僕は書人じゃありませんわ。白銀の髪は珍しいでしょうけど、書人の髪はこんなのと比べ物にならないくらいに真っ白ですのよ。そして、書人は髪を切るのを嫌がるのです。こんな風に短く切ってる子は見たことがありませんわ」


 周りの男たちも黙り込む。その変化にロプは堪え切れなくなったのか声を上げて笑い出す。

 そんなロプにリーダー格の男が顔を赤くして激昂した。


「てめぇ、俺らを騙したのか!?」

「僕は一度も僕が書人だなんて言ってないわよ。貴方たちが勝手に間違えただけ。……あ、でも書人を連れた旅人、という情報は間違えていないの」


 男たちの視線を受けながらも、ロプは怖がる様子もなく、むしろ楽しそうに言葉を紡ぐ。


「書人は白髪の子供の姿。それは確かな情報よ。けれど例外もいるの。白髪の子供は8歳を過ぎるとその白い髪はだんだん色づいていくの。だから書人の全員が白髪の子供姿というわけではないわ。そして本来は15歳ぐらいで書人は人の姿をとることができなくなるのだけれど、20歳を越えても人の姿をとれる書人がいるのよ」


 ロプがそう言って空に向かって指を指した。皆が空を見上げようとしたが、ロプのすぐ隣に人間が空から降りてきた。

 その人物を見て一部の男たちが怯えたように声を上げる。

 彼は、ロプと共にこの村に来た旅人の男だった。

 無表情で男たちを見るその視線は、すぐにでも殴りかかってくるようだった。恐ろしさを覚えるが、それでも囲む男たちの数は多い。負けることはないだろうと、男たちは逃げ出しそうになる足を押さえつける。

 彼がどう動くか、皆が注目する中、彼はロプに向き直り、その口を開いた。


「……主ぃぃぃ!! 危ないから出たらいけないと小生はあれだけ言ったじゃないですかぁぁ!?」


 その見た目からは想像がつかない、情けない声が響く。

 チャロも、店で聞いた低い声がこんなに情けないものに変わるのかと目を白黒させた。

 すぐにでも涙をこぼしそうな程潤んだ瞳、吊り上げられていたのに目に届きそうな程下がる眉尻。その表情は彼の鍛えられた身体には不釣り合いだ。


「小生ちゃんと言いましたよね? 主が誘拐されるって、そう言う夢見たって言いましたよね!?」

「聞きましてよ。でも、貴方もわかってるから、実際に連れ去られそうになっても安心でしょう?」

「小生はそういう事に巻き込まれないでほしくて言ったんです!!」


 まだ小言を言いたげな男にため息をついてから、ロプは手を差し出した。


「ジュスティ、後でちゃんと聞いてあげるから。今はゴミ掃除をしましょう」

「……ちゃんと聞いてくれるんですか?」

「聞いてあげますわよ。眠くなるまではね」


 ロプの言葉に頷き、ジュスティと呼ばれた男はロプの手を握った。

 そして、ジュスティの姿は消えた。

 ジュスティの情けない姿に驚いていた男たちは目を疑った。自分たちは一瞬眠っていたのだろうかと思うぐらいに、一瞬でその姿が消えたのだ。

 そして代わりのようにロプの手には一冊の本があった。チャロはその本がロプが泊まっている部屋にあった本の一冊だと気づいた。

 ロプは本を開き、男たちに笑顔を向ける。


「これが書人の力ですわ。よく目に焼き付けてくださいませ、ゴミの皆様」


 ロプがそう言った瞬間、ロプを中心に強風が吹いた。

 強風に身体を押された男たちは耐え切れず、その身体を風に飛ばされていく。

 チャロも強風を覚悟したが、強風どころかそよ風一つ身体に当たらなかった。

 チャロが唖然と見ている中で、ゴミと言われた男たちは全員吹き飛ばされて全員が気絶していた。

 ロプが本を閉じると、一瞬でその本が人の姿に変わった。

 人の姿に戻ったジュスティは、気絶した男たちを見回してからロプに視線を落とす。


「主、人をゴミと認識するのはいかがなものかと」

「僕を売ろうとしていたのですから、そういう認識しても構わないでしょう? 暴力で倒すよりはマシでしょう」

「……小生の魔法は、そういう目的の為に覚えた物じゃないですよ」


 諦めたように呟いたジュスティを置いておき、ロプはチャロを見る。チャロはロプの視線を受けて後ずさった。


「……どうして俺は飛ばさなかったんだよ」

「貴方には聞いておきたかったからよ。……貴方に病弱なお姉さんがいるのは本当かしら?」

「あ、ああ。いるよ」

「書人を売って、手に入れたお金でお姉さんを助けたかったの?」

「そうだよ。薬なんて金がかかるんだ! 親もいない俺がそんな金を稼ぐには、旅人から盗んで売るのが手っ取り早いだろ!? その為にお前に近づいたんだ!!」

「……そう。それは嘘じゃないみたいでよかったわ」


 ロプはそう言うと、肩から下げていた鞄から小袋を取り出す。そして中から金貨3枚取り出し、チャロの足元に向けて放った。


「足りないかもしれないけど、差し上げますわ。では」


 そう言ってロプがその場から去ろうと背中を向ける。チャロは金貨に一度目を向けてからロプを睨みつけた。


「どういうつもりだ! 同情のつもりかよ!」

「……そうね。僕も兄弟がいるから、貴方の姉思いな姿に心打たれたとでも思っておきなさい」


 振り返ることもなくロプはそれだけ言う。その姿にため息をついてから、ジュスティはチャロを見る。


「気に障ったならすみません。でも、主も別に悪気はないと思います。……では、小生もこれで」


 そう言ってジュスティはロプの背中を追いかけた。

 残ったチャロはしばらく地面に落ちた金貨を見つめていた。




 翌日。

 旅支度を終えたロプとジュスティは何事もなく村を出た。


「主、お金渡して大丈夫だったんですか?」

「ん? ……あぁ、大丈夫よ。お金に関しては心配することないくらいには貰っているから、安心なさい」

「そうですか……。でも、もう危険だと教えたのに、その危険に飛び込むようなことやめてください」

「貴方の予言がどれくらい正確か確認したかったのよ。今後は利益がないことには飛び込まないようにするわ」


 先を歩いていたロプは立ち止まり、ジュスティに身体を向ける。ジュスティも足を止めた。


「さ、書人探しに行くわよ、ジュスティ」

「ええ、主。行きましょう」


 ジュスティが頷いたのを見て、ロプは再び前を向いて歩き出した。その背中にジュスティは目を細める。

 ジュスティにはよく見る夢がある。

 薄暗い広い部屋にいて、その目の前にはロプの小さな背中が見える。そしてロプの目の前にはロプによく似た女性が立っていた。

 そしてジュスティの目の前でロプは、その命を自ら絶つ。

 そんな悪夢を、8歳になってから度々見るのだ。


(……あんな夢、現実にはさせない)


 ジュスティはそう決意し、ロプの背中を追った。


 この物語は、書人を集めるロプと、予知夢を見るジュスティが、《最後》に向かって旅をする物語である。

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