鳥籠の聖女は愛を知り、そして病んだ。
みょん
ローランと秘密の部屋
そこそこ防御力のある甲冑と、そこそこ攻撃力のある槍を手に城を守るただの一兵士――それが俺という人間だった。
人同士の争いだけでなく、魔獣も多く存在し、何十秒に一人が死んでいるとされるこの世界において、数多くの国の中でも俺が産まれたフュリアス王国は平和な場所だった。
民からの支持もある王族たちと、剣と魔法のプロフェッショナルでもある騎士たち……そんな彼らが居るからこそここは守られていた。
『まさか、こんなにも出来損ないとは……』
『お父上らの偉業に泥を塗るほどの役立たずですね』
『ローラン、君はあまりにも弱く無能だ』
さて、そんな風にまず間違いなく多くの人が生まれたら幸運だと口にするフュリアス王国――その心臓部でもある王都リンシアに生まれた俺はと言うと、絶賛弱者の烙印を押されていた。
普通ならばこうはならないし、仲の良い友人や同僚は俺のことを不憫に思ってくれるほど……まあ何が普通でないかと言うと、単に両親の功績が凄まじいのと兄と弟が俺なんかと違って有能だったから。
そんなこんなで、実家に居るのが苦痛になった俺は知り合いの所へ転がり込み、なんやかんやあってこうして城の内部を警備するだけの下っ端兵士になったわけである。
「……気楽でいいぜ本当に」
有能か無能かはともかく、異変を見つけたら報告し時には体を張るだけの簡単なお仕事……実家の柵はないし、鬱陶しい兄と弟に会うこともないから伸び伸び過ごせて全然悪くない。
両親は流石に俺のことを知ってるだろうけど……まあたぶん興味がないんだろうさ。
「……なんだ?」
さて、そんな風に俺は俺らしく過ごしていた時のことだ。
王族の方々が居る居住スペースよりも更に上の階層、そこの警備に配属された俺は不思議な扉を見つけた。
「地図にも載ってないぞここ……」
基本的に城の内部構造は頭に入っているが、初めての場所ということで地図をもらっている。
その地図を見ながら周りの確認をしていると立派な扉……それこそ王子とか王女の部屋じゃないかと思わせられるような扉があり、なんだここはと思い地図を見たら何も描かれていない。
「……あ、すみません!」
「うん? なんだ」
俺をここに案内してくれた強面騎士様に聞いてみよう。
「この地図……ここの扉のことが描かれてないんですけど、何かミスだったりしますか?」
そう言うと、騎士様は俺をジッと見て……そしてため息を吐いた。
「お前なぁ……俺は確かに温厚な人間だが、あまりにも分かりやすい揶揄いをされるのは面白くないぞ?」
「え?」
何を……言ってるんだ?
騎士様はもう一度ため息を吐き、扉に向かって手を当ててゴンゴンと叩く……壁の音?
「ここに扉があるって? 何を言ってるんだただの壁じゃないか」
「……………」
もちろん、俺としては唖然とする他ない。
俺の目には確かに大層な作りの扉が目に見えている……しかし、騎士様には本当に見えてないのか俺を見つめるだけだ。
「その様子……もしかして本当に扉があるのか?」
そうなんだけど……でもここで頷いて良いものか悩んだ。
すると騎士様は恐る恐ると言った具合に扉に耳を近付け、内側の音を聞くような姿勢へとなる。
「……なにも聞こえん。ここには壁しかないぞ……勘弁してくれよ。俺はこう見えて目に見えない不可思議な物は怖くてかなわんのだ」
「え、意外と……」
「意外と怖がりだとか言うんじゃないぞ。人間、誰にも怖いモノの一つや二つあるのだからな!」
それだけ言って騎士様は怖がるように去って行った。
その姿に俺はクスッと笑ってしまったが、逆にあの反応を見てしまうと俺の頭がおかしくなったのではないかと錯覚する。
まさか知らぬ間に幻覚を見せる魔法でも掛けられたか……?
そんなことを考えたけど、こんなしょうもない光景を見せられるだけの魔法に意味なんてないしなぁ。
「あ、おいローラン! 新しい場所は見終わっただろ?」
「……ルーク」
同僚であり、友人のルークが駆け寄ってきた。
試しに俺はルークにも聞いてみる……ここに扉があるよなって。
「なあルーク、ここに扉……あるよな?」
「……はぁ?」
その反応だけで分かった――ルークにも扉は見えていない。
それどころかルークは笑いながら扉をバシバシと叩き、更には目を疑う光景が。
「なっ!?」
ちょうど手を掛ける部分の出っ張りに触れたと思えば、ルークの手がすり抜けるように素通りしたのである。
それに怖くなったのは俺の方だった。
俺はすぐにルークの手を引いてその場から離れ、長い階段を駆け下りて行き……俺たちが普段使っている兵舎に着いた頃には息も絶え絶えだ。
首を傾げるルークと別れ、隊長の元に向かって勤務場所を変えてくれないかと直談判……もちろん却下された。
「……つ、疲れてるだけかもしれねえな!」
疲れてるだけ……きっとそうだと思い込むように、俺はその日すぐに休んだ――しかし翌日、あの扉はしっかりと残されており……俺は怖くて近付けない。
「……………」
怖い……これはなんだとずっと考えている。
だが人間、怖いもの見たさというのはあるようで、俺は意を決して扉に近付き……そしてガチャッと音を立てて中へ入るのだった。
そして――。
「あら? あなたは……だあれ?」
「っ……」
部屋の中には一人の女性が居た。
床に届くほどの銀の髪は美しく、チラッと見ることのある娼館のお姉さま方を彷彿とさせるような肉体……他にも色々と思ったことはあるけど、雰囲気はどこか神聖さがあった。
綺麗だ……あまりにも綺麗で、言葉を失うほどの女性だった。
彼女の血のように真っ赤な瞳は俺を見つめ……瞬間、目を丸くして驚いたように口に手を当てたではないか。
「どうしてここに?」
「あ……あの……えっと……」
恐怖なんて通り越し、俺に訪れたのはどうしようもない恥ずかしさだ。
だってこの人……服はおろか、下着も何もない素っ裸だったから。
「し、失礼しました~~!!」
「ちょ、ちょっと待って――」
俺はすぐに、部屋から飛び出るのだった。
今のはなんだ……なんで女性が素っ裸で!?
思えば、始まりはこんなにも突然だったんだと後に俺は語る。
この日より、ただの兵士だったローラン・ブレスの日常は終わりを告げたんだ。
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