第39話 パリィピーポー

「あの娘がいる場所っていったい何処よ?」「さぁどこだろうな」


「ちょっと。こんな時にふざけているの?」「ふざけていないさ。大真面目」


 俺は何でも知っている神ではない。神と崇められ、恐れられていた神獣の事や騎士兵団がヒュノを連れ去った理由も全く見当がついていない。


 街の入口付近に突っ立っている見知らぬおじさんに話しかけた方がいいのかもしれない。今ならしらみ潰しに捜すとなると何時間、いや、下手すれば何日と掛かる可能性だって十分にある。


 その間、お腹を空かせたヒュノの胃袋を誰が満たすというのだろうか。


 騎士兵団がマンドラゴラ料理を作る?

 お喋り鳥と目が合いながら呪いの言葉を聞き流せる奴がいる?

 昆虫食が未体験の奴がどうやって味付けをするつもりだ?


 ヒュノの胃袋を満たす事が出来なければ、ヒュノがご立腹となり、ヒュノに忠誠を誓う従者モンスターがこの街を一斉に襲うこととなるだろう。


「わからないことがあれば、他の人に尋ねる。それが長寿の秘訣……だったよな、ファゼック?」


 俺は背後へと近寄ってくる物音に対し振り返ること無く尋ねてみた。


「俺が現れるのを察知しているあたり、本当にライザは親父そっくりだな、あっはっはっは!!!」


 豪快に笑う顔はギルド管理組合で見せる顔と何一つ変わらなかった。たった一つだけ違うと言えば、俺の首を取ろうと容赦なく武器をフルスイングしているくらいだ。


 ファゼックの水平斬りに対し、地面へと倒れるかのように仰け反りギリギリかわした俺。


「挨拶が過ぎるんじゃないのか?」

「いや、怠けているか確認しただけだ」


「ちょ……ちょっと! いきなり現れて何をされているのですか、ゼクエス様」


 ツクモは応戦しようと術式を詠唱し始めた。


「へぇ~。中級魔法の術式をここまで早く組めるとは大したもんだな、流石はダザンの娘ってところだな。だが……」


 ファゼックは指をパチンと鳴らした。その瞬間、ツクモが出現させた魔法陣は綺麗な幾何学模様が分散された。割れたガラス細工かのようにキラキラと光を屈折させつつ空中で舞い上がった。


「俺に対して魔法の発動とは、まだまだ修行が足りないかな」


 あまりにも突然の事でツクモは砕け散った魔法陣を見つめながら硬直していた。


「あ~あ。残念だったな、ツクモ」

「襲われているのよ、私達。あんたはどうしてそんなに平然としていられるのよ?!」


「あぁ。出逢ったときに一戦交えるのはファゼックの癖みたいなものだから気にするな。あいつに本気で襲われていたら、さっきの一撃で俺はとっくにあの世で親父にあっているさ。どーせ、俺が戦闘訓練を怠けてないか確認……って所だろうな」

「確認?!」


「それにさっきの発動、惜しかったよな。もう少しでファゼックにフレイムが当たりそうだったのにな~。熱がる様子が見たかったんだけどな~」


「はっはっは。ライザとダザンの娘2人がかりだったら何年かかるかな」


 俺の言葉にファゼックは嬉しそうに笑っていた。


「私の魔法……」

「あぁ、それも気にするなツクモ。あれは『スキルキャンセル』。発動中の打撃モーションや魔法の詠唱を無効化するファゼックの得意技兼卑怯技だから」


「ス、スキルキャンセル?! ゼクエス様はパリィの使い手って伝説は本当だったのね……」


 そう。ゼクエスこと『ファ・ゼック・エスパールド』は保有する他者の行動パターン情報を駆使し、どのタイミングで妨害すれば相手の攻撃を無効化できるのかを熟知している。


 彼の凄いところは『知っている』だけでなく実際に行動しスキルキャンセルを見事に成功させている点だ。


 スキルキャンセルパリィとは狙って簡単に出来る代物ではない。


 普通の冒険者であれば、戦闘中に偶然発生するくらいのモノであり頻度とすれば年に1度あるか無いかの確率。


 生じれば運が良いと思うくらいだ。


 ファゼックは違う。卓越した観察力と極限まで鍛えた瞬発力で相手の間合いに入り込み『スキルキャンセル』を狙って自発的に行っている。


「卑怯とは何だ。俺の秘技でライザを何回も助けてあげたのをもう忘れたのか?」

「あぁ。昔そんなこともあったっけ」


 時効になった『借り』をまた恩着せがましく昔話を語るついでに並べてくるからファゼックの話は俺はあまり好きではない。放置していれば、また借りが借金の利息のようにどんどんと増えていってしまうからだ。


「スキルキャンセルをツクモに自慢したくて派手な登場をしたってワケじゃないんだろ?」

「ライザがそろそろ俺様の情報を頼ると思って待っていたのさ」


 何が『待っていた』だ。俺とツクモとの会話を遠くから聞いていたくせに。


 でも、ファゼックが言っている事は強ち間違いではない。


「ファゼックから情報を買いたい。いくらだ?」

「おいおい、ライザ。俺様はまだ何の情報が欲しいのかも聞いてねぇーのに、金額を言えだなんて無茶な事言いやがる」


「時間が惜しい。聞かずともファゼックは全て知ってるんだろ?」

「……はぁ。急ぎの用となると視野が狭くなるのは本当に親父譲りだよな。ライザ、お前は死ぬ覚悟は出来ているか?」


「いや、俺は死なないさ」

「はっはっは!! そこだけは違う。俺は死んだお前さんの親父より、ライザの考え方の方が俺様は好きだぜ」


「そりゃどーも」

「くぅ~! その連れない態度堪らないな~。一方的な好意はこれだから止められねぇ……。一方的な好意と言えば、ヒュプノス・ラスティアもそうだ。あの娘の力を欲していた化物と彼女が今日、交差する。場所は王城の地下だ、止めてこい」


 ファゼックはそう言うと俺に小袋を投げてきた。袋を開けると中には高濃度の回復薬が複数入っていた。


「おいおい、こんな高い薬までよこせだなんて俺は頼んでないぞ? 情報料はいくらだよ」

「情報もアイテムも餞別だ、持っていきな」


「無料ほど怖いモノはないと親父に仕込まれて育ったから困るんだが……」

「気にするな。これからタールマイナ中の人間が大勢死ぬかもしれない。それに比べたら情報料の1つや2つ大した額にもならねーよ」


「ファゼック……」

「良いかライザ。お代も何も要らねぇ。その代わりにドルミーラ教の嬢ちゃんも、それにお前の評価さえ……全てお前自身で変えてこい! ……街の連中も救ってやってくれ」


 ファゼックの言葉を背に俺達は王城へと向かった。

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