第36話 望まぬ眠りと眠らぬ野望

 俺達の前にぞろぞろと現れたのは複数人の騎士兵団。統率のある陣形とは言えず、各々が好きなタイミングで出てきたかのようだ。まるで、闘いが終わる頃合いを遠くから見ていたかのように。


「これはこれは。他国の軍までタールマイナの管理地区までご足労いただけたとは。見たところ、軍は大敗。野良の神獣と交戦されたようですな、アルテリス隊長」

「その顔はオクトー副兵団長……」


「でも、我々が来たからにはもう安心ですね? 神獣を操るこのドルミーラ教の娘をこの場で確保いたしますので」

「な、何を言っている……」


「アルテリス隊長。貴方この者に騙されているのですよ? ドルミーラ教のこの娘が神獣を操り、サフデリカ軍を襲ったのですよ?」


 オクトーは俺達に罪を被せようとしていた。俺達は否定しようとしたが、他の騎士から剣を向けられており反抗は出来なかった。


 だが、サフデリカ軍のおっさんは俺達が襲ったのではなく、タールマイナ軍が間違っている事に気づいている表情を俺だけに見せた。


 おっさんも気づいたのであろう。タールマイナ軍が現れたタイミングの異変さに。


「ふむ。そうであったか」

「えぇ。我々は貴方を無事にサフデリカへお帰りいただくためのご用意も致します。まずはタールマイナへご同行願えますか?」


 優しく微笑むオクトー。しかし、俺やツクモ。それにおっさんもオクトーの怪しさに気づいていた。


 このままタールマイナに入国しても不法入国により牢へ入れられることが可能であることに。


 どんなに言葉を並べようが、タールマイナ側が「不法入国だ」と騒げば直ぐに拘束が可能になる。そして、サフデリカ国への取引の材料にされることは安易に想像がついた。


「いや大丈夫だ……国王にタールマイナ軍の功績と神獣の件を逸早く報告したいので戻るとする」

「……引き留めはしませんが、この森は強力な野生のモンスターが多いエリア。お独りの所を襲われてもお助けできませぬが……」


 聞こえはいいが真実は違う。おそらく、タールマイナ軍が貴方おっさんの命狙いますよ? と脅しているようにしか思えなかった。


「そうだぜ、おっさん。ここは猛獣がいるエリアだ。デスファングに襲われても知らないぞ?」


 小さくなるおっさんの影を見届けた俺達。そのとき、おっさんは獣に襲われ、草むらの方に倒れる姿だけを確認した。


「……アルテリスが死んだか見て来なさい」


 急に本性を現せたオクトー副兵団長。彼の命令により、若手の者が一人様子を見に行かされていた。


「ふ、副兵団長! サフデリカ軍のアルテリスがデスファングに咥えられたまま何処かへ連れて行かれました」

「あっはっは、馬鹿め。本当にモンスターに襲われるだなんて憐れな最期だ。恩を売って一方的な外交をも期待したが、サフデリカ軍を壊滅させる当初の目的は達成できたわけだ」


 精々笑っているがいいさ。タールマイナの騎士兵団が他国の軍を壊滅させる為に神獣を出しに使うとは想定外だ。それに、神獣が暴れていた理由をドルミーラ教のせいにすることで自分達の策を隠している。


「神獣の首元、いい首飾りしているじゃないか。東部地方に伝わる呪術のようだな」


 俺は指摘した。黒い蒸気のようなオーラを不気味に醸し出している首輪を指差し指摘した。


「……やはり君は情報の通り頭のキレる要注意人物のようだね。この骨董品を記した書物は全て燃やしたと認識していたのだが、君はどうしてこの首飾りを知っているのかい?」


「生きていた頃、親父から教えてもらったことがあってな。実物を見たのは初めてだが、以前に記された内容なら全て記憶している」


「全く……親子とも揃い揃って『知りたがり』だとは。世の中には知らない方が良いことはこの世に沢山あるのさ」

「ドルミーラ教の村を襲ったのもお前等なのか?」


「知りたがりのライザ君。取引と行こうじゃないか」


 オクトーは眠っていた神獣アンティオを剣で刺し無理矢理意識を起こした。


「ドルミーラ教の人間は代々神獣の暴走を制御し、この世界の安寧に努めてきた歴史がある。だが今となれば村は無くなり、各地の神獣が目覚めては人々を殺している。我々、タールマイナの騎士兵団は自国の平和は基より全世界の平和を心から望んでいる」


「……何が言いたい?」


「ヒュプノス・ラスティアさんを我々で是非とも保護させていただきたい」

「どういう事だ」


「我々が所有している魔道具とヒュプノス・ラスティアさんの力が合わされ、全ての力が凝縮されれば、また人類は昔のように神獣を制御しながら平和な国造りに勤しむ事ができるようになる」

「えっ……」


「神獣を操り、眠らせたのはドルミーラ教徒ではない我々からすれば脅威以外の何者でもない。ドルミーラ教に関わったライザ君やツクモさんも同類。街の人々は彼等に恐怖し、いつか街の人間から命を狙われるかもしれない。君の村が襲われたのは残念だが、同じ目に遭う可能性があるとは、君も思わないかい?」

「そ、それは……」


「耳を貸すな、ヒュノ!!」


 まずい。オクトーは話術でヒュノを撹乱させて取り込もうとしているようだ。


「人は誰しも孤独を嫌う生き物。ライザ君が君を匿ってくれたように、君だってライザ君を街の嫌われ者にしたくない……そうだろ?」


 止めろっ、ヒュノ……あれ?


 声が出ない事に気づいた俺。気がつけば身体も動かせない状況に陥っていた。ツクモも意識までは失っていないようだが俺の側で静かに倒れている。お腹辺りが一定のペースで上下しており、呼吸はしているようだ。指先が小刻みに痺れており、言葉も発せられない。眠気に似た気だるさが全身を襲っているこの独特の症状は、俺が知っているのは1つしかない。


『神経毒』


 雷系モンスターから稀に入手できる非常に貴重な素材の1つだ。オクトーは神獣アンティオから入手していたようだ。俺やツクモの足元に小さな針が刺さっている。


「どう……すれば良いの?」

「簡単な事です。我々と同行し協力していただければ、貴女がドルミーラ教であることも隠せます。それに、我々は貴女を敵と認識しない為、ライザくんやツクモさんを拘束をせず解放し手出ししないことを堅くお約束します」


「本当に?」

「えぇ。タールマイナの騎士兵団は嘘つきではございません」


「……わかった」


 ヒュノは俺達の近くにゆっくりと来て、こう呟いた。


「少しの間、寝ててね?」


 俺とツクモは無抵抗のままヒュノに眠らされ、ゆっくりと意識を失った。

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