第32話 延滞金は窓口まで

「どう……具合良くなった?」


 横たわる俺を心配しているようで、ヒュノは何回も様子を窺ってくる。心配させまいと「大丈夫だ」とは返すが意識は朦朧としており、上手く返答できたかさえわからない。


 タールマイナには医術による診察をしてくれる店が1件だけあるのだが、今日に限ってまさかの臨時休業。治療はおろか治癒薬さえも手に入れることが出来ずに、ヘロヘロになりながら帰ってきたのだ。


「なぁ、ヒュノの眠りの力で俺を眠らせてはくれないか?」

「それは出来ない……かな~」


「どうしてだ?」

「私の力って強力だから、体力が消耗しきっている時に眠らせちゃうとそのまま死んじゃう危険性があるの~」


 なるほど。寝て体力を回復させるつもりが永眠してしまうと言うことか。寝返りするのも困難な今の状態で眠らされるのは非常に危険だとは自分でも察した。


 極度の寒気と頭痛、目眩、鼻水に咳が止まらない。おまけに食欲も無く体力はかなり地に落ちた感じは否めない。


 俺が動けない事により困った事が連鎖し始めた。部屋の片付けやご飯の支度はヒュノが率先してくれるようになったのだが、一番の悩みの種は俺の目からヒュノが離れて行動されている機会が増えてしまったからだ。


 独りでせっせと行動してくれているので俺が話しかけるよりも前に全てが完了していた。


 正直、本当にありがたい事だと感じるし、負担をいっきに背負わせているのではと不安になる。


「なぁ、ヒュノ……」

「ほ? ライくんなぁに~?」


「1つ聞きたいんだが……」

「うんうん、何でも言って~。私に出来る事なら頑張って何でもしちゃうよ?」


「じゃあ、聞くが……俺に内緒で商品を売りに行ってないよな?」


 そう。俺が作っては置きっぱなしになっていた不出来な商品が徐々に減ってきている点が一番気になっていた。


「……さて、ご飯の用意をするね~今日はスタミナが付く料理にしようかな~」


 こらこらヒュノさん、はぐらかすな。


 飯を作るのにも食材がいるわけで。

 食材を揃えるのにもお金が必要なわけで。


 それなのに、金欠はおろか色とりどりの野菜やお肉まで用意できているではありませんか。いったいどうやって金策しているのだろうか。


「あの呪いのヒュノ人形……最近見かけないんだが?」

「ね~。やっぱりいなくなっちゃうと寂しいよね~」


 ……なんだよ、その他人行儀な口調は。デスファングのように扉が開いていた隙にヒュノ人形が勝手に歩きだし外へ逃げ出しているとでも?


 人形が勝手に歩いて出ていったのであれば、タールマイナは今頃大騒ぎで騎士兵団も出動するほどのパニックになっている筈だぞ。


 ヒュノ人形が減り、食材が豊富になる。ここから導きだされる答えは1つしかない。


「いくらで売っている?」

「安いよ?100G だもん」


 ん? 以外にあっさりしたお手頃価格であることに感心してしまう自分がいた。以前は数千Gで売っていたあの時と比べて、良心的な価格に落ち着いているので安心した。


 俺に断りもなく勝手に売っていた件については怒りたい気持ちもあったが、ちゃんと反省し改心してくれたようで安心した。


「1日……」

「イチ……ニチ?」


 何だ、イチニチって。不安な気持ちが体内から溢れだそうとしていた。ヒュノの口から答えを聞くのが恐ろしくて思わず塞いでしまった。


「うん、ヒュノ人形ちゃんは1日貸し出し100Gだよ~。最低10日間以上は借りる前提で前金1000G払ってもらって、それで10日目以降も引き続きヒュノ人形を借りたい場合は100Gずつ払ってもらうという画期的な販売方法にしたの~!!」

「………いやいやいやいや、待て待て。貸し出しって事は、お金が払えないとまたあの人形達が我が家に再集合……するのか?」


「うん!! これで寂しくないね~」


 笑顔で答えるな。そして、貸し出しシステムってどんな販売方法だよ。毎日100Gずつ搾取される呪いの人形化しているじゃないか?


「……待ってくれ。誰がそのお金回収しているんだ? まさか、俺ん家の扉開けたら支払いに来ている被害者が列をなして並んでいたりしないだろうな?!」

「む? 被害者だなんて酷いこと言わないで~。ライくんが体調悪いのに、他の人の風邪を貰っちゃったら大変だよ~」


 勝手に俺が作った商品を持ち出して売るわりには、俺の体調を気づかえる所があるから怒りきれない。


 その時、勢い良く家の入口がバタンと音をたてながら開き、息を切らしたツクモの姿があった。


「ちょっと!! 私のところにヒュノ名義でお金を払いたいっていう人が毎日のように長蛇の列を形成して困るのだけれど?」


 抱えられた袋の中には金貨や銀貨が大量に入れられていた。袋の表面には殴り書きで『馬鹿ヒュノ分』と記載されていた。


 余程腹がたったのだろう。筆が折れていそうな筆圧で『あのバカぁああ!!』と叫びながら書いていそうな字がそこには記載されていた。


 ヒュノはツクモが商売に携わっていることは知っていたので、ヒュノ人形を売る際に『支払い先はヒュノかツクモっていう子に渡してね』と言っていたのであろう。


 ヒュノは買い出しや物を売る以外に街を出歩いたりはしない。購入者に住んでいる所を教えていない限り、次の支払い先であるツクモに払おうとするだろう。


 そして、ツクモという人物を捜そうと調べ始めれば一発でわかるだろう。


 だって、

 タールマイナ商工会会長の娘なのだから。


「あ、つくもんおはよう~元気いっぱいだけど、ライくんが風邪気味だから今日は静かに入ってきてね~」

「あ、あんたねぇ……いったい誰のせいでこんな大量のお金を運んでると思ってるの? あんたに払いたいってお客さんらしき人が私宛に押しかけてきて事務所の警備関係が大混乱よ?」


「えへへ~つくもん、ごめんね~半分あげるから」

「いらないわよ、こんな得体の知れない謎のお金。何も売っていないのにお金だけ支払われるだなんて気持ち悪くて夜寝れないわよ」


 プンスカと怒り出すツクモ。敷居の高いあの商工会の入口に『お願いだ、金を払わせてくれ~』と騒ぎながら会長の娘宛に人が群がるさまを想像しただけで笑いそうななった俺。


 俺が関与していない僅かな隙にタールマイナの治安は予想通りパニックになっていた。


 ヒュノ本人が手渡しで布教したヒュノ人形だ。確実にヒュノの催眠スキルが付与された状態で購入者の元に行ったに違いない。


 ドルミーラ教の案件は偽者の捕獲で沈静化されることを期待していたが、代表のヒュノがこんな調子じゃ見つかるのも時間の問題かもしれない。


 いや、むしろタールマイナがヒュノに支配される方がもしかしたら早いのかもしれない。


 催眠と見た目が難易度高めの化物グロテスク料理を振る舞うヒュノ。


 『睡眠』と『食欲』という、人類にとって必要不可欠な二大欲求をヒュノ色に染められたタールマイナなんて怖くて想像もしたくない。


「ライザ……っておいおい、真っ昼間から嬢ちゃん2人も誑かせるだなんて、さすが元三大賢者の息子はスケールが違うぜ……」


 声がした方向へ視線を向けなくとも、その低い声と落ち着きで来訪者は誰なのかはすぐにわかった。それに、入口前に設置しておいた侵入者用ブザーが作動しなかったとなると、


「ファゼック。非番ならこの2人を落ち着かせてはくれないか?」

「ファゼッ……裏情報屋なんかが何故冴えない所に来ているのかしら?」


「その顔……商工会長ダザンの娘じゃねーか。こんな治安の悪いエリアに出入りしてるだなんて想定外だ、あっはっは」


 お互いに牽制をしながらも睨みを効かせている。そんな2人に俺は一言だけ言わせてほしい。


 俺の住まいの悪口は本人に聞こえないように配慮してくれ。


 ツクモの表情が一瞬にして冷たくなった。ファゼックもそれを察してか笑みを浮かべながら室内へと入ってきた。


「案ずるな、ダザンの娘よ。旧友の娘の情報を売るほど俺は人の道は外れちゃいないさ」

「旧……友。どういう事かしら? お父様があんたみたいな汚い仕事をする人間と交流がある筈無いわ。これ以上お父様を侮辱するなら許さないわよ……」


 俺と同じだ。


 ツクモにとっても親父は特別な存在なのだろう。


「止めとけツクモ」

「何? あんたは裏情報屋のコイツの肩を持つわけ?」


「ちげーよ。一方的な力の差は暴力の域を越えてる」

「うるさいわね、わかってるわ。上級冒険者の私がこんな相手に本気で殴るわけないでしょ。ちゃんと手加減するわよ」


「逆だよ、逆」

「はい?」


「裏情報屋なんてジョブで正体を隠しているけれど、コイツはファ・ゼック・エスパールド。タールマイナ出身の『ゼクエス』って言えばわかるか?」

「ゼクエス様?! えっ……この裏情報屋のこの人が?」


「あぁ」

「いやいや、嘘よ。嘘つきライザってヘンテコな異名持ちのくせに嘘が下手すぎない? ゼクエス様って言えば、タールマイナ史上でただ一人、ソロで神獣に挑んで制圧に成功した偉大な剣士様じゃない。こんな裏情報屋のおじさんが神獣に勝てるわけないでしょ?」


「はっはっは、ダザンの娘の言う通りよ。俺ももう勝てぬだろうな。体力もピークを過ぎてしまったからなぁ」

「まだ最前線で動けるくせにギルド管理組合なんかの受付なんかして力をもて余している姿を見るのが余計に腹が立つが、奴はゼクエスと呼ばれた男だ」


「ライザ。右肩が使えねえ事はお前も知ってるだろ? いい歳したおじさんを戦場に送り出すだなんて真似しないでくれよ」


「それで、ファゼックよりレベルの劣る俺等なんかに依頼書を紹介するだなんて、悪趣味が過ぎるぜ」

「あっはっは。若い子に活躍の機会を与えるのが我々落ち目の大人が出来る最大限のエールさ」


「それで……自称落ち目の最強剣士のファゼックが職場を離れてわざわざ俺なんかのところまでやってきて、いったいどんな用件だ?」


 俺の問いに対し、これまで砕けていたファゼックの表情がいっきに固さを取り戻しこう言った。


「神獣を操る者が現れたぞ」と。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る