第30話 これは布教用です!

「こ、これは……」

「らいふん、やっほあえはほ~(やっと逢えたよ~)」


 心配は無用だったようで、ヒュノはいつものように食べ物を堪能していたご様子であり、身の危険など起きてはいなかった。


 いや、むしろ既に起きていたという方が正解なのかもしれない。


 両手いっぱいに握りしめられた串料理を見るに、ヒュノが単独になってから屋台へ移動して食べ物の買い漁りを堪能していたようだ。


「なぁ、ヒュノ。それだけ食べて眠たくならないのか?」

「ほ? ライくんはもう私と寝たいの?」


 コラコラコラコラ。人聞きの悪い事を公衆の面前で口にしないでくれ。誰がどう聞いても俺が夜這いしているようにしか思えないだろ。今はまだ昼前だ。


「いや、満腹になったら眠たくなるだろ。担いで帰るのはもうりだからな?」


 騎士兵団にいる知り合いにまた見られでもしたら、それこそ俺は女性を担いでお持ち帰りをする野蛮な住民として認知されてしまうではないか。


「それにしても、良くそれだけ食べられるお金……あったよな。何か、売らないとそんなおか……ね……」


 口からこぼれ堕ちていた言の葉が急に枯れる。


 何か……売ったな、この様子だと。


「ま、まさか……あのシャツ売ってないよな?」


 着れば自動的に回復するあのオートヒールシャツの方であれば被害は少ないが、性格が急変し悪役ぶる方の粗悪品が市場に出回れば、街は大混乱では済まされない。


「ほ?! オートミールの服の事?」

 オートヒールな。誰が雑穀服を造るというのか。そんな服を作って着れば、デスファングに餌だと勘違いされてしまうだろうが。


「勿論、持ってきた服は全部完売しちゃったよ~」


 勝ち誇ったかのように喜びをみせるヒュノ。今日、不定期市は開催されていない筈だと言うのにどうやって売買を成立させたのだろうか。


 無許可の路上販売もしくは、声かけによる呼びかけは固く禁止されている。街の治安を悪化させない為、騎士兵団側と商工会側で連携して警備を行っている筈。


 先日、俺がルーカスに声をかけられたのもそれの類いだ。不法行為を行う者に厳しいタールマイナは、例え旅人であってもルールに則った販売方法以外取引できる手段はない。もう願うしかない。


 ヒュノが勝手に売り捌いたインナーシャツが全て成功品であることを。唯でさえドルミーラ教の偽者が詐欺行為をして、警備の目も厳しくなっているときに、本物であるヒュノが騒ぎを立てれば全ての案件も丸被りしそうだ。


「勝手に売るなと説教したいのだが、まずは合流が先だ。ツクモは見かけなかったか?」


「つくもんだったら、街中を歩いていた門番さんみたいな人と話してたと思うよ~、あっつくもん!!」


 噂をすればツクモからこちらへやって来た。俺達は情報収集の現状について共有することにした。


「……で、見ての通りあの娘は食べ歩きを満喫中みたいだし、ライザもその様子だと大した情報は獲てなさそうね」

「ま~ま~、焦っても仕方ないよ。そんな事よりつくもんも一緒に串食べる~?」


「勿論、遠慮するわ」

「ツクモはいい情報獲られたか?」


「そうね……これと言って確証的な情報こそは無かったけど、被害者は単独でいるところを狙われているようね」


 単独ねぇ。次の作戦としては俺等がまたバラバラになって勧誘待ちするという劣り作戦も出来なくはない。


 しかし、俺達は、嘘つきライザに商工会会長の娘にドルミーラ教の最高責任者の組み合わせ。どう考えても、詐欺師も俺達を騙そうだなんて思わないだろう。


 そう思いつつヒュノを見たときに、食べ物とは別に違うものを持っていることに気がついた。


 肩からかけていたバックの中から覗く少し先が尖った物。良く見れば建物のオブジェのような作りをしていた。


「ヒュノ……そのバックに入っている物なんだ?」

「あら。あなたが持っているのは多宝塔の置物のようね……タールマイナではあまり見かけない造形だけど、なぜ持っているのかしら?」


「ん? あ、これ?! 知らない人に声かけられて、この置物を持っていると魔除けになって食べ物に困らないんだって~」

「……えっ?! 幾らしたんだ?」


「2980Gぐらいだったかなぁ~」

「ちょっ……見せてくれ!! もう1体あるじゃないか!!」


 もう1体は女神のような人物の彫刻物。


 カバンから出させた多宝塔の置物と彫刻の底をじっくりとみた俺。そこの部分にはガッツリ文字が書かれていた。


『ドルミーラ教』と。


 こらこらこらこら!

 食べ歩きしてる最中にドルミーラ教を語る詐欺師と接触するだけでなく、騙されて高額で変な置物買わされてるじゃないか。


「そっちの人物は何でも叶える不思議な女神様を象った有難い彫刻なんだって~。お値段聞いてビックリの1980Gっ! 限定100体限りの超レア彫刻なんだって」 


 何が限定100体限りだよ。本物のドルミーラ教の最高責任者が、偽者側のインチキ商品を購入して大事そうに持っているなんて有り得てたまるか。


 俺とツクモがいない間に偽者と遭遇していたご様子のヒュノさん。何故、商工会側の人間であることを隠して俺達に接触しに来たのかツクモに問い詰めようと思っていたが、ヒュノの比類なき天然行動に疲れ、気分がそれどころではなかった。


 本物であるヒュノが偽者の商品を買わされていた。


 本来であれば、この屈辱的な行為は戦争の火種に成りかねない重大な案件ではあるが、当の本人であるヒュノが喜んで大事そうに持っているので、これ以上責めるわけにもいかない。


『アンデッドハンターがアンデッドになる』


 という諺がこの世界には古くから存在するが、今のヒュノの姿がまさにその通りだった。騎士兵団と接触してまで公的機関が握る情報を集めてくれていたツクモにまず謝りなさい。


 無駄骨過ぎて膝から崩れているではありませんか。


「とりあえず案内してくれ」


 ヒュノの証言から、ドルミーラ教を騙る偽り団体『ドルミーラ教』と接触する為、遭遇した場所へと目指すことにした。


 いつも不定期市が開催される広場からは少し離れた場所の細路地を縫ったような場所まで移動した俺達。


「へぇ。こんな路初めて通る」

「私も。生まれも育ちもタールマイナだけど、まだまだ知らない路もあるのね、勉強になるわ」


「にへへ~こっちだよ」


 嬉しそうに案内するヒュノ。これから騙した加害者に会いにいく被害者としては不適切なくらいの眩しい笑顔だ。


「わ……私のお金返してください」


 少し歩いていると、女性の声がした。話しかけていたのは、痩せ細った男と少し小太りの男の2人組。


「だから、知りませんって。私達が貴女にその人形なんて最初から売ってません。人違いですよ?」

「困ります……あのお金は父の病気のお薬代で……」


「これ以上言うのなら恐喝の疑いで騎士兵団呼んで連行してもらいましょうか?」

「うっ……そんな、お金を返してほしいだけなのに」


「私達からその買ったって『証拠』はあるのですか?」

「そ、それは……」


「じゃあこうしましょう。お金に困っているようですし、詳しい話を1度部屋でお聞きしましょうか? 条件と貴女の少しの勇気と協力があればお金を差し上げることも出来ますよ」


 男は女性を下から上までゆっくりと眺めては卑しい眼で微笑んでいた。


「はいはい、そこまで」


 他人事とはいえ、聞くに堪えない内容が続きそうだったので割って入ってしまった俺。


「誰だ、お前」

「誰でもねーよ。真っ昼間から女の子1人室内へ連れ込んで金あげるだなんて、怪しい連中達だなお前らは」


「なんだ。お前もこの女と同じで、下らない置物代を返せとかいちゃもんつけにきたのか?」


 刃物を握りしめながら俺に凄んできた。


「ちょっと~!! 下らなくないですよ、このお人形さんはドルミーラ教の御神体なのですよ、ちゃんと優しく丁寧に崇めてくれないと私怒っちゃいますよ~?」


 ヒュノとツクモには危ないから下がっていてくれとお願いしたのだが、御神体を馬鹿にされた事に御立腹されたのか、しゃしゃり出てきてしまったヒュノさん。


「お前も返金しろと言いに来たのか? ……って、朝購入してくれた、あの可愛い嬢ちゃんじゃねーか」

「ありがとうございます~御神体像ちゃんも凄く可愛いですよ!!」


「お、おう……そんなことより、あんたもお金に困っているなら詳しい事は中で……な? ちゃんとベッドもあるぜ?」


 俺の事はもう既に眼中にないですか、あはぁそうですか。まぁ、ヒュノが可愛いのは事実だ。


 愛想も良いし、容姿はいちゃもんをつけようがない。確かにちょっと元気な男であれば、ヒュノを誘いたくなる気持ちも分からなくはない。


「最終確認だが、ヒュノもコイツらから購入したんだな?」

「そうだよ~」


「……よし。彼等は『寝る』ことを希望しているようだ。眠らせてやれ、ここでな」


 ヒュノの眠りの力により、男2人を一瞬で眠らせた後、お金を拝借した俺は困っていた女性に代金分を返金してあげた。


「あ、ありがとうございます……あの、貴女達はいったい……」

「えっと俺達は……」


 妙に返答に困っていると、会話を聞いていたヒュノが元気に答えた。


「私、ドルミーラ教のヒュノだよ~!!」「えっ……ドルミー……」


「この御神体像、私2体買ってたから良かったら1体あげるよ~、これ私なんだって!!」


 ドルミーラ教関連でインチキ商法に遭った被害者に対し、ドルミーラ教だと名乗った挙げ句、コイツ等が作った偽の御神体像を布教するヒュノ。何でもありの状況に、俺もツクモも、そして被害者の女性も笑わずにはいられなかった。

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