第23話 フェイクニュース

 ギルド管理組合の受付は相変わらずと言ったところだった。無秩序に貼り出された依頼書が所狭しと掲示されており、コルクボードの素材が見えない程だ。


 掲載期間は管理組合側と依頼者との交渉で決められている。


 だが、掲載期間が長いからといって決して良いとは限らない。新しい依頼が増える度に次々と掲示されていき、古い依頼書はすぐに埋もれる。


 掲示のルールとして、依頼書の上段に記載してあるタイトルは見えるようにする事が絶対条件である。これさえ護っていれば、難易度が隠れていようが、内容が見えなくても依頼者はギルド管理組合に対して文句が言えない。


 雑然としているのは何も掲示板だけではない。大小様々のギルドがこの受付に来ては会議を行い、時には依頼達成の祝杯を上げる場として夜遅くまで飲み食いをする者達もいる。


 俺はそういう場に参加した経験は少ないが端から見ていて嫌いと言うわけではない。むしろ、羨ましいと思うことの方が多いくらいだ。


 同じ目標のもと、仲間で力を合わせて一緒に何かを成し遂げる。そして共に喜び分かち合う。夜遅くまで宴をして隣近所まで声が響いていても、周りに住む人からの苦情があったと言うことは聞いたことがない。


 王族側が束ねる騎士兵団は、公に対して弊害が発生する案件以外は動いてはくれない。


 結局、住民からすれば、ギルド管理組合の方が頼りやすいし暮らしを豊かにしてくれる。個の困り事に対し分け隔てなく取り扱ってくれるこの組織に対して好感があるのだろう。


 ツクモの言う『信用と信頼』の両方を得ている大事な組織というわけだ。


「おっ! やっと来たな『お尋ね者ーズ』。立ち話もあれだから、ちょっとこっちへ来い」


 ギルド管理組合の受付で存在感を表しているファゼックは俺達の姿を見るなり、酒が飲めるテーブル席へと促された。


 ファゼックの半ば強引な案内に断り切れなかった俺達が座ると酒とツマミが並んだ。


「わぁあ~美味しそうっ!」


 止めきれぬ涎が綺麗な口もとから出ているヒュノ。見た目は気品のある綺麗なお嬢様なのに、行動が幼いというか、素直と言うべきなのか……睡眠や食欲などの欲求には何一つ抗おうとせず、行動に移してしまう節がある。


「ヒュノ。気を付けろよ? 無料より怖い飯なんてこの世にないからな。このおっさん、何か悪い企みがあるぞ」

「人聞きが悪い事を言うなよライザ。これはほんの気持ちだよ、キモチ」


「何がキモチだよ。気持ち悪いな。さっき俺等を『お尋ね者』呼ばわりしやがって。ヒュノの事調べたんだろ、どうせ」

「裏情報屋ファゼック様といえば俺の事。王宮内にある不倫話からゴロツキの街中徘徊ルートまで……『情報』と名のつくモノであれば俺は誰よりも把握している自信がある。どんな情報でもお求め易い価格で売るぜ?」


 ファゼックはヒュノがドルミーラ教の人間だと知っている。


 だが、知っている事を匂わしつつ俺に『誰にヒュノの正体を教えたから知りたいか?』と商売の話をしてこないところから察するに、ヒュノの存在の情報を誰にも売る気は無さそうだ。


「いや、遠慮しておく。それより、俺達が恰幅の良いツルッパゲのおっさんにもてなされている理由を早く聞かせてほしいのだが、有料か?」

「あっはっは! 相変わらずライザはツレねぇ奴だな。嬢ちゃんの事を言って少しは動揺するお前さんの姿を見ようと思ったのに、感の良い奴は嫌いだぜ」


「そりゃどーも」

「嬢ちゃんみたいに、少しは無警戒で俺の誘いに乗ってくれても良いのによ。なぁ、嬢ちゃん?」


「ほれ、ほいひいほ~」


 口いっぱいに骨付き肉頬張りやがって。何が「これ美味しいよ」だ。相変わらず呑気なお姫様だ。


「ったくー。睡眠作用、自白作用のある薬盛られてても俺は知らんからな」

「ライザ、俺はそんなゲスい手で情報を獲たりはしないさ。ましてや、睡眠……いや、催眠を操れる宗派にそんな真似しないさ」


「んだよ。先に言っておくが、俺はヒュノからドルミーラ教の事を何も聞かされてはいないし、何も聞いてもないからな?」


 俺はファゼックに対し牽制をした。先に白旗を振っていればしつこく聞いてはこないだろうと思っていた。


 しかし、ファゼックは意外な反応を俺にした。


「あぁ……そうだな。ライザの為にも、嬢ちゃんからは何も聞かない方がいい」

「どういう意味だ」と尋ねようとしたが、ヒュノとファゼックが乾杯をしていたので聞き返す間を逃してしまった。


『情報は獲るな』


 情報通であり、情報オタクの情報馬鹿から情報を獲ることを止められるとは思いもしなかった。ヒュノがドルミーラ教の生き残りであることは知っている。


 だが、これ以上のヒュノの秘密があるようには思えない。むしろ秘密なら俺の方が抱えている。


 ヒュノの寝相が悪く、いつも抱きつかれながら寝ている。俺なんかが触れてはいけない『アレ』が背中に優しく当たっているという事実を。公言できる内容でもなく、ヒュノ本人にも「当たっていますよ?」なんて注意できない自分がいる。


 その場で注意しようにもヒュノは寝ているので意味がない。


 かと言って、ヒュノが起きてから「結構……あるんだな。着痩せするタイプか?」

なんて言えば、いくら無頓着なヒュノでも軽蔑の眼差しを浴びせてくるに違いない。


 ヒュノが寝ている間に俺が疚しい気持ちで身体を触っているだろうと勘違いするに決まっている!! 変態だと罵られるくらいなら、行き場を失ったこの情報を、ヒュノと共有することなく死ぬまで抱え堕ちするべきなのだろう。


「さて、飯も食べたから本題へと移るぞ、ライザ」


 すまんな、ファゼック。ヒュノの事で頭がいっぱい過ぎて用意してくれた料理が全く喉を通りそうもない。お前の話で俺の心を満たしてくれ。


「近頃、困っている人の弱みに漬け込んで金銭を巧みに奪う事件が密かに多発している。まだ表沙汰になってない案件だ」

「珍しいな。裏情報屋ファゼック様が俺なんかにそんな情報を教えるなんて」


「そんなに珍しいか?」

「あぁ。それに俺は嘘つきライザだぞ? 俺に詐欺被害の事を伝えるだなんて、冗談にしては笑えない内容だな」


 俺はファゼックの話と一緒に酒を呑む事にした。あいつが用意してくれた酒はタールマイナでは有名な高級酒だ。テーブルに置かれたボトルのラベルを見るに、一番高くて旨いと評判の逸品だ。俺は遠慮なくグラスを口元へと移動した瞬間、ファゼックはこう話した。


「被害者の証言では、加害者はこう言っていたらしい。『自分の名前はヒュプノス・ラスティアだ』と」


 その瞬間、美味しそうに見えていた酒が一瞬にして濁ったかのように感じた為、これ以上グラスが傾くことはなかった。量の減っていない酒をテーブルの上に置いた。並々と注がれていた酒は波打ち、少しだけ溢れていた。


「ファゼック。その話は冗談にしては面白くない」

「すご~い!! 同じ名前の人と出逢えるだなんて私初めてだよ~」


 ファゼックの話を聞いていたヒュノは嬉しそうに出された料理を頬張りながら喜んでいた。


「違う、偽者なんだ」

「ほ?! 私、本物だよ?」


「違う、逆だ。向こうが偽者。ヒュノの名前が勝手に使われている」

「えっ、何で??」


「推測でしかないが、ヒュプノス・ラスティアの名前を騙ることで、そいつに何らかの利があるのだろう」

「へ~。いまいち良くわからないな~」


「解っただろファゼック。本物って意外と迫力ないだろ?」

「ははっ違いない。偽ブランド酒みたいなものだな」


 ちょ……何を言ってくれるんですかファゼックさん?!


「今日はちょうど本物のお尋ね者ーズが現れたから教えてやる。嬢ちゃんの名前を騙った詐欺事件だけじゃなくて、嬢ちゃんを悪く騙るフェイクニュースまで流れ始めている」


 『気をつけろよ』とは言われなかった。


 だがファゼックはそう言う意味を籠めて俺達に教えてくれたのだと思う。俺は奴の優しさと一緒に、偽酒を飲む事にした。


「……おい。テメェ、この酒『本物』じゃないか」


 俺の様子を見て、あははと楽しんでいたファゼック。


「真偽を見抜けるライザならわかってくれると思っていたぜ? 偽ブランド酒の話はしたが、用意した酒が偽物とは一言も言ってねとぇ。くれぐれも気をつけろよ?」

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