第14話 なかなか恋は始まらない

「足りない……足りるわけがない」


 食事を終えると、ミルクは満足そうに腹を擦り、ルーリエは正座をしたまま水を啜る。ヨンヘルも不満の1つも垂れることなく、満足したように食器を片付けていた。そんな中、俺だけは呪文を唱えるようにブツブツと食事に文句を繰り返す。

 決して俺は大食漢ではない。むしろ、普段は夕食にカップヌードル1つあればそこそこに満足する。そんな俺でも、少量の大豆と人参。味のない乾燥肉1切れでは、満足するはずがないのだ。少しだけ食べたせいか、余計に腹の虫を刺激してしまう。渋々食器を片付けると、空腹にぐっと項垂れながら自分のベッドに座り込んだ。


「はぁ……明日の朝食まで何もなしか。それに金を持ってない俺は、しばらくの間たいした物を食べることができない。これは何とかせねば……何とか……何とかなるのか?」


 気づけば、ブツブツと独り言を呟いていたみたいだ。空腹と絶望で頭がおかしくなり始めていたのだろう。自分では、切羽詰まる心境を口に出していたつもりはない。その状況に気づかせてくれたのは、ルーリエであった。

 ベッドで項垂れている俺の前にルーリエが立つと、おもむろに手を出してきた。その手には数枚のクッキーが乗っており、バターのような甘い香りを放っている。何をしたいのか理解できなかった俺は、そのクッキーを食い入るように見つめると、知らずうちに涎を垂らしていた。


「さっきから、ブツブツと鬱陶しいのよ。あなたはここに来たばかりだから、まともな食事が買えないのは仕方ないでしょ。これあげるから、我慢しなさいよ」

「えっ? 俺に……くれるのか?」


 予想していなかったルーリエの優しさに、思わず驚きが飛び出した。ルーリエの顔を見上げると、顔は目線を避けるように横を向き、ほんのりと頬は赤く染まっている。


「な、何よ! いらないの?! 別にあげなくてもいいんだから!」


 強気な口調で俺を罵倒するが、恥ずかしそうに顔を逸らすところを見ると、完全な善意に受け取れた。そこで俺はとんでもない事実に気づく。そう、彼女はただの辛辣な女性ではない。まさしくツンデレなのだ。

 俺は行ったことはないが、現実世界にはメイド喫茶なるものがある。そこではメイドの格好をした綺麗な女性が、様々な接客をしてくれる。その中にある1つ、それこそがツンデレだ。普段は強気で相手を罵倒するくせに、たまにだけ甘い蜜を吸わせてくれる。そんな露骨なギャップに、男どもは見るも無惨にやられてしまうのだ。


「ありがとう。ルーリエは優しいんだね」


 だが知っているぞ。ツンデレな子は、そのデレた時こそ最大の弱点なのだ。その優しさを最大限に誉めると、ツンな対応で誤魔化しながらも、デレの効力に自惚れするのだ。

 ふっふっふ。俺は数々の小説を読んできて、恋愛の知識もそれなりに豊富なのだよ。だからこそ、ここでの正解は満面の笑みでありがとう。とクッキーを受け取ることだ。


「……キモいんだけど。なに笑ってるの?」


 ルーリエは、虫の死骸を見るような目で俺を見下ろしていた。前言撤回しよう、彼女はツンデレではない。ただのツンツンである。それはまさに、まごうことなき冷血者の瞳であったのだ。


(おかしいな。恋愛イベントの始まりかと思ったのに、俺の心は粉々になりかけているよ)


 与えられたクッキーを味わうように咀嚼すると、食べ終えたころを見計らってルーリエが話を始める。その内容は、竜族ドラゴニック対策の続きであった。


「それより、どうするの? 明日の自由時間まであまり余裕はないけど、いい策を思い浮かんだ人はいる?」


 ヨンヘルもミルクも困った様子であった。俺は1つアイディアが思い浮かんでいたが、正直それは少し強引なものである。他に何か良い策があるなら、そちらに頼りたいと思っていた。


「この様子だと、特にないみたいね。見捨てるわけにはいかないし、困ったわね」


 見捨てない方向で考えてくれている。それはとても助かるのだが、実際ヨンヘル達からすれば、俺を竜族ドラゴニックに引き渡したほうが賢明ではないのだろうか。


「なぁ。俺がこんなこと言うのはおかしいかもしれないが、何で俺を見捨てないんだ? それが最も楽な解決法だと思うが」


 俺の空気を読まない発言は、ルーリエとミルクを困らせる。決して悪態をついたつもりはなかったが、馬鹿正直にこんなことを聞くのはやはり失礼だったみたいだな。だが、俺は助けられたところで何も返すことはできない。自分でも分かるほど、この場で俺は価値が低い。


「オルディを見捨てないのは……まぁ正直に言うと、規律があるからだね」


 ここでも規律が関係するようだ。ヨンヘルがこちらを見ながら座ると、分かりやすく話をまとめ始めてくれた。


「ここの規律には、殺しを容認しているものがあるんだよ」


 殺しを認める。普通に聞いても物騒に聞こえるが、ここは只でさえ凶悪犯の集まり。そんな場所で殺しが認められているとなると、尚更俺をかばう必要などなさそうなものだ。


「ただ、闇雲な殺人はご法度だ。気に入らない相手がいた場合、そいつに対して決闘を申込むことができるんだ。その決闘で命を落としても、それは事故として扱われる。これだけなら、オルディを見捨てない理由にはならない。だけどね、厄介な規律がここに関わってくるんだよ」


 ヨンヘルは俺に渡した規律書を手に取ると、とあるページを指差して話を続けた。


「初めに話しただろ? 第9条、同部屋の囚人は、いかなる他種族間であってもお互いを尊重しあうこと。君が決闘を申し込まれた場合、それを俺達が見過ごす行為は、ここに反するものとされるんだ。そうなると、決闘とは必然的に部屋同士の争いという意味に変わるんだよ。部屋同士の合法的な殺し合い。そんなものに巻き込まれたくはないのさ」


 事態は思ったよりも深刻のようだ。俺は最悪、自分がなんとか立ち回ればそれで良いと考えていた。だが、俺が揉めることは、自動的にヨンヘル達にも影響をおよぼすのだ。


「この規律にはね、争いを簡易的に起こさせない目的があるんだ。1つの争いは、部屋全体に。そして大きくなった騒動は、他の者からの新たな妬みや恨みがうまれる要因にもなりやすい。簡易的に争いを起こせば、その火の粉はどんどんと大きくなってしまう。争うならば、それだけの覚悟を持てといった意味があるんだ」


 これは恐ろしいな。規律で縛っているようにみせて、結局のところは殺しを容認している。争いは極力起こすなというのに、起こした争いは無理矢理大事にしているのだ。囚人同士の殺し合いを止めるどころか、やるなら徹底的にやれということ。

 所詮俺達は悪人ということだ。規律は囚人を守るためにあるのではなく、あくまで監獄の秩序を守るためのもの。苛立ちを溜め込むなら、発散させてしまえといったところだろう。


「魔力が使えるなら竜族ドラゴニックともそれなりにやりあえるさ。こっちにはルーリエとミルクがいるからね。だけど、魔力が使えず武器もない以上、力では確実に竜族ドラゴニックには劣る。敗けが見えている決闘ほど、馬鹿げたものはないよね」


 ルーリエとミルクは、魔力があればそれだけのポテンシャルがあるのか。確かにミルクの腕力には驚いたが、ルーリエが竜より強いとはとても思えない。ハッキリいって見た目はただの女の子だ。力だけなら、俺でも勝てるのではと思っていた。

 でもまぁ、妖精族エルフィだから魔法に特化していてもおかしくはないか。妖精族エルフィってのは、弓などの遠距離攻撃やサポートに特化しているのが異世界の相場だ。


 魔力を解放する手段は俺が持ってはいるが、それはできればまだ知られたくない。となると、強引だがやはり俺が思いついた策で乗りきるしかないようだな。


「俺がここに入ったことで、皆に迷惑をかけてしまうのは避けたい。実は今回の件、俺に1つ策がある。だけど、どんな策か説明すると少し効果が弱まってしまうんだ。絶対に上手くいくとは言いきれないが、俺に任せてくれないか?」


 策を説明できないのは、俺の【転生恩恵】が関わってくるからだ。上手く言えないが、竜族ドラゴニックの習性を考えると、1つの対策がある。

 後は、俺が失敗したらまずい状況で、皆が俺に託してくれるかだ。ヨンヘルとルーリエは、流石に首を傾げて悩んでいる。策の内容を聞けないのだから当然だ。


「ん~。良く分かんないけどぉ、いいんじゃない? ウチは難しいこと嫌いだしぃ。もしも竜族ドラゴニックと争いになったら、何とかするしかないっしょ!」


 ミルクは指でグッドマークを作って俺にウインクをする。お気楽といえばそれまでだが、そんな気さくな性格は俺の意見を後押ししてくれた。

 事実、ヨンヘルとルーリエも特段他に策を思い浮かばないようだ。仕方ないかと開き直り、ミルクに続いて俺の話に賛同してくれた。


「あなたは公爵を殺すほどの人ですものね。仕方ないわ。どんな策か分からないけど、失敗は許さないからね」


 何とも歯痒い納得の仕方ではあるが、そこは目を瞑ろう。ひとまずは明日だ。竜族ドラゴニックを抑えることができるか。それがここでの初めての大仕事になりそうだ。

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