第40話 突破口

「あるじ!」


 轟ッ!

 店は半壊し土煙が舞う。防御し損ねた俺の代わりに、ライラが幼竜の姿に戻り鞭を全て防ぎ切った。しかもノーダメージでHPゲージが一切削られてない。


「ライラ!?」


 思えばライラと共に黒魔獣と戦うのは初めてだったので、まさか《竜乃加護》がここまで頑丈だとは思わなかった。何度も鞭のような攻撃が繰り返されるが、張り巡らされた防御結界は傷一つない。


「あるじ、あるじ、ブレス吐いてもいい? あの花、あるじ嫌いでしょう?」

「いやダメだ。こんな街中でブレスを使えば関係ない人を巻き込み、二次災害を起こす」


 幼竜は羽根を羽ばたかせ旋回しながら俺の周囲を飛び回る。


「じゃあ、あの黒い花だけ燃やすのはいいの?」


 とんでもないことをサラッと言い出した。


「で、できるのか?」

「うん♪ だってあるじは、この世界の《管理者》だもん。ならライラがなんなのかも知っている」

「え、は!?」


 竜騎士の相棒。

 魔王として記憶が戻る前ならその認識だっただろう。だが《管理者》として君臨した時この星の運用提示を求められたことを思い出す。

 鑑定眼を使った俺の目には、今までなかった情報がそこに記載されていた。


 ライラ/竜族管理者の後方支援者/女/二歳

 レベル47/飛竜(星の化身※末端) 

 HP20251503/MP86547892

 魔力耐性S/防御力SS/特殊能力/絶対防御パーフェクト・シールド※主人には《竜乃加護》が付与/咆哮ルギートゥス溶岩伊吹ラーヴ・ブレス浄化伊吹リユール・ブレス世界の理の書き換えワールド・リビジョン/人型変化/言語能力習得


 眩暈を起こしかねない情報がてんこ盛りだった。というか今!?

 俺が《魔王の半身》として再転生したように、この星の化身が受肉したということだろうか。


(思えば竜騎士になる前、《竜狂化》の条件が満たしていなかったにも関わらず無理やり発動することができたのも、ライラのブレスを調整していたのも――俺が《魔王の半身》として無意識に本来の能力を使っていたのか)


 俺以外に竜騎士がいないことも含めてよくよく考えれば気づく機会はあっただろう。鑑定眼を見るに今まで見たことのない特殊能力が増えている。

《浄化伊吹》、適応対象――漆黒花とその核だけを消失可能。


「《浄化伊吹》って、これは……」

「あるじが強く、強く望んだからこそライラが作ったの♪」


 暢気に答えるライラは「うってもいい?」とワクワクしている。どちらにしてもこのままでは被害が広がるばかりだ。救えるかもしれない──ならその可能性に賭けるしかない。


「ええいままよ! ライラ、この都市に存在する漆黒花と、その核のみを焼き尽くせ」

「は~い♪」


 白亜の光と共に円状の魔法陣がライラの周囲に展開する。幾何学模様が幾重にも重なり、巨大な円状の魔法陣は大都市の上空を覆っていく。

 極大範囲魔法。

 鑑定眼でライラの攻撃範囲を俺が調整し、どの角度なら確実に漆黒花の核を狙えるか模索する。魔法陣の範囲内なら漆黒花の感知可能となり、すぐさま特定した。


(全部で五つ、室内が三……)


 逆算した結果、俺は上空に広がっている極大魔法へと視線を向ける。


「ライラ、空に向かって放て!」


 ライラは大きく息を吸い込み、グッと喉元を競り上げ──解き放つ。


「《浄化伊吹》♪」


 空に吹き上げた真っ白な炎の波。

 それらは建物も人も他の動植物には無害でそよ風の如く吹き抜け──漆黒花と核だけを燃やし一瞬で炭化させた。

 黒魔獣になりかけていた店員も真っ白な炎にあてられ悶え始めた。


「──アアアアアアアアアアアアアッ、縺ョ繧後?∫焚荳也阜莠コ繧?シ!」


 漆黒花の断末魔と共に店員の身体から生えていた漆黒花と枝が炭化して消滅。HPゲージが消える前に回復薬を投げた。

 他の場所でも回復薬だけを転移させる。

 レッドゾーンに入っていたHPゲージが一瞬で回復。気を失った店員は、無傷のまま倒れた。ステータス異常も後遺症もみられない。


「なんとか、なった……か」


 今頃になって疲労感が押し寄せてきた。浮遊し旋回していたライラはご機嫌のようだ。


「ライラ、助かった。ありがとう。本当に……」

「えへへ……。あるじぃ」


 ライラは眠くなってしまったのか、うつらうつらしていたので抱っこした直後、寝息を立てている。だいぶMPを消費させてしまったようだ。


(目が覚めたら美味しいものを食べさせてやらないとな)


 三年前、救えなかった命がいくつもあり、自分の無力さと非力さを嘆いた。けれどあの日々があったからこそ、俺の中で「救いたい」という強い思いが奇跡を起こしたのだ。



 ***



 漆黒花が殲滅したことで、すぐにここにも人が集まってくるだろう。ひとまず土煙に紛れて現場を離れることにした。


(まずは宿に戻ってライラを寝かせてやらないとな。その後でアルム村に――)

「煌月先輩……」

「──ひゅっ」


 聞き覚えのある声に体が硬直する。

 視界が悪かったのもあるが接近を許してしまった。黒の外套にフードを深々と被っており背丈からみて子供か女だろう。

 唐突に風が吹き荒れ、フードがめくれて顔を晒す。


「あ」


 フードの中に押し込まれていたブロンドの長い髪が靡いた。

 外套の中は騎士服ではなく魔法使いのローブだ。髪の色や雰囲気が少し違うが間違いなく彼女は──。


「ひ、陽菜乃?」

「煌月先輩っ! あの、これは……!」


「今、シエスタの声が聞こえなかったか?」と男たちの声に陽菜乃はフードを被り直して俺の手を掴んだ。


「!?」

「先輩、一緒に来てください」


 俺の手を掴んだまま陽菜乃は隘路を駆け出す。人混みをすり抜け行き止まりの袋小路に出たのでオレンジ色の屋根まで一気に跳躍。

 今は脚力も上がって余裕で陽菜乃の後を追える。寝ているライラを起こしたくなかったので自分の影に戻した。これで戦闘になっても大丈夫だろう。


(それにしても、どこまで行くつもりだ?)


 陽菜乃は羽根が生えた鳥のように屋根を飛び移り、都市の中心部にある時計塔の屋上までやって来た。少し風は強いもののこの都市を一望できる見晴らしは中々なものだ。

 俺は陽菜乃へと視線を向ける。


「……どうして陽菜乃の姿で、あの場所にいたんだ?」

「それよりも先輩こそ、怪我はありませんか!?」


 質問を質問で返すのはどうなのだろう。質問の意図を考えようとしたが、前のめりになりながら詰め寄る迫力に思考が鈍る。


「え、あ、いや、ない」

「本当に!?」


 胸倉を掴まれ鼻先が触れ合う一歩手前まで近づく。思わぬ大胆さに心臓の鼓動が煩い。


「ああ、無傷だ」

「よ、よかったぁ……」


 胸倉を掴んでいた手が離れ、陽菜乃はへなへなとその場に座り込む。喜怒哀楽の落差に口元が緩んだ。今目の前にいるのは俺のよく知っている陽菜乃だった。だからか自然と手を差し出した。


「ほら、ずっと座り込んでいると足が冷えるぞ」


 思わず先輩風を吹かしてしまったが、この言葉に感極まった陽菜乃は目を潤ませる。


「煌月先輩っ。……やっぱり先輩は変わりませんね」

「そうか? まあ、陽菜乃を探していたからここで会えてよかった」

「え!? それは本当ですか!」


 陽菜乃は前のめりになって顔を近づける。この距離感の詰め方は三年ぶりで懐かしく、このまま抱き寄せたい衝動をなんとか押さえ込んだ。


「ああ。……四年以上前から漆黒花と手を結んだ冒険者がいて、その件で──」

「先輩は……?」


 陽菜乃は少し傷ついた顔で微笑んだ。


(……元の世界でもよく強がった表情をしていたな)


 強風が吹き荒れ、沈黙が流れた。

 分厚い雲が日差しを遮り、影を落とす。


「早合点がすぎる。俺は陽菜乃を疑ってない」

「え」

「そもそも陽菜乃が俺たちのパーティーメンバーに入ったのは《狩人》の極秘任務だったんだろう。……陽菜乃に会いたかった一番の理由は謝罪だ」

「──な、え」


 困惑する陽菜乃に対して、俺は深々と頭を下げた。


「すまなかった。三年前、俺が弱くて陽菜乃の隣にいるだけの力が無かったこと、お前にまた無茶をさせてしまったこと、レベル上げを諦めかけようとしたこと――全部、だ」


 レベルを上げて自信がついた今でも本心を語った瞬間に後悔ばかりが膨れ上がる。振り返れば俺は陽菜乃に何もしてやれてない。俺ばかりが守られて、救われている。


「煌月先輩……」


 陽菜乃は俺の手を両手でギュッと掴んだ。彼女の温もりに自分の指先が冷たかったことに今更ながら気付く。


「謝らないでください。私は──何度も先輩に話す機会があったのに嫌われたくなくて、ずっと潜入調査だってことも隠して、嘘をついて、正体を明かすことも事情を説明することもできなくなって……。私こそ逃げたんです。ごめんなさい、ごめんなさい」


 頭を上げると陽菜乃は今にも泣きそうな顔をしていた。ここに及んでも彼女は大事なことを隠す。それは俺を守ろうとしての行為であり、それが──悔しくて、歯痒い。


。黙っていたのも全部、俺が《魔王の半身》だと敵に気取られないため、黙って去るしか陽菜乃には選択肢がなかった。そうだろう!」


 陽菜乃はハッと大きく目を見開いて、俺を見返す。


「どうして、それを……」

「思い出したからだよ。俺たちがこの星に来たのは四年前ではなく勇魔代理戦争時代で――俺以外の勇者も魔王も死んで、勇魔システムを根本から覆すことによって世界を書き換えた。俺が《魔王の半身》だってわかっている。だから、もう独りで抱えなくていいんだ」

「こう……が、先輩」


 陽菜乃は声を押し殺しながら目尻に涙を溜めていて、その姿を見て彼女と出会った頃を思い出した。独りで抱え込んで捨て身過ぎる生き方。

 嗚咽を漏らして泣く姿に、気づけば陽菜乃を抱き寄せていた。

 彼女は驚いて一瞬だけ身を固くしていたが、すぐに身を預けて俺の背中に手を回した。


「ずっと俺のことを守ってくれて、ありがとう。生きてくれて、待っていてくれてありがとう」

「ううっ……。当たり前……です」


 彼女の首筋に顔を埋めると甘い香りが鼻腔をくすぐる。触れ合う肌から温もりが伝わってきて、愛おしさが増した。

 生きている──再転生でもそれでもいい。また会えたのだから。

 目頭が熱くなって震えた唇で──魂から溢れ出る思いを言葉にする。


「愛している。もう──先に逝かせない。絶対に俺が」

「煌月先輩っ、……違いますよ。『一緒に幸せになろう』って、そう言ってください。じゃないと、嫌です」


 勇者だったときも今も陽菜乃は俺を含めた幸せを願う――欲張りな奴だ。泣きじゃくる彼女の瞼にキスを落とし、声を震わせながら呟いた。


「一緒に幸せになろう」

「はい……」


 どちらともなく唇が重なる。

 時計台の針が午後四時を示し鐘が鳴った。その音に驚いた飼育用のグリフォンの子供たちが、空を飛んでいく。日差しが少しずつ傾きかけていた。

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