第37話 勇魔救済システム
音が消えた。
聞こえなかった、というのが正しいだろうか。
真っ赤な鮮血が、その場を染める。
目の前で起こったことに頭がついていかなかった。
ごとり。
彼女の首は床に転がり落ち、そのあとに首から下の体は力なく倒れた。
一瞬、何が起こったのかわからなかった。
ただ反射的に体が動く。
「ひな……の──陽菜乃っ!?」
彼女の傍に駆け寄ろうとして──背後から無数の槍に貫かれた。
「がっ……はっ」
首だけ後ろを振り返ると、そこには下卑た笑みを浮かべる配下がいた。血を固めて作られた槍は吸血鬼公の得意技だった。土煙が舞う中、彼女の首と体を抱きしめながら階段下に転げ落ちる。受け身を取り損ねたせいで全身が酷く傷んだ。
それでも配下に、勇者の仲間たちに、叫ばずにはいられなかった。
「なん……の、つもりだ……! なぜ、陽菜乃を、勇者を殺した!? お前たちは仲間じゃないのか!?」
地べたを這う俺に、重装戦士は笑って答えた。
「仲間ねぇ、勇者は魔王を倒さなきゃいけない。それがこの世界の仕組みなんだわ。……で、魔王が死んだら勇者も光に包まれて消える。あー、つまり。勇者も魔王もこの世界を存続させるためのエネルギーに変換されなきゃ困るのさ」
重装戦士に勇者一行のパーティーと、敵であるはずの四天王が並んだのだ。仲間だと言わんばかりに。その立ち位置は可笑しいだろう!
「この星の寿命はおよそ二百年前に尽きるはずでした。それを維持するためのエネルギー変換術式を作り出したのが、勇魔システム。数年に一度、膨大なエネルギーを蓄積するために該当者を異世界から呼び出すのですわ、魔王閣下」
大魔女が歌うように語った。
それが異世界転移と転生。
召喚術式を発動させるエネルギーは異世界の人間一人分の肉体を強制代価にして、魂を魔王となる器に定着させる。余すことなく俺たちを使い潰す方法を心得ているというわけだ。
「召喚術式すら俺たちの負担ってか……。つくづくこの世界に都合がいい話だ」
反吐が出る筋書きだった。これじゃあ異世界人は全員バッドエンドではないか。血を吐きながら、彼ら──怨敵を睨んだ。
「異世界人のエネルギーの質量はアタシたちとは桁違いなんでな。だからアタシたちはアタシたちの世界を守るために、魔王軍と共存することを選んだのさ」
「その通り。我らも自身が滅びゆくのは困ります。まだまだこの世界でしか味わえない愉悦を、存分に楽しみたいのです」
最初から異世界人は世界を維持するための人身御供だったという訳だ。勝手に呼び出して殺し合いをさせる。
どちらが勝っても未来はない。
人間と魔族が笑い合い、手を取り合う。
自分たちの世界を守るために選んだ道は理にかなっている。最大多数の幸福だと言われれば、たしかにこの星を守りたいのは理解できなくはない。
だが俺たちは、この世界の人間じゃない、まして絆のある者同士を殺し合せるなど言語道断だ。
勝手に呼び出して、利用して、用済みとなったら即処分。ふざけている。
気づけば泣き崩れて叫んでいる声が耳に入った。
みっともなく醜い声だ。
それが自分だと気づくのに暫くかかった。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
慟哭。
沸々と湧き上がる怒り。
体中の血が沸騰して、今にもどうにかなりそうだ。
許せない。滅ぼせ。殺し尽くせ──と怨嗟の声が聞こえる。
先代の魔王と死んでいった勇者たちも同じ末路を辿ったのだろう。無念の思いが流れ込んでくる。
眼前の勇者一行も、四天王も、骸となった勇者と魔王の葛藤や絶望、怒りがここに残っていることを──知らない。
「……絶対に、許さない。許してなるものか。許すわけにはいかない。許してダメだ。ああ、そうだ許せない。許せない――許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない――死ね!」
絶叫と悲鳴と怨嗟がない交ぜになった声。
俺の中で何かが壊れた瞬間だった。世界を寛容する者たちもろとも滅ぼさなければ気が済まない。
復讐、いや破壊の権化とこの世界が俺を変えた。
「魔王権限により最終術式──
魔王の姿でなくなったとはいえ、その力を失ったわけではない。陽菜乃が俺を呪いから解き放つために時間をかけたように、俺も一つだけ研究してものが今役に立つ。
「お前たちの敗因は──先に
もし順番が違っていたら、こうはならなかっただろう。少なくとも俺は陽菜乃になら殺されても良いと思った。だが、その彼女を殺した者たちを、世界を自分は許容できない。
「
術式の発動範囲に魔法使い、吸血鬼公がいち早く勘付いた。一丸となって攻撃を仕掛けるが、あと一言で紡ぎ終える。
人間と魔族の息の合った同時攻撃。最終決戦にふさわしい光景だ。
「させるか、死ねぇえええええええ!」
「落ちろ、落ちろ、落ちろぉおおお!」
総攻撃に対して俺はろくな防御もせず、全ての攻撃が直撃。
爆炎によって周囲は燃え盛り、俺の体は刃に貫かれ視界が真っ赤に染まった。
「ぐはっ……! があっ」
骨が砕かれ肉が悲鳴を上げ、痛みで意識が焼き切れそうだったけれど──陽菜乃の首だけは死守する。これ以上彼女を穢させるものか。
「倒れろ! 倒れろぉおお!」
「化物が!!」
体を何度も貫かれ、ぼとぼとと大量の血が床を塗らしながらも踏みとどまる。
倒れるものか。
これ以上、俺たちと同じ被害者を作らせないために──折れる訳にはいかない。
数十、数百の魔法陣が展開し天を、この星を覆い尽くした。
竜王将軍と重装戦士と吸血鬼公の三人同時攻撃によって、心臓を貫かれる。
「我らの勝ちだ!!」
そう彼らは叫んだ。
いいや、まだだ。
口の中で血の味を噛み締めながら、最後の呪文を唱える。
これは今まで死んで逝った勇者と魔王への弔い。しかし魔法名は物騒なものではなく陽菜乃へずっと言えなかった思いをこの星に刻もう。
「
音はなかった。
白銀色の美しい光に包まれ、この世界に生きている全ての者を桜色の花へと変換させる。
陽菜乃が好きだった花と同じ色。
二人で見ようと約束した桜色を再現した。
これは彼女への手向けであり、この世界への復讐。
彼女の体はもちろん、切断された首も花びらに変わって俺の手元から消え去る。愛しい人、そして魔王の宿敵――勇者の最期だった。
『煌月先輩』
そう呼ぶ陽菜乃の声が脳内で再現される。
(ああ──。元の世界に戻ることも、もう会うこともできないのか)
勇者の仲間だった重装戦士は鎧だけが地面に転がり、僧侶と魔法使いは杖だけが残った。魔王の配下だった大魔女は三角帽子、竜王は黒々としたマント、吸血鬼公と大悪魔は服だけを残して、みな桜色の花の養分として消えた。
城も倒壊し、静寂に包まれる。
死の花にしてはあまりにも儚く、美しい。
そよ風に揺れて花が躍る。
零れ落ちたのは、嗤い声だった。
「はっ。……はははっはははははは! あはははははははははははははははははははっ!!」
声が枯れるまで嗤い続けた。
あとは死を待つだけ。そんな俺に声をかけてくる者がいた。
「管理プログラムの一部凍結。星の生命活動エネルギーが規定数値を超えたことで、プログラム《嘆きの星屑》及び《勇魔代理戦争》のタスクは強制凍結。管理者を《最後の魔王》に書き換え完了。今後の星の運用に関しての提示をお願いします」
淡々と抑揚のない声が見知らぬ言語を話しているようで、理解するまで数秒かかった。
周囲に姿はない。声だけが脳内に直接届く。
プログラム、管理者。
これまで死んでいった勇者あるいは魔王の躯の上で、何を望めというのか。ある日突然、全てを奪われ、殺し合い、勝者もまた殺される。どこに救いがあるというのか。
「ふざけるな……」
「コマンド入力から音声モードに書き換え。今後の星の運用に関して提示をお願いします」
「ふざけるな。陽菜乃を、俺たちから全てを奪っておいて、返せ。俺たちの、俺たちが歩むはずった時間を、人生を、お前たちから奪われた全てを、返せよぉお!!」
喚いた。
子供のように、無理難題を、やけくそで叫んだ。
淡い桜色の花が風に揺られ、俺を憐れむように頬を撫でた。
「承知しました。検索を開始します……」
「は?」
声が漏れた。チープな嘘に決まっている。
死人は蘇らない、砂時計は元に戻ることは無いのだから。
「検索が終了しました。質問条件に該当するのは一つです。管理者による世界の理の書き換えにより、
『はい or いいえ』
滑らかだが淡々とした、無機質な声が問う。
また陽菜乃に会える。頬から枯れたはずの涙が溢れ出た。
今度こそ幸福な日々を取り戻せるのなら──考えるまでもなく、答えは決まっていた。
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