第19話 先輩冒険者


 まさか俺がロックオンされた――なんて考えにいたらず、一瞬で怒りが吹き飛んだ。

 意味が分からず困惑していると、今度は陽菜乃が俺に抱きつく。


「ちょっと待ってください! 先輩の瞳も素敵ですが、腹筋も割れていて黄金比だと思います! 見てください!」

「おうごん、え、ちょ、陽菜乃?」


 なぜ陽菜乃が嬉々として話に乗っかってくるのだろう。というかチュニックをまくり上げないでほしい。その隙に変態神官が腹筋を撫でるので、ゾワリと鳥肌が立った。


「(陽菜乃ならいくらでもいいが変態は無理──というか力強っ、振りほどけない!?)いや、な、触」


 両腕を掴んで引き剥がそうとするのだが、びくとも動かない。

 これがレベルの差なのか。


「フフフッ。いいね、ハラショー。理想的な筋肉じゃないかああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

(変態、ってか怖っ!)

「オレ、コウガって人誑しだと思う」

「奇遇じゃな。それに関してはワシも同意見だ」

「いや、ジャックも瀧月朗も止めてくれよ!?」


 何、離れたところで見ているんだ。パーティーメンバーのピンチなのに、まったくもって他人事ではないか。ちょっと薄情じゃないか。


「こらこら、レンジ。パトロンの話ならちゃんと順序よく説明してからにしな」

「煩ぃいいいいいいい、この細目。この僕の感動は止まらないのだよ!」

「よしシロ、変態神官を止めろ」

「ん、わかったヨ」


 今まで黙っていた全身甲冑の守護戦士から愛らしい声が漏れた。驚いたがここでこの甲冑の主が女の子だということが発覚。


 兜を深々と被っているのと全長百八十センチ前後だったので、完全に筋骨隆々の男だと思っていた。


「離せ、シロ。僕はまだ商談が済んでいない!」

「とりあえず落ちついて」


 なんとか解放された俺はチュニックなどヨレヨレだし、陽菜乃が腰に抱きついているカオスな状況だった。

 変態神官が駄々をこねる間、サカモトがフォローを入れる。


「すまん、すまん。レンジはなんというか……あー、あれだ。常人には理解できない美的センスがあって、自分が気に入ったものを絵画または銅像として作り上げ、創作物として愛でるという──特殊な悪癖らしくて……まあ、コレクション=モデルになってほしいと交渉するのだけど」

「いつも興奮して勘違いされル」

「勘違い……なのか?」

「こいつは職業ギルドで貴族パトリキでもあるから、モデルになるなら報酬もたんまりもらえるぞ」

「「ハッ!?」」


「報酬」「貴族との繋がり」「金」と、後ろで傍観していたジャックと瀧月朗の目が光ったのが見えた。


 案の定、ジャックは変態神官の視界に入ろうとするが、一瞬でそっぽを向かれてしまって撃沈。「ふう、暑いのう」と瀧月朗は上衣の着物を片方脱いでアピール。

 一瞬だけ変態神官の美的センサーが反応するも、スルー。


「腹直筋、腹横筋、内腹斜筋、外腹斜筋、前鋸筋が美しくない」

「そうですね。シックスパックが目立ってない。森人族だと筋肉質になりにくいのですかね」

(陽菜乃……。筋肉質な男な好きなんだな。いやギルマスに対しても尊敬の念を抱いていたから筋肉が好きなのか? ……今日から腹筋の筋トレ増やしておくべき……か?)


 オレの腹筋が割としっかりしているのは、中学まで水泳をやってきたからだ。黄金比などは意味が分からないが。


「まあ、レンジが迷惑をかけたついでだ。俺ッチたち先輩がお前らのレベルアップに付き合ってやんよ」

「それは頼もしい」


 こうして俺たちはお人好しのサカモトと出会い、クエストや魔物との戦い方、修行も含めて気に掛けて貰えるようになった。


(そう言えば、サカモトってあの本に走り書きをした坂本悠里なのか?)



 ***



 その日から数日に一、二時間ほど俺は守護戦士と瀧月朗に接近戦での戦い方を実戦形式で叩き込まれた。俺たちFランク冒険者は、初心者以外のクエストを受けられないが、現場監督として上位冒険者が同伴だと可能となるらしい。

 それも初耳だった。


 後日、冒険者ギルド会館にてエージたち同期が「狡くないか!」と文句を言ってきた。しかも瀧月朗やジャック、陽菜乃がいない時を狙ってきた。

 エージ、タカシ、ケン、ミーシャたちのレベルは28前後とバランスが取れているようだ。装備品も新調しているのか、同じFランクの冒険者とは思えないほどに金をかけている。

 もっとも瀧月朗の装備は色々可笑しいので、例外だ。


「お前、受付嬢のルーナちゃんに気に入られているからって、最近調子に乗っているんじゃないか?」

(なぜルーナが出てくる?)

「Bランクの冒険者からのレクチャーは、同期である俺たちにもレクチャーを受ける権利があるはずだろう!」

「そんなにサカモトたちからレクチャーを受けたいなら、自分で声をかけたら良いじゃないか(サカモトもルーキーが育つのは嬉しいって言っていたからな。まあ、あのスパルタについて行けるかは不明だが)」

「Bランクの冒険者に、俺たちから声をかけられるわけがないだろう!」

「そうだ、そうだ!」


 体格の良いタケシだけはオロオロしているが、猫人族のミーシャや鬼人族のケンは喧嘩腰でかなり上から目線のようだ。これはレベルで判断しているのだろう。

 《鑑定眼》を使ってみるが、レベルは別としてもHPやMPはもちろん実戦で戦ったら、そんなに変わらないだろう。

 

 何事も縁だ。ここでマウントを取るよりも恩を売ったほうが得策だと思い「紹介だけならしてもいい」と提案してみた――が。


「なんだよ。レベルが低いくせに――」

「ほう、それが人にものを頼む態度なのかのう」

「煌月先輩に喧嘩を売っている愚か者は貴方たちですか」

「今謝るなら許してやる」

「(ジャックが一番偉そうだな)……――って、陽菜乃、杖を出すな。瀧月朗は鯉口を斬らない!」


 俺のために怒ってくれるのは嬉しかったが、見た目よりも大分過激な二人を慌てて止める。がるる、と唸る陽菜乃は威嚇のつもりなのか、もの凄く可愛い。

 可愛いのだが、この子単独でもエージたちパーティーを魔法一発で滅ぼす火力持ちなのだ。こんなに可憐なのに、戦いではかなり勇ましい。


 陽菜乃と瀧月朗が来たことでエージは「何で俺じゃなくて底辺を選ぶんだ」と毒づいた。聞こえているぞ。


「単に人徳じゃろうが」

「先輩のカリスマです」

(即答するこの二人のほうが大物だよな)


 収拾が付かなくなる前に、俺はさっさとサカモトたちにエージたちを押しつけ――紹介した。同じルーキーとして指導を期待しているらしい、とも伝えておいた。

 サカモトは笑って快諾してくれたのは有り難い。頼もしいものだ。


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