第11話 違和感と目的

 数日後。

 午前中は修練所でレベルを上げに励み、午後はギルド会館地下図書館に訪れた。これは俺が半日で毎日死にかけるからだとか、そんな理由からではない。

 講義を受けた時から、この世界のあり方について違和感というか、気になることがあったからだ。


 地下図書館は数千の書物が並んでおり、地下だというのに換気された清潔感のある室内は、華美装飾に彩られた高級ホテルのロビーを彷彿とさせる。

 壁一面に収まっている本の量にも圧倒された。


(こういう図書館って結構好きなんだよな。こうゲームとかでも使われていない隠れルートがあるような――って、危ない、危ない。くっ、魔王め、こんな素敵空間で俺の意識を逸らそうなんてやるな)

「先輩っ、……見たことのない本ばかりがあって、ちょっと胸がいっぱいになりそうです」

「(あ。陽菜乃はこの空間じゃなくて、本にテンションが上がっているっぽいな)……来て良かったな」

「はい!」


 数日前に泣いていた理由はもちろん、陽菜乃が何を抱えているのかも分からないままだったが、彼女が自分から話すのを待とうと決めたのだ。

 それと気分転換もかねて、本好きの陽菜乃が喜ぶ場所として図書館は最適だった。


 窓のない部屋だが空調はしっかりしており、オレンジ色のランプが室内を照らす。ベージュ色の絨毯は上質の物を使っているようだ。

 あまり書庫を訪れる者がいないのか閑散としている。


 閲覧検索もあり使用してみたがFランク冒険者では目ぼしい情報はヒットしなかった。ただ自分の目と足で歩き回りながら本を探すのは可能なようで、貸出ししなければランクに関係なく読むことができる。これは結構大きな収穫だった。


 大抵、検索機があるのなら誰だって時間短縮のために利用する。これだけ膨大な本があるのだ、当然と言えるだろう。しかしだからこそ検索でレベル不足とエラーになるが、実際に手に取って読めるかどうかを試す者は少ないのだろう。

 もっとも俺の場合は《鑑定眼》を駆使しているので、上位のレベルだろうとある程度は調べることができるのも確認出来た。


(これは『実際に足を運ぶ』と『何でも試してみる』という地味な作業をやった場合、情報を得られるゲームの裏技みたいだな)


 欲しい情報はいくつかあったので、地道に探した甲斐はあったようだ。

 陽菜乃がレベルを底上げしようとする理由として、まず思い至ったのが漆黒花の存在だ。


『漆黒花。

 突然現れた寄生系植物モンスター。元々は淡い桃色の花が突如真っ黒に染まり、墨汁を垂らしたように、花びらから流れ落ちた雫は大地を腐敗し、漆黒の泥からあらゆる厄災を齎す魔物が出現するとされている』


 これは漆黒花が芽吹き、花を咲かせた後枯れるのではなく泥状になって弾けるらしい。弾けで泥水となって、水溜まりができるぐらいになった時にその泥から魔物が派生する──という。


(だから冒険者ギルドは漆黒花のみの刈り取りに破格の報酬を出してまで駆除を徹底した。……まあ、花の状態ならFランクの俺たちでもパーティーを組めばクエストは受けられるんだから、目を光らせているのはわかる)


 いくつかの本を読み耽っていくと漆黒花の項目があった。


『魔王が国を納めて230年が経った頃、魔物の身体に漆黒花を咲かせた個体を発見する。今まで出現した魔物と一線を引く頑丈さと、凶暴性を兼ね備えたソレを災害級の魔物、黒魔獣と命名。

 討伐レベルはAランク冒険者でなければ対処も難しい。調査の結果、魔物の死骸のみに寄生する植物モンスターであり、漆黒花そのものに強い思念があると考えられる』


(魔物を生み出す花。花に意志があるのなら、生物が生きている間は体の持ち主の意思が強いから、生きている間は魔物に寄生できても、乗っ取れないということか?)


 漆黒花が発見されたのは、今から120年前。

 魔王が統制を取り、平和だった世界に脅威という波紋が生じた。そして230年目で寄生した魔物に取り憑くことで、動き回る器を得た。百年単位だが漆黒花は確実に成長していると考えていいだろう。


 現在、300年が経った今、漆黒花の進化が停滞していると考えるのは、楽観的だと考えるべきだろう。黒魔獣がこの村で大量発生でもしたら、村の結界が砕かれれば全滅の可能性もある。


 そう考えるとゾッとした。平和で穏やかな日々が、嵐の前の静けさのように感じられたからだ。

 しかし陽菜乃が漆黒花の脅威に気づいたのはいつ何だろう。勘それとも予知的なスキルによるものだろうか。


(いや話したところで、不安を煽る可能性もあるのなら、「今後のことに備えてレベル上げをしたい」と言う程度に留めておくほうが受け入れやすいのだと考えたとしたら? 確かに黒魔獣は厄介で脅威とも言えるが、遭遇した場合だ。冒険をする以上、そう言ったことが起こる可能性を陽菜乃は恐れている。ボス戦倒すために安全パイを取るためレベル上げまくるみたいな?)


 いくつか本を読みつつ、もう一つの目当ての物を探すが中々見当たらない。


(これ以上は探し回っても、漆黒花と黒魔獣の情報はない、か。にしても世界地図がこれだけ探してもないって、どういう……ん、あの本は)

「煌月先輩、こんな奥まで調べていたんですね」

「ん、ああ」


 歩み寄る陽菜乃は、俺にピッタリと引っ付く。内心ドギマギしつつも平静を装い、ある本を取り出す。それは俺が探していたものだった。

 苦労した甲斐はあったと口元が緩む。


「地図……ですか」

「ああ。今後必要になるからな」

「あれ、でも地図ってギルドで渡されましたよ」

「Fランク冒険者だと、この辺一帯のだけで、村や町の名前もないだろう」

「あ。たしかに」


 俺が探していたのは、精密な世界地図だ。ここ《アルヒ村》を出ると花畑があり、その奥に《迷宮の大森林》が広がっている。

 大森林と山岳の麓に挟まれた《クテス町》。その町から大きな川を渡ると、貿易の中枢、《大都市デケンベル》が存在し、大都市傍には《エストレリャ洞窟》がありそこで珍しい鉱石が取れるという。


《エストレリャ洞窟》傍の山脈の向こうに《魔法都市フィーニス》、そして最果ての地に魔王の本拠点、《摩天楼グラドナス》がある。

 かなり精密に描かれており「日本地図を作った伊能忠敬といい勝負では?」と感動した。

 さて、ここで俺は《鑑定眼》を使用する。何か仕掛けがないか──とみたら案の定、薄らと修正して森をかき消した部分がある。


(《迷宮の大森林》の奥に《ミミズクの館》。ギルドで貰った地図にはなかったはず……)


 やはり見比べても《ミミズクの館》の記載はない。俺は近くの読書スペースを借りて、この部分の地図を模写する。

 ふと地図のページの端に、走り書きがあることに気づいた。


『坂本悠里から坂本勇気へ。

 自分はここにいる。だから大丈夫だ』


 日本語で書かれたそれは誰か──いや勇気と呼ばれる人物に当てたメッセージのようだった。もし陽菜乃と同じ時間軸で会えなかったら、俺も同じように書き記しただろう。


(坂本悠里……。そう言えば行方不明リストの中に坂本兄弟って名前があったような……。家族構成が複雑だとか……)

「こうしてみると《摩天楼グラドナス》までの道のりって長いですね」

「ああ。魔王と謁見するまで、物理的な距離もレベル的にも、だいぶかかりそうだ」


 魔王と謁見するには条件がある。

 冒険者の場合はレベル99かつ、試練の間をクリアすること。職業ギルドの場合はグランド商人・アキンドまたは貴族パトリキとして交渉場を設ける場合だとか。

 現在レベル99のSクラス冒険者は十人前後だとか。


 もっとも魔王を倒すことで元の世界に戻れるような設定はないし、討伐依頼もないので、この世界において、なぜ《魔王》という名称に固執しているのか理解不能だ。それでなくとも異世界人からすれば、ラスボスのイメージが強いというのに。


「煌月先輩はレベル99を目指すつもりなのですか?」

「ん、ああ。魔王も異世界人だというなら会って話してみたい。それに強いに越したことは無いだろう」


 その言葉に陽菜乃は安堵したような顔をしていたが、俺と目が合うと視線を逸らした。


「陽菜乃?」

「そ、そういえば目標とか今後の方針とか、まだお互いに話していなかったなーって思ったので」

「そうだな。昨日は昨日で色々バタバタしていたし……」

「その……、この後お茶にしながら、方針を決めるのはどうでしょう? 少なくともあと二人はメンバーが必要ですし!」

「まあ、そうだよな」

「デート、楽しみです♪」

「で……まあ、間違ってはいないか」


 すでにクエストをガンガン受けてレベルを上げている同期組は、パーティーが固まっている。

 俺と陽菜乃がスロースターターで、パーティーを組むのは、レベル上位を目指すかどうかはこの際、二の次にして、気が合うかどうかを優先しようと陽菜乃と話し合った。

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