第6話 冒険をするために

(陽菜乃だけ閲覧できない? 俺と違った特殊能力の効果か。……まあ、俺にだって特殊能力があるのなら陽菜乃にだってあるだろう)


 それにしてもゲームで見たことのあるカテゴリーばかりだが、攻撃力や防御力が数値化されないのだろうか。結構重要なのだが。

 この辺はクエストをこなしたら表示されるのだろうか。


「この後でそれぞれネームプレートを二枚渡すけれど、一枚目は名前と職業。二枚目は自分のスキルが刻まれるわ。基本的に二枚目のユニークスキル以上の能力はギルドに自己申請した場合のみ記載されるけれど、ステータス画面と同じく、他者に読み取れないように配慮してあるわ」

(ユニークスキルからは自己申告ってことか)


 ネームプレートが配られる目的は、身分証明書でありプレートの色でランク確認の容易さと、死亡時のためだろう。冒険者の主な仕事は魔物退治なのだから、当然リスクとして命の危険が伴う。もっともこの世界で生きていく以上、強くならなければ理不尽に奪われる可能性だってある。俺たちがいた法と社会とは異なる場所に居るのだから。


「冒険者になった以上、魔物討伐をお願いすることになるけれど、最初はレベルに見合った簡単なお使い系。その間にギルド職員がそれぞれの職業に合わせて、技や体の使い方もミッチリ、サポートするから安心してね♪ 詳しくは注意書き参照!」

(ミッチリだけ語彙が強い)


 注意書きの中に『初回のクエストは単体不可』という文面に目が行った。これも生存確率を上げるためのギルドの配慮だろう。しかしそうなるとパーティーを組むしかない。


「魔物の生態や危険種の見分け方は、戦いに慣れてきたら別のカリキュラムがあるからね」

「いますぐ知ることはできないのか?」


 そう挙手する声に、ダリアは「今の君たちじゃ知るに値しない」と一蹴されてしまった。この世界はステータス至上主義のようで、情報を得るにはレベルを求められる。


(まあ、情報だけあっても実力が無ければそれこそ即死だろうし……)

「ああ、でも一番注意すべき魔物を教えておくわ。漆黒花しっこくかという寄生植物モンスターね。単体ならFランクの君たち初心者でも楽勝だけれど魔物に寄生した場合、黒魔獣ベスティーと進化してAランク冒険者じゃないと倒せないから、遭遇したら即撤退してね」


「マジかよ」「そういうところはゲームっぽいな」「魔物か、倒せるかな」と不安な声やら興奮する声などが聞こえてくる。


 花。

 そういえば村から一望したけれど、この世界の花の色は桃色しか見ていない。漆黒花というぐらいなのだから、すぐに気づくだろう。しかしそこであることに気付いた。


「その寄生植物モンスターって、魔物や動物の死骸から寄生するなら遭遇確エンカウント率が高くないか? 冒険者が倒す以外にも寿命や他の魔物に殺されたら死体は出るだろう?」

「ふふん♪ それがこの世界では違うのよ。魔物や動物、私たちも死ぬと死体は残らずに炭化して消えるの。だからほんの数秒のタイミングで寄生できなければ意味がないわ」

「!」


 死んだ瞬間、肉体の炭化からの消滅。

 そのあたりもゲームっぽいといえば、そうなのかもしれない。だがそれなら魔物を狩った際の報酬などはどうなるのだろうか。俺と同じことを考えた奴がダリアに質問していた。


「ん、ああ。魔物や動物はちゃんとドロップアイテムとして、アイテム・ストレージに保存されるわ。便利でしょう」


 とことんそういったところはゲームっぽい。だが元は勇者と魔王が殺し合う殺伐とした世界だったのだから、その理を変えた魔王はゲーム寄りの仕様で、冒険者が冒険を楽しめるように工夫したのだろう。

 室内がざわつくので、ダリアは手を叩いて空気を変えた。手慣れているというか教えるのに向いているのだろう。


「魔物のクエストは定期的に発注されているから、レベルを上げてからどんどん受けてね♪」

「(とりあえず気になることを聞いてみるか)……ダリアさん、質問いいか?」

「はい、どーぞ♪」

「定期的に魔物のクエストが出るのは、魔物の数を増やさないためか?」


 ダリアは「いい質問だわ」と前置きしながら答えた。


「そう。魔物は旧世界の悪意が具現化したもの。大量に増えた魔物は群れをなして、村や町を襲撃する。それを未然に防ぐためにも冒険者の頭数はほしいし、定期的に魔物を屠ってほしいのよ♪」


 世界のバランスを取るために魔物や黒魔獣ベスティーが存在しているように感じてしまうのは、さすがに考え過ぎだろうか。魔王が裏で糸を引いて魔物を生み出した──という設定だって、ありえなくはないのだ。未だに魔王と名乗っているのだから、ラスボスという印象が強いのは、しょうがないと思う。


 そんなこんなで講習が終わると、職業登録及び自由参加訓練に移る。

 職業は元の世界での適正が関係しているらしい。


(パーティーメンバーを揃えることも考えて職業選びは慎重に選ばないとな)


 パーティーメンバーの役割として前衛戦士アタッカー盾戦士タンク支援職バファー治癒師ヒーラーの四人が基本となる。もっとも序盤でレベルを上げるのなら効率的に二、三人で回していくのもありだ。特に治癒師ヒーラーの適性者は少ないらしくHP、MP回復用のアイテムなどで代用するパーティーが多い。


 ちなみにこの世界のアイテムは、かなりゲームっぽい。回復薬、解毒薬から肉体強化など豊富な道具が取り揃えられている。しかもレベルが上がるごとにアイテム・ストレージに様々なものが収納できるようになるらしい。それは甲冑や武器の保管や出し入れ自動装着も可能ということで、つまり某アニメ、特撮ものにありがちな変身シーン程ではないが、自動装着はちょっとわくわくする。

 ゲームの世界とは異なり現実だと思っていても、冒険やクエストなどゲームっぽい設定や展開に少しわくわくしている自分がいた。なんとも楽観的である。


「先輩、私はMPが多いので支援職バファー魔法使いマジックキャスターにしますね」

「俺は前衛戦士アタッカー片手剣士セイバーにする予定だ」

「え、でも先輩だって魔法適性が高いって言っていませんでした? 支援職バファー弓使いアーチャーでもよいのでは?」

「あーそれだけど、まずは体力と接近戦での戦いを覚えてから、支援職バファーを極めるほうがいいだろう」


 というのも村の治安が悪くないからだ。ここで警察の代わりとなるのは、魔王の魔法術式によって造られた全身甲冑のゴーレムたち《月光騎士団》がいる。灰色の甲冑を纏い、村や町中での戦闘行為、盗み、外からの敵に対してのみ反応する。抵抗するようなら瞬時に砂漠のど真ん中にある《収容館テルール》に転移、投獄されるとか。


 もし村や町の中でも冒険者同士の殺し合いが可能だった場合、俺は間違いなく盗賊シーフ暗殺者アサシンを選んで潜伏、気配遮断、索敵能力などの能力をひたすら磨くつもりだった。


(ん? そういえば、あのカボチャ頭の案山子がダリアに飛び掛かったのは、殺意がなかったからセーフなのか?)


 まあ常に武器を携帯できるこの世界で、規律を取り締まる存在がいるのは有難い。人間武器を持つと使いたくなるのは、どの世界でも同じだろう。


「はいはーい。職業が決まったら、職種ごとに訓練よ♪ ミッチリ鍛えてあ・げ・る」


 笑顔だけど何だろう、これから地獄の何かが始まりそうなそんな予感がした。ダリアが担当は支援職バファーらしい。絶対に盾戦士タンクだと思ったのでちょっとビックリ。

 ダリアの声に従って訓練に移行しようとしたのだが、陽菜乃が俺の袖を掴む。


「陽菜乃?」

「煌月先輩と離れたくないですぅ!」

「いや、陽菜乃は魔法使いなんだから、訓練内容が違うだろう」

「でも先輩と離れたくないです!」


 陽菜乃は駄々をこねる子供のように、俺から離れない。

 腕に抱き付かれた際に、胸の感触が柔らかくて「最高だ」とだらけきった顔になりかけたが周囲の冷ややかな視線に気づき、咳払いをして誤魔化した。

 何故かカボチャ頭の案山子は恨めしい視線を向けられる。何かロックオンされてないか。気のせいだよな。


「ほら、行くわよ」


 ダリアは陽菜乃の首根っこを掴んで、俺から引き剥がした。


「煌月先輩っいいいいい!」

「そんな今生の別れみたいな悲壮感を出さなくても、すぐに合流できるだろう?」

「うぐっ……。でも、目を離した隙に、誰かが先輩を好きになってしまうかもしれません……」

「そっちの心配かよ!? 陽菜乃、大丈夫だ。あの森人族エルフならまだしも、俺に好く奴なんていないから」

「そんなことないです! 良いですか、先輩の魅力はそう簡単に薄れたりなんかしないのですからね!」

「……とにかく、数時間後にまた会えるから、な」


 今生の別れと言わんばかりの反応に困惑と同時に不安が膨れ上がる。少なくとも元の世界では、あそこまでべったりじゃなかった。

「夕食の後にでも話を聞いてみるか」と独り言ちる。


 しかしこの忠告、というか陽菜乃の言葉は、ある意味正しかったのかもしれない?

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