第4話 ネタバラシ

「お腹いっぱいだよ」


「2人で食べたら無事に全部なくなったな。意外と食べられるもんなんだよなー。流石に頼みすぎだろって自分も最初は思ってたけど」


「なのにあんな?」


「まあな」


 私は食べられる分だけ、自分のお腹の中にれた。最初はあんなに多くて流石に食べきれないでしょと思っていたが、2人で食べた結果、頼んだものは全て私たちのお腹の中に入ってしまった。それにどれも本当に美味しかった。でも、これらを頼んだ汐斗くん自身も最初はこんなにも食べられるとは到底思ってなかったようで、わざと頼んだとは言え、じゃあなんでこんなにも頼んだんだよと少し思ってしまった。


 だけど、この食べている時間というのは本当に不思議なものだった。例えるのならシャボン玉の中に入っている……そんな感じだろうか。いや、自分じゃない時間を過ごせたそんな感じがする。


「あのさ、満腹のところ申し訳なんだけど、ちょっとネタバラシしてもいい……?」


 ネタバラシ? 意図が分からず私は少しの間ぽかんとしてしまった。これは、なにかのドッキリだったんだろうか。例えば、奢るとか言ったけど、本当は嘘で……とか? でも、汐斗くんがそんな子供じみたドッキリをする人とは私には思えない。


「うっ、うん」


 汐斗くんがわざとらしく咳払いする。その姿、汐斗くんには似合わない。


「実は、今日誰かと遊ぶ約束してたのは嘘で、ここから少しあれな話になるけど、もう自分が抜けてるんじゃないう状態の心葉が屋上の方に向かってったから、危ないかもと思ってそのまま後をついて行ったんだ。そしたら、僕の嫌な勘が当たって、心葉が飛び降りようとしていた……だから、僕はもう何も考えることなく、そのときに出てきた方法で心葉が飛び下りるのをやめさせた。でも、一旦声をかけたところで、またやってしまうかもしれないと思ってさ、とりあえずここに連れてきたって感じ……。ごめん、なんか色々嘘ついたり、無理やりここに連れてきて。だけど、心葉を守りたかった……それだけは分かってほしい。大事なクラスメートだし、それに色々と……」


 あの時、あの言葉からギリギリバレていないと思っていたが、どうやらバレていたようだ。そして、私を助けるために、嘘をつき、少し強引にここに連れてきた。


 知っていて止められたことは分かったけれど、別に汐斗くんを恨んだり、私の計画を無駄にした嫌なやつだとか思うことはない。だって、汐斗くんなりに私のことを思ってくれた結果だし、助けたいと思ってそう行動してくれたのだから。


 だからといって、私がここで生きている価値はない。確かに、汐斗くんのクラスメートという事実は変わらない。でも、ほとんど関わったことないクラスメートなんて皆、気にするだろうか? 別に皆の表に出てもいない私一人抜けたところで、今のクラスが大きく変わるだろうか? ……私にはそうは思えない。


「そんな考えないで……僕だってなんで生きてるのって言われてもちゃんと答えは出せないけど、これからもそのままの自分で生きていきたいと思ってるし」


「……でも、いや、なんでもない……」


 なんて言えばいいのか分からない。もう、私の気持ちを知られてしまった以上、今から明日を閉じに行きますなんて言えないし、今汐斗くんが言った言葉の反論を出せるかもしれないけど、言えない。


「というか、心葉は自分の明日を閉じたいと思ってるかもしれないけど、僕は逆で、いつ閉じられるか分からない明日だから、明日を見たいんだ……」


 急に、汐斗くんは、何かさっきとはほんの少し違う口調で話した。汐斗くんは自分のことについて、明確に話したわけではない。でも、私にはなんとなく分かってしまった。いつ閉じられるか分からない明日という意味が。自分と彼が正反対の悩みを抱えているということが。 そのことが私の胸を一瞬にして締め付けた。


「――あのさ、汐斗くんそれって……」

 

 だめだ、自分の口からは聞けない。私がもし、汐斗くんのいつ閉じられるか分からない明日を持っていても、別に怖くはない。だけど、人の――明日を閉じたくない人のを聞くのは辛い。周りが見づらい。


「――僕ってさ、いつ死ぬか分からない病気なんだ」


 汐斗くんは自ら、比喩で隠していた、いつ閉じられるか分からない明日の意味を誰にでも分かるような言葉に置き換えて告白した。大体分かっていたけれど、いざその告白を受けると、なんて言っていいのか分からない。言葉が見つからない。


 頭の中が白い。何もかも考えられない。思考が停止した。目をパチパチしながらじゃないと汐斗くんの顔を見ることしかできない。


「……驚かせちゃったかな……?」


 数秒の間の後に、汐斗くんは声の大きさはまだ小さかったけれど、口調は元に戻った。私は何も言うことなく、ただゆっくりとうんとだけうなずいた。


 ――明日を閉じたい私と、明日を見たい彼。


 もっと比喩なんてなしで、分かりやすく言うのなら、


 ――死にたい私と、生きたい彼。


 私たちの置かれている立場は真反対。全く違う。何もかも違う。


 いちゃいけない関係の私たちなんだ。


「あー、でも、そんな心配しないで。いつ異変が起こるのかは分からないけど、必ず死ぬというわけじゃないし、現代の技術は進歩してるから治るかもしれないし。まあ、普通の人よりも少し、いつ死んじゃうのかなっていうぐらいだから」


 今の話を聞いて、そこまで深刻な事態にはないのはよかったと思ったけれど、でも、きっと汐斗くんはいつ空から雷が落ちてくるか分からないように、とてもとても怖いと思う。もちろん、普通の人だっていつ死ぬかなんて分からない。だけど、病気でその確率が少し高くなっている汐斗くんはそれと常に向き合わなければいけないのだから。私には到底分かりっこない怖さを持っている。


 なんで、神様はこんなにも優しい彼を病気になんて。生きたいと思う人を病気にしたんだろう。私を病気にすればよかったのに。そうすれば彼を苦しめることはなかったのに。酷いよ。おかしいよ。


 彼の事実を知ってなんだか、自分が馬鹿だと思った。自分はこういう人にとって一番嫌われるような事をしたんだなと思った。一番、心を痛めるようなことをしてしまったんだなと思った。


「ごめんなさい、生きたいと思ってる人の前で、こんなことをして。こんな姿を見せちゃって」


 私は少し泣いてしまった。少し泣きながら汐斗くんに謝った。


 ごめんなさい。


 ごめんなさい。


 ごめんなさい。


 私みたいな人がいて。


 生きたくても生きられない人がいる中で、私はその選択を自らしようとしてしまって。


 この世界に汐斗くんと同じようなものを抱えている人は多くいるはずなのに、私はその人を裏切るかのような行動をしようとしてしまった。


 多分そういう人たちにとって、私の行為は本当に憎いだろう。


 本当に嫌いだろう。


 本当に許せないものだろう。


 本当に、本当に……。


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