馬鹿と天才は紙一重!

きりえ

春の嵐と再会

4月。高校1年から2年になり、クラス替えから少し経ったある日。帰りのホームルームが終わった教室ではいつもと変わらない雑談が行われていた。

いつもだったら全て聞き流していたが、今日は聞き流せない話題が1つあった。


「なぁ、朔。お前聞いたか?今年の百合女の首席の話!」

「百合女って近くのお嬢様学校だよな?あそこの首席ってことは相当頭いいんだろうな、そいつ。」

「だろーな、でも問題なのはそこじゃねーんだよ!問題はそいつがかなりの問題児らしいってことなんだけどさー。」


隣でぺらぺらと喋る友人の言葉を聞き流しつつ情報をまとめる。どうやら今年は頭のいい馬鹿が首席のようだ。服装、頭髪違反と遅刻早退サボり、寮の脱走は当たり前。しかも首席としての挨拶をやる予定だった入学式の日でさえも2時間遅刻したらしい。

……若干一名、まさにそれを体現したかのような奴に会ったことはあるが、まぁ偶然にしては出来すぎだろうなんて考える。いくらなんでもそれは…と思うが、しかし、同時にそれをやってのけるような奴でもあるからな…とも思う。


百合女とは俺の高校である四季ノ丘大学付属高校、通称四季高の近くにある偏差値が高い女子校だ。正式名称は私立百合ヶ咲女学院、全国的にもよく知れた名門お嬢様学校だ。そこに首席で合格なんてかなりの栄誉な訳だが、それを持ってしても悪い意味で名を轟かせるのは逆にすごい。


「でさー、っておい朔、お前話聞いてるか?」


ぺらぺらと喋り続けていた友人がふと声をかけてくる。


「あーうん、聞いてた聞いてた。要は頭がいい馬鹿なんだろ、その首席のやつ。」

「だいたいあってるけど、お前随分辛辣なこと言うなぁ…。」

「昔まさにそんな奴に会ったことがあるんだよ。あまりに似すぎてたからついな。」

「へー!それはそれで面白そうだから今度その話も聞かせてくれよ!」

「嫌だよめんどくさい。」

「めんどくさいって…お前ほんと相変わらずだなぁ。そんなんじゃせっかくのイケメンが台無しだぞー、いっつも目付き悪ぃし。」

「眠いんだから仕方ないだろ。」


なんて、他愛ない会話をするいつもの日常が、この後呆気なく崩壊することになるのを俺はまだ知らなかった。


×××


「おーい一条!なんか校門で百合女の子が呼んでるぞー。」

「は!?お前百合女の子と知り合いなのかよ羨ましい!!」

「いや知り合いなんていないけど…ほんとにそいつ俺のこと呼んでんの?他の一条と間違えてないか?」


唐突に名指して俺を呼ぶ百合女の生徒。心当たりは当然無い。だが、さっきの話を聞いた後だとまさか…と思ってしまう。


「いや完全にお前のことだったよ。『一条朔って名前の2年生を呼んできてほしい』って頼まれてよー。一条朔は全学年含めてもお前しかいないけど、ちゃんと学年まで指定してくるってことはもう100パーお前だろ。」

「おい朔!俺に黙って百合女の子とイチャイチャしてるとかなんだよそれ!ずりーぞ俺にも紹介してくれよ!!」

「おいまてそれは言いがかりだ!本当に知り合いなんて居ねぇよ、今のところは。多分。」

「多分ってなんだよ多分って!」

「まぁなんでもいいから早く行ってやれよ、その子校門でずっと待ってんぞー。」

「わかったよ、行けばいいんだろ行けば。」


内心妙な汗をかきながら重い足を動かして校門へと向かう。これはもしかしたらさっきの予想が当たっていたりはしないだろうかと思いつつ、昔の知り合いのことを思い返す。


『あたし絶対にまた朔に会いに行くからね!その時はとっておきのサプライズで登場してあげる!』


なんて、別れ際に目に涙を溜めて言っていた姿を思い出す。そいつは青い髪と薄翠の瞳が特徴の……


「あ、朔せんぱーい!おっそーい!!あたしがどんだけ待ったと思ってんのさ!」


唐突に名前を呼ばれて現実まで引き戻されると同時に、体に何かが衝突してくる。

恐る恐るそれを見ると、それは昔を思い出す青色の髪。顔をあげると薄翠の大きな瞳。

あぁ、間違いない。こいつは……。


「いきなりタックルかますやつがいるかよ、誘奈。てかなんで俺の高校知ってんだよ。」

「気づくのおっそ!?最初の一言の時点で気づけよばぁーか!」

「へいへい、てか学校違うから先輩じゃねぇよ。」

「えそこ気にするの?いいじゃん年下の超絶可愛い女の子に先輩って呼ばれるの。朔そういうの好きでしょ?」

「偏見がすぎるし自分で可愛いとか言ってると台無しだろ。」

「あ、可愛いとは思ってるんだ?思ってるんでしょー!だよねあたしって朔にとって最高に可愛い唯一無二の存在だもんね!」

「そこまで言ってない。」


この騒がしいやつは如月誘奈。小学校の頃によく遊んでた奴であり、先程話題になっていた問題児にそっくりな昔馴染みだ。

少し暗めの青い髪に白いメッシュの入った前髪。長い髪は後ろで黒いリボンで2つに纏められており、毛先はくるくると緩く巻かれている。星の飾りのついたピンが右の前髪付近で留られており、光を反射してきらきらと光っている。

制服は白を基調としたセーラー服、その上にオーバーサイズの猫耳がついた黒のパーカー。それと、絶対領域を強調するかのような黒のリボンとフリルがついたオーバーニーソックスと小さめのリボンがついたローファー。

…というかこれはまさか、と思い誘奈の制服のリボンを見る。確か百合女の各学年の成績トップの人物はリボンの端に百合の飾りピンをつける、という校則があったはず。


「ちょっと朔ー?どこ見てんのさ、このむっつりスケベが!!」


そう言うと誘奈はさっと両手で胸を庇うような動きをとった。


「別にお前の胸に興味はねぇよ!俺が見てんのはお前のリボンだよ。」

「それ実質あたしの胸見て興奮してんのと一緒じゃん。」

「ひとつも一緒じゃねぇよ!!!」


やばい、既にツッコミ疲れてきた。相変わらず騒がしい奴だなこいつは。


「まぁー?そこまで見たいって懇願されちゃったら仕方ないしね?見せてあげてもいいよ!」


そう言って両手をばっと広げる。露になった胸元のリボンには、煌めく金色の百合。

あぁ、当たらなくていい予想が当たってた…。


「……やっぱりお前かよ。」

「なにが?てかなに、こんな無防備にしてるのになんもしないわけ?記念にちょっとくらい揉んどけばいいのに。」

「だから興味ないっての。あとお前言うほどねぇだろ」


ちらりと横目で誘奈の姿を見ると、昔と違って見てわかるサイズではあるものの、やはり上には上がいるだろうと思うくらいのものだった。

……まぁ大きければいいって訳でもないが。


「なにさーせっかくサービスしてあげようと思ったのに。言っとくけどこんなサービスしてあげる機会、今後ないからね?」

「だからお前見たって別に興奮しないって言ってんだよ。」

「酷!最低!!女の子にそんなこと言っちゃダメなんだよ、このドスケベむっつり変態野郎!!!あっそれともお尻が好きなタイプだった?揉ませてあげよっか??」

「どっちも要らん。」


なんでよーなんて騒がしい誘奈を後目に、この後どうすっかな…と考える。


唐突だが、俺は平穏な日常こそ至高だと思っている。騒がしい毎日なんてごめんだ。だがこれはまずい、確実に今後話題になる。既に校舎やすれ違う生徒から向けられる視線が痛い。

……騒がしいのはごめんだが、誘奈に振り回される騒がしさと周りから質問攻めに合う騒がしさ、どちらのがより嫌かと言われれば……。


「そういや誘奈、お前こっち越してきたばっかだろ?この辺とかもう見て回ったのか?」

「急に何?まだだけど。」

「なら、お前が好きそうな店とか案内してやるよ。話ならそこで聞く。」

「おおー!それは楽しそうでありふれた提案だね!実に朔らしくていいと思う!」

「喧嘩なら買うぞ。」


褒めてるじゃん!とかほざく誘奈を放って俺は校舎へと踵を返した。


「あれ、連れてってくれるんじゃなかったわけ?」

「教室に荷物全部置きっぱなしだから取ってくるんだよ。」

「ああそういやそっか、いってらっしゃーい!」

「頼むから大人しく待ってろよ。」

「人のことペットみたいに言わないでくれる?」


未だに文句を唱える誘奈を置いて校舎へ戻る。心配になって1度振り返ると丁度目が合い、ぶんぶんと腕を振る誘奈の姿が目に入る。やっぱりなんかしらペットじゃねぇのかこいつ、なんて思いつつひらひらと後ろ手に振り返す。

早く荷物を取ってきてこいつをここから離さなければ。


×××


荷物を手早くまとめて早足で校門まで戻る。誘奈がまた何かしでかしていないかと心配だった。が、そんな俺の苦労も泡のように消えるのだった。


「君、その制服百合女のだよね?やっぱ百合女の女子ってオーラがすごいよねー!」

「あーそれわかるわー。なんか清楚っつーかね、うちの女子とは全然違うよな。」

「へぇ、そうなんだ?でも皆はもっとお嬢様っぽい感じだよ。」


時既に遅し。誘奈はチャラめな男子生徒2人組みに絡まれていた。

てかあいつらこの前話題になってたヤリチン2人組じゃねえか、懲りないなあいつら。


「誘奈、遅くなった。」

「あ、朔おっかえりー!待ってたよー愛しのダーリン♡」

そう言って誘奈は再び抱きついてきた。

「お前のダーリンになった覚えはない。」

「えぇーなによ、今更照れてんの?」

「違ぇよ馬鹿。」

「顔に似合わず可愛い奴めー。まぁそういうことだからさ、狙うなら他の子狙った方がいいよー。あたしよりずっと清楚な子ばっかだし。」

そう言って誘奈は腕を絡めてくる。


作戦あるなら最初から断れよ、と内心思いつつもこういった事象を躱し慣れている様子の誘奈によく分からない安堵を覚える。

いやまて、相手は誘奈だぞ。こいつは顔はまぁまぁ可愛いが、言動と行動で全て台無しになるタイプの奴だ。こいつと関わったら間違いなく平穏からは程遠い日々を送ることになる。


「朔ー?朔さん生きてるー?」


なんて考えているうちに、チャラ男2人組は帰ったようだった。気づいたら誘奈に頬をつつかれていた。非常に不服だった。


「でもお前いいのかよ、あんな言い方して。誤解で済むか分かんねぇぞ。」

「いーのいーの!先に既成事実から作るのがあたし流のやり方だしさー。」

「最低すぎるだろ…。」


なんて会話をして、ようやく俺たちは学校の外に出た。


×××


「へー、ここが朔のおすすめの場所ねぇ。」

「なんだよ、お前好きだったろ?こういう可愛いメニュー多い店。」

「よく覚えてんじゃん!スイーツって可愛くて美味しくて最高だよねー!ささ、早く入ろ!」


誘奈は楽しそうな足取りで店内に入っていく。俺もそこに続こうとしたところで、ふと考えてしまった。…これもしかしたら仲のいいカップルに見えるんじゃないのか?

俺はまぁ、平穏な日常が過ごせれば構わないと思っているが、果たして誘奈はどうなのか。

先程から思わせぶりな言動はしているが、イタズラ好きなこいつのことだ、からかって遊んでいるだけかもしれない。それで俺が本気になるのは負けた気がして非常に不服だ。

まぁでもそれは、これから探れば良いことだ。今はとりあえずこの時間を楽しむことにシフトするとしよう。


「おー!メニュー思ってたより多いね、これは何にするか悩んじゃうなー!」

「また後で来ればいいんじゃないか?そうすればいずれ全部食べれるだろ。」

「それは遠回しなまた今度デートしようねって言うお誘いかな?相変わらず素直じゃないんだからー!」

「断じて違う。さすがに友達くらいは居るんだろ?そいつと来れば良いだろって話だ。つーか何にするか早く決めろよ。」

「いや最初から決めてたけど…むしろ朔待ちしてたじゃん?」

「は?いや何にするか悩むって言ってたろ?」

「んーそうだっけ?てかあたしが何頼むかくらい朔ならお見通しなんじゃないの?」


ニヤニヤと楽しそうな笑みを浮かべる誘奈は挑発するようにそう言った。適当にメニューに目を通すと、いかにも誘奈が好きそうなものが目に入る。


「はいはい。どうせこれだろ、このアフタヌーンティーセット。」

「ざんねーん!不正解!正解はー、その端に載ってるカップル限定バージョンでしたー!」

「ほぼ当たりだろ。てかカップルじゃねぇよ。」

「放課後に制服の男女が可愛いカフェに来るって状況が既にそれっぽくない?てかカップルって証明させるとか、そんな公開処刑みたいなことさすがにしないでしょ。」

「お前に正論言われるとなんか腹立つ…。」

「ふふん、誘奈ちゃんはいつだって天才だから当然だよね!まぁなんでもいいけど早く頼もうよー、いい加減お腹すいたし喉乾いたー。」

「はいはい。」


丁度近くを通った店員に声をかけ注文を済ませた俺は、品が来るまでの暇つぶしに誘奈に色々聞いてみることにした。


「そういやお前、なんでまた百合女に行くことにしたんだ?校則とか全くと言っていいほど守らないのに、なんでわざわざ厳しい学校選んだのか気になってたんだよな。」

「うーんまぁ強いて言うなら制服が可愛いからかな!どの道違反はするにしても、着るならやっぱ可愛い方がいいじゃん?」

「そんな理由かよ…なんか他の真面目にやってる生徒が可哀想に思えてきたよ。」

「あたしだって朔を落とすことに全力だし真面目です〜!」

「もっと他のことに専念しろ。」

「でも朔だって本当は満更でも無いんじゃないの?可愛い可愛い幼なじみが、自分を追って来てくれて、その上自慢出来るほどのスペックまで兼ね備えてたらね!」

「まぁ自慢はできるな、悪い意味で。」

「なにを!こちとら首席様ぞ、もっと敬いなさい!」

「そういうのは敬える要素を用意してから言え。」


なんて他愛ない話をしていると、頼んでいたメニューが運ばれてきた。案外早いんだな、なんて思いつつティーカップに手を伸ばす。


「朔!ちょいまち!!」

「なんだよ。」

「せっかくだから写真撮るの!ちょっと食べずに待っててー!」

「へいへい。」


俺がティーカップから手を話すと、誘奈は猫耳カバーのついたスマホを取り出してパシャパシャと写真を撮り始める。こいつ本当に猫好きだな、なんて思いつつ適当に外を見る。

時刻はだいたい17時過ぎ、帰り道の学生や仕事終わりのサラリーマンがちらほら見える。

本来なら部活もやっていない俺は、もうとっくに家に着いている頃だろう。久しぶりにこんな遅くまで外に居るという事実に少し驚く。


昔も確かに遅くまで遊んではいたが、17時を過ぎる頃には自然と帰る流れになっていたな、とふと考える。そう思うと、こうして共に過ごす時間は久しぶりであり、同時に初めてでもあるのだろうか。


「朔ー?終わったよ。」


なんて考えている間に、写真撮影が終わったようだった。


「やっとか、何枚撮ってたんだよ?」

「んー?とりあえず20枚くらいかなー、正確な枚数とか覚えてないけど。」

「撮りすぎじゃねえか?それとも女子って皆そんなもんなのか?」

「どうなんだろうねー、よく考えたらあんまり知らないかも。」

「ふーん。」


この時、なんだか誘奈の顔が赤かった気がしたが、俺は夕日のせいかと思い深く考えなかったのを後で後悔した。まさかさっき外を見ていた時にこっそり撮られていたとは。


「ささ、早く食べよーよ!お腹すいたしさ!」

「引き伸ばしたのお前だけどな。」

「細かいことはいいのー!いただきます!」


そう言って誘奈は目を輝かせながら料理に手をつける。その手つきは一切の無駄が無いような、完璧なものだった。こんなのでもさすがはお嬢様と言ったところだろうか。

などと感心しているとにやにやと笑みを浮かべながらこちらを見ている誘奈と目が合った。


「今テーブルマナー完璧だなって思ったでしょ、一応お嬢様なんだからこれくらい出来なきゃね!」

「一応の自覚はあるのかよ。」

「そりゃーお嬢様である以前の話として、そもそも私は朔の彼女なんだからね!お嬢様はサブクラスみたいなものだし。」

「メインクラス彼女でいいのかよ、一気に庶民的になったぞ。」

「ただの彼女じゃなくて、天才な上に最高に可愛い朔の彼女だからね?そこ間違えないでよ。」

「勝手に言ってろ。」


つれないなーなんて言う誘奈。ここまで過ごして、正直少しはいいかもとか考えたのは絶対に誘奈には言ってやらない。調子に乗るのが目に見えてるしな。

適当に話しながら時間を過ごし、食べ終えた時には18時を回っていた。昔はもうとっくに帰っていた時間だが、今ならもう少しくらい出歩けるだろうか。


「誘奈、まだ時間あるか?」

「あるよ、他にもどっか連れてってくれるの?」

「まぁ、せっかくの機会だしな。近くにお前の好きそうな雑貨屋があるけど、どうする?」

「朔イチオシってことなら行こうかな!もし微妙だったらイタズラしてやるから覚悟しなよねー。」


そう言うと2人で席から立ち上がりレジへと会計に向かう。

隣で財布を取り出そうとする誘奈を制すように2人分を合わせてもお釣りがくる金額と伝票をトレイに置く。


「あれ、払ってくれるの?」

「ここで払わせるほど落ちぶれてねぇよ。」

「あはは、朔かっこいー!これは嘘じゃなくてホントにそう思ってるからね!」

「わざわざ強調するあたり胡散臭いけどな。」

「信用ないなー。」


くすくすと楽しそうに笑う誘奈の顔が赤みを帯びて見えたのが嬉しいと感じたことは、からかわれるから絶対に言ってやらない。


×××


カフェを後にして約10分ほど歩いたところにある小さな雑貨屋。少し複雑な路地に入った場所にあるため、あまり目立つとは言えないが。

雑貨屋を前にした誘奈は目を輝かせた。


「このお店、ここにあるのなんかのバグ?すっごく良さげな感じなんですけど!」

「まぁ外見かなり凝ってるよな。アンティークっていうのか、こういうの。」

「どっちかと言うとヴィンテージのが正しいんじゃない?見た感じ100年も経って無さそうだし。」

「その違いって年数で決まるんだっけ?」

「年数とか芸術的価値とか、なんかまぁ説明ダルいから後で調べなよ。ほら朔、本読むのとか好きでしょ。」

「読書と調べ物は全然違う。」


なんにせよ、今のところ好感触なようで内心安堵する。この辺はよく帰り道で利用するため、どこに何があるかとかは結構知っているつもりだ。


「朔、早く行こうよー!中もどんな感じか気になる!」

「わかったから引っ張んな、服が伸びる!」


服の裾を両手で引っ張られ、半ば引きずられるようにして中に入る。中には雑貨や小物、後は古書などが並べられている。

前にここに来た時は珍しい本が無いかと思って来た時だったか、なんて思い出す。気になっていたが出回りがほとんど無い海外作品を幾つか買えたので、それ以来たまに見に来ている。

その都度本以外の場所も見ていたのだが、小物やアクセサリー類も誘奈の好みに合いそうなものが多かったのもあり、連れてくることにしたのだ。

案の定、誘奈は店内に入るなり楽しそうに小物やアクセサリーの売り場へ向かう。


「なんか気になるものとかあったか?」

「あるある!これとか可愛いと思うし、あでもこっちもいいなー!朔なかなかやるじゃん、こんなに楽しめるとは思わなかったよ!」

「こんなにってまだ見始めたばっかだろ。」

「そうだけど!でも雰囲気もいい感じであたしは今のところかなり楽しいよー。」


そう言うと幾つかのアクセサリーを手に取り、鏡の前に向かう。そのまま髪などに合わせて鏡を見ながら小声で「これいいな」とか「こっちも可愛い」とか呟く。

楽しんでいるようで良かった。今日があまりにも濃い1日すぎて忘れていたが、ここにはいずれ連れてきたいと思っていたのだ。


「ねね、朔。これとこれ、どっちがいいと思う?」

そう言った誘奈の手には2つのチョーカー。

ペアのデザインのそれは、片方が満月、もう片方が星のチャームが付いたものだった。


「どっちでもいいと思うけど、まぁ強いて言うなら星じゃないか?なんかそっちの方がしっくりくる。」

「あ、やっぱり?こっちのが可愛さあっていいかなーとは思ってたんだよねー。」

「あ、というかそれあれだぞ。確かこの店のオリジナル商品で、なんかカスタムできた筈。」

「え、そうなの!?」

「そ、雫型の小さい天然石かなんかの飾りを隣に付けれるんだっけな。そこに小さいポップあるだろ、それ。」

「実際のイメージとかもあるじゃん!しかもこれ可愛いしいいなー!」


そう言って誘奈はカスタム用のパーツを見に行った。元のチャームの形がシンプルなものから可愛いものまで揃っているので、カップルのペアアクセにも最適だとか書かれている。

よくお揃いとかペアなんとかとか聞くが、実際の男女でもやるものなのだろうか?それとも俺が知らないだけで密かにペアデザインのものとかもあるのかもしれない。

なんて考えていると誘奈が満面の笑みで戻ってきた。


「朔ー!これすっごく可愛くない??」

そう言った誘奈の手には、先程の星の飾りのチョーカーの隣に、小さな赤い石の付いたものがあった。

「いいんじゃないか?でもお前が赤ってなんか珍しいな。」

「別にそんなことないよ?普段あんまり着ない色だけど、赤も好きだし!」

「ふーん。」

適当に相槌を打つと、話を無理やり逸らすように誘奈が言う。


「そんなことよりさ!あたしこれ買ってくるから朔は外で待っててよ!」

「いや別にこれくらい払うけど。」

「でもほら、さっき奢って貰っちゃったしさ、なんて言うか申し訳ないっていうか…。」

「別にそんなの今更だろ。俺は気にしないから。」

「えーっと、でもさ……。」

なんだか誘奈にしては歯切れが悪い言い方だ。なにかあったのだろうか?などと考えていると誘奈が少し考え込むような仕草をとったあとに、品物を手渡してきた。


「じゃあこれのお会計は任せたよ、朔って意外と頑固だよね…。」

「一言余計だけどな。まぁこれは買っとくから外で待っとけよ。」

「あー、それなんだけどさ。あたしちょっとお手洗い行ってくるから、先外で待っててよ。」

「わかった。」


そう言うとそのまま誘奈は店の奥に姿を消す。俺は品物を持ったままレジに向かう。

レジには数回会話を交わしたことのある店主の老婦人が居た。俺は店主に声をかけて会計を進める。

するといつもは事務的な会話ばかりの店主が、今日は珍しく話しかけてきた。


「あなた達、本当に仲良しさんなのね。羨ましいくらいだわ。」

「はぁ、ありがとうございます。」

「それにしてもあの女の子、貴方のことが大好きなのね。彼女さんかしら?」

「いや、違いますよ。一方的にからかわれてるだけで、付き合ってなんてないですし。」

「あらそうなの。でもそれもただの下手な照れ隠しだったりしてね。」

「どうでしょうね。俺にはあいつの考えてることまでは分かりませんよ。」

「ふふ、やっぱり私からはお似合いの2人に見えるわ。」

「そうですか。」


最後の方は少しだけ照れくさくなって早口になってしまった。というかこの人、こんな喋る人だったのか。まさか誘奈のことについて聞かれるとは思っていなかったため、かなり動揺してしまった。

可愛い袋に入れられたチョーカーを受け取り、店を出る。誘奈はまだ戻っていないみたいだった。

手持ち無沙汰にスマホをいじりながら誘奈を待つ。そう言えば連絡先交換してなかったな、ということを思い出し、戻ったら聞こうかと考える。


少し待つと誘奈が店から出てくるのが見えた。そのまま駆け寄ってくる。


「朔お待たせ!いやーごめんね遅くなって。」

「別に気にしてないからいい、それよりこれ。」

そう言って先程買ったものを手渡す。

「あ、ありがとね。えーっとさ、それで…。」

「別に礼言われるほどのことじゃないし、そんな考えなくて良いだろ。」

「んーと、そうじゃなくてさ……。あっそうだ!連絡先!あたしそういえば朔の連絡先知らないじゃん?交換しとこうよ!」

「ああ、そう言えばそれ言おうと思ってたんだった。」

「あ、そうなんだ。…じゃあ、また今日みたいに遊んでくれるってことでいいの…?」


誘奈は下を向いて、小声でそう問う。

下を向いているせいで前髪が目にかかり、表情が伺えない。

俺はそんな誘奈の頭に手を乗せて言った。


「そりゃ、お前に振り回されるのは疲れるけど、でも退屈はしないしな。お前さえ良ければだけど、またどこか行こうかと思ってる。」


自分から言ったことだが、それでも途中から照れくさくなって顔を逸らしてしまった。

顔に熱が集まっていくのが感覚でわかる。恐らく今、かなりみっともない顔になっているのだろう。そう考えるとそれを見られたくなくて、もう片方の手で口元を隠した。


「……ありがと、朔。」

消え入りそうな小さな声で、誘奈はそう言う。

するとそっと頭に乗せられていた手を下ろす。そのまま顔を上げ、精一杯背伸びして俺の頬に顔を寄せる。そのまま頬に触れるだけの軽いキスをして、耳元で囁く。


「だいすき。」

「……は…。」


そのままひらりと身を翻すと下から俺の顔を覗き込み、笑った。


「あは。朔ってば顔真っ赤じゃん!やっぱり満更でもなかったり?」

「……別に、勝手に言ってろ。」

「照れてる照れてる、あはは!」


そう言って楽しそうに笑う誘奈の顔は赤く染まっていた。けれどそれは言ってやらない。指摘したら絶対に隠されるから。


「あはは。はぁ、なんか考えすぎてたのかな、あたし。もっと簡単で良かったのに。」

「何の話だよ。」

「べっつにー!秘密の1つや2つくらい、あった方が魅力的に見えるでしょ?」

「あっそ。」

「じゃあ、そろそろ帰ろっか。でもほらその前に連絡先!忘れないでよね!」

「わかってるよ。」


そう言うとそのまま2人、スマホを取り出し連絡先を交換する。

何かの黒猫のキャラクターのアイコンのアカウントが、連絡先に登録される。


「お前ほんと、猫好きだよな。」

「可愛いでしょ?このパーカーもそれのコラボ商品なんだよ。」

「ああ、言われてみれば同じだな。」

「最高に可愛いよねー!ところで朔は帰り道どっち?あたしの寮は左だけど。」

「もう暗くなってきてるから送る。とはいえ寮の場所まではわかんねぇから道案内頼んだ。」

「朔ってば立派な紳士になっちゃって!じゃあ、一緒に帰ろっか!」


そう言って2人、帰路に着く。先程まで夕暮れだった空は、もう日が沈んでいた。

はぐれないようにと、そっと誘奈の手を握る。

一瞬驚いたように身体が跳ねたが、受け入れるようにその手を握り返す。

子供の頃、よくこうして2人で帰ったことを思い出す。お互いあの頃とは違うことばかりだが、それでもこうして再会できたことを喜ばしく思う。

願わくば、このままで。


そう考えたのは、雰囲気に呑まれたせいか、はたまた、見て見ぬふりを続けている本心か。

その答えが出るのは、もう少し後の話。


×××


路地を出て少し歩くと、門の閉まった立派な建物が見えた。


「ここが寮だよ、送ってくれてありがとね!」

「さすが、立派な寮だな。」

「まぁ天下の百合女だし、このくらいはね。」


手を繋いだまま、他愛ない話を続ける。誘奈も俺も、まだ手を離す気はさらさら無いようだ。


「久々に遊べて楽しかったよ!こんな遅くまでいたのは初めてだったけどさ。」

「まぁ小学生の頃の話だしな、あの頃は門限も厳しかったろ。」

「まぁねー。夕日が見えたらそれが帰りの合図みたいな感じだったもんね、あの頃はさ。」

「そうだな。」

「てか門限で思い出したけど、あたし思いっきり門限過ぎてるんだけどこれ入れると思う?」

「………は?」


ここまでいい感じだった雰囲気がその一言で完全に崩れ去った。


「いやだからさ、門限過ぎてるんだよね。今が19時半くらいでしょ?門限は18時なんだよね。過ぎる時は事前に連絡しないとダメらしいけど、完全に忘れてた。」

「……今からでも連絡をすれば、なんとかなるんじゃないか?」

「どこに連絡すればいいと思う?」

「…緊急時の連絡先とか。」

「朔、百合女の緊急連絡先知らない?」

「知ってるわけあるか!!」

「……もしかしてこれ、詰んでる?」


青ざめた顔で、ゆっくりとこちらを覗き込む。いや俺にもどうにもできねぇよ、と意図を込めて首を横に振る。


「あたし帰れなくない…?叫んだら誰か来てくれるかな…。」

「こんな時間に近所迷惑すぎるだろ、やめとけ。」

「じゃあどうしろって言うのさ!」

「そんなの俺が知るわけないだろ…ほんとにどうすんだよこれ。」

「さすがのあたしでも急に野宿とかは無理!」

「じゃあなんとか連絡先を思い出せ。」

「そういや入学式のあと言ってた気がするけど、聞き流してたからほんとに知らない!」

「話くらいちゃんと聞け!」


「そこ、なにを騒いでるの!!」


唐突に、後ろから凛とした声が聞こえた。

誘奈が手を振りほどいて後ろを振り返ると、そこには誘奈と同じ白基調のセーラー服の女性が立っていた。

誘奈は安堵したように息をつくと、女性に駆け寄る。


「寮長!よかったー知ってる人がいて!」

「良かったじゃありませんよ、こんな時間に何してるんですか。」

「いやー実は門限過ぎちゃいまして。入れなくて困ってたんですよー!寮長なら鍵とか持ってますよね?いやぁほんと良かったー!」

「門限を過ぎる時は連絡しなさいと何度言えば気が済むのですか……。」

女性は困り果てたように手で頭を押さえる。


「あの、本当にすみませんでした。今日に関しては俺が遅くまで連れ歩いたのが原因なので、あんまり叱らないでやってはくれませんか?」

「ああ、こちらこそ勝手に話を進めてすみません。貴方は彼女のお知り合いですか?」


俺が声をかけると、寮長と呼ばれた女性はこちらに向き直る。


「はい。昔の知り合いで、久々に再会したのでつい遅くまで出歩いてしまったんです。」

「ああ、ということは貴方が一条朔さんですか?」

「そうですが、何故ご存知で…?」

「そりゃあ、彼女が入学してからずっと話していましたもの。そのせいで何度寮を抜け出したことか……。」

「なんか本当に、すみませんでした…。」

「いえ、貴方が悪いわけではありませんし、こちらこそすみません。寧ろ彼女をここまで送って下さってありがとうございました。」

そう言ってお互い頭を下げる。なんだこの状況。


「なにこれ、急に保護者会始まった?」

「「誰のせいだと!!!」」

「わぁ綺麗にハモった。」


なんか急に色々と馬鹿らしく思えてきた。本当にこいつは…。


「とにかく。一条さん、彼女を送ってくださってありがとうございました。それと如月さん、貴女の話は後でじっくり聞かせて貰いますからね。」

「ああいえ、本当気にしないでください。すみませんでした。」

「うわぁ最悪…これ絶対に会長とかも呼ばれるフルコースのパターンじゃん…。」

「お前もちゃんと反省しろ。」

「見捨てるつもり!?この薄情者!!」

「如月さん、外部生を巻き込まない。」

「はーい……。」


誘奈は不服そうに返事をする。この期に及んでまだ不服そうなのかよ…。


「じゃ、とりあえず帰ろっか。寮長、案内お願いしまーす。」

「本当に反省してるのかしら…。」

「すみません寮長さん、よろしくお願いします。」

「ええ。それでは御機嫌よう。」

「あっそうだ朔!ちょっと待って!」

「は?まだなにかあるのかよ。」


帰ろうとした所を呼び止められ、後ろを振り返る。すると誘奈は小さな袋を取り出した。

どこかで見覚えのある、小さな可愛い包装。


「これ、今日のお礼!大事にしてよね!」

「別にいいって言ったのに。」

「あたしが渡したかっただけだからいいの!」

「まあ、ありがたく貰っとくよ。」

「やった!中身は見てからのお楽しみだからね!」


軽く礼を言って受け取ると、誘奈は嬉しそうに笑った。そのまま、またねと手を振り寮長さんの所へと戻る。俺も手を振り返して、渡された袋をしまうと帰路に着く。


今日1日だけで、沢山の出来事があったように感じる。最初は噂から始まった違和感と、その後は嵐のような再会。まるで春の嵐のような1日だった、と考える。


けれどこれはまだ始まりに過ぎないのだと、後に思い知ることとなるのだった。

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