第4話 絶望の宇宙(そら)に吹き荒れるミュール

 (四話めにしてようやく)所轄の警察署についた。

 ミュール准尉はともかくアルテナ中尉も傍に居る。

 アスリーは訊ねる。

「あれ? アルテナ中尉は同伴しないんじゃなかった?」

 アルテナ中尉は少し顔を背けた。

「いえ、その。アスリーさん相手ではミュール准尉だけでは心許なく……いえ荷が重すぎるかと」

「ふーん」


 アスリーは警察署(の裏口?)から入って行く。手は何も持っていない証のパーである。

 前方に警察スタッフ二人、後衛にアルテナ中尉&ミュール准尉というインペリアルクロスの陣形である。

 警察署に入る時、ミュール准尉が前に進み出た。

 かなりの大声で絶叫する。

「被疑者一名、連行しました!!」

 無茶苦茶大きな声だった。剣道のかけ声の比ではない。なのでアスリーは訊ねる。

「なんでそんな大声出すの? 誰しもわかるんじゃない?」

「『決まり』なのよ。『警察は声が大きい』の。腹の底から声を出す」

「へぇー」


 警察は大声を出す(軍隊よりも?)、というのがアスリーにとっては収穫だった。

「じゃーさ。次は私にやらしてくんない?」

「は!?」

 アスリーは絶叫した……わりと気持ちよかった。

「『被疑者一名、連行されてきました』あぁあああぁ!!!」

 アスリーの顔だの口だのが、ミュールや刑事さんたちに塞がれる。

「被疑者はそんなこと言わなくていいの!」

「セルフサービスじゃん!」

「何逆キレしてんのよ! 皆が上司に怒られるでしょ!!」

 裏口から入って階段を少し登る。あるフロアに辿り着いてそこを通された。

 通ったそこは普通の会社のようだった。フロア内は多数の机が向かい合うようにくっつけてあり警察官がそれぞれ事務作業をしている。壁際はロッカーや棚で囲まれているが特に圧迫感もない。本当に、普通の会社のようだった。

 とてもイメージしていた警察の集まりとは思えない。確かに警察署の入り口には門番のような人が棒を持って立っていたが、署内で武装している人はいないようだ。

 そして取調室へと連れて行かれた。

 そこは小さな部屋で、部屋の内部は机があるだけ。窓はない。アスリーは机の向こう側、壁際のほうの椅子に連れてこられた。奥側だ。逃げられないような措置だろう。

「ククク……」

 ミュールちゃんが(何故かこっそり)、少し笑いながら動く。アスリーの身体が椅子にロープで固定されていったが、それが終わると手錠のほうを外してくれた。

 何の脈絡もないがアスリーは『ロープ捌き巧いじゃん』とか思っていた。これなら縄師も務まるかもしれない。後で知ったことだが留置所関連の人はロープの使い方に長けているそうだ。仕事なので当然かもしれない。


『でも、なんでミュールちゃんが手慣れているんだろう。この子は普通の軍人だよね?』

 とか思ったが、あまり深くは聞かないことにした。


 二人の警官とはそこで別れ、取り調べ側はミュール准尉とアルテナ中尉の2人。部屋の中はアスリーを含めると合計3人だ。

 メインで聞き取りをするのはさっき居た刑事だろう……と思ったが(『取り調べするのもちゃんと刑事だから』とか言ってたし)、ミュール准尉が澄ました顔でアスリーの正面の席に座る。アルテナ中尉は補助官のようだ。

 なんでミュール准尉の主導で話が進んでいくのか。そもそも取り調べに警察いないじゃん(彼女らは軍人)とか思ったけれど。しょうがない。誰もそれで問題ないようだから。……ミュールちゃんは管轄外どころかまだ未成年のはずだったけれど。


 そして取り調べが始まった。

 ミュール准尉は言う。

「まずアスリー先生には黙秘権があるわ。言いたいことは言わないでいいの」

「(ひゃっほぅ!)」

「それとこの部屋は録音・録画されているので注意してね」


 録音・録画のとこまで言われてアスリーはようやく気がついた。自分が『何でパクられているのかわからないこと』に。

「あのーミュールちゃん」

「何?」

「私って、何の罪なの?」

「現逮(現行犯逮捕)じゃないから、ちゃんと令状を取ってあるわよ」

「まさか……また同人誌関連!?」

「はぁ!?」

「あ、違うんすか」

「令状を出した時に罪名は言われたはずだけど。『青少年保護育成条例』ね」

「えー。……そもそも青少年は、綺麗なおねーさんに興味を持つのが正常だと思う。ある意味本能的なもので」

「あぁああぁあ! 法律(条例)で決まってるのよ!」

「ごめんなさいごめんなさい! 朝に突然来られたんで寝ぼけててあまり聞いてなかったの!」

 アルテナ中尉は必死に笑いを堪えている。


 ミュールは机をとんとんする。

「いーい? アスリー先生。先生には早くムショに行ってそこで暮らして欲しいけど、残念ながらムショの前にまず留置所へ行く。検察や裁判官次第で最短二日で釈放ね。だけどまだ起訴の判断が降りなかったり、『逃亡の恐れあり』とか『証拠隠滅の恐れあり』と判断された場合にはひとまず10日の勾留になる。それでもムショ行きが決まらないと10日追加。でも長くて延長されて基本は20日が拘留期限なので、まあ安心していいわ」

「安心、かなぁ」

「そうよ。勾留期間が20日ってことは、ソレ以上はムショの管轄になるわけだから」

 クスクス笑うミュール(みんな段々慣れてきた)。アルテナ中尉はうつむき加減で何も言わない。が、恐らく彼女は心の中で部下の性癖(?)のことを謝っていることだろう。

 別に有罪→ムショが確定ってわけじゃないだろうに(罰金とか執行猶予の場合も多いのでは?)。


 取り調べのミュール准尉は続ける。

「さてアスリー先生。貴方は軽い睡眠薬を時々飲んでいるようだけど」

「あっ、そうでーす。寝付き悪い時があるんで」

「そうなのね。でも例え先生がそれを持ってきていても、看守はそれを渡せないわよ」

「え? なんで!? 私物はロッカーに入れたり保管してくれるんじゃないの?」

「まあそうだけど。看守の一存でクスリを渡せるはずないから、しょうがないわ」

 アスリーは思った。確かにこれが睡眠薬じゃなく麻薬関連とかならオオゴトだ。

 しかし。

「でも寝れなかったらどうすんのさ。寝るための睡眠薬がないんだよ?」

 ミュールは少し顔をそむけた。

「寝れなくても……看守はきっと『寝ろ』と言うと思う」

「えぇ……」

 アルテナ中尉もつい口に出してしまっていた。

「……なんだかコントみたいね」

 アスリーは身体を揺らす。

「ミュールちゃん。でもでも、それでも本当に寝れなかったら?」

 ミュールは少し顔を伏せる。

「さあ……詳しくはないけれど。でも先生が寝る寝ないは先生の勝手と言われそうだし。警察としては先生がどうなっても別にどうでもいいと思うし。ただ死なれても困るんで、よほど体調が悪くなれば何か対応されるかも。管轄の人に」

 アスリーは食い下がるように言う。

「何それー!?」

「詳しくは留置所スタッフに聞いてね」

「ぅおー……」

 アスリーは、ふと顔を上げる。

「そうそう。ソレとは別に私、内科のクスリも飲んでるんだけど」

「それは『お薬手帳』で確認してるわ。これからお医者さんに行ってその内服薬を処方してもらいます。でもアスリー先生、言っておくけど看守の言う通りに飲むのよ? 勝手に飲んだり、逆に勝手に飲まなかったりするのは許されないわ」

「……」


 ちょっと顔をしかめるアスリーに、ミュール准尉は聞いてきた。

「アスリー先生って何の薬飲んでるの? 健康そうに見えるけど」

「『火照るんです』 (ほてるんです)」

「?」

「めっちゃヤバイ媚薬なんだけど」

「!?!?」

 アルテナ中尉は漠然と思っていた。『そんなの処方する内科医なんているのかしら』と。でもまあ、存在するらしい。


 アスリーの心配をよそに取り調べのミュールちゃんが言う。

「どんな事情があれ留置所では性的な行為はNGね。ホモであれレズであれゲイであれバイであれ、肉体的な関係どころか基本は接触すら禁止」

 アスリーは頭を抱えた。

「ちょっ、ちょっと待って! 『火照るんです』を飲んだ後に、肉体的な関係を禁止できるなんてできると思う!?」

「知らないわよ。なんなら一人でやれば? トイレなら人目が少ないんじゃないかな。まあバレたら『性的秩序を乱した』と怒られて処罰とかあるだろうけど、でも私たちもここの警察官も留置所のことは詳しくないし。それと先生がどうなろうと、みんな割とどうでもいいっぽい」

「まっ、待って待ってミュールちゃん!」

「みんな先生が死んでくれても別に構わない、ってカンジみたい。但し自分の管轄外であれば……だけど」

 かなりのお役所対応である。一般市民に殿様商売するんじゃねーよこの税金泥棒! とかアスリーは思ったが。パクられている時点で『一般市民』じゃないとあらためて思ってしまった。彼らは税金を有意義に使っているのだから……。


「でも例えば、例えば男はどうなのさ。女とは違って男の性欲はヤバいんじゃないの!? 男女差別反対!」

 ミュールは軽く首を振った。

「いや男も我慢してる」

「マジで!?」

「マジで。でもそれもムショに行くまでの我慢よ。……まあムショでも怒られるんだけど」


 アスリーは半泣きになった。

「じゃあミュールちゃん、せめて看守にショタは!? やっぱりショタはいないの!?」

「いるはずないでしょ。ショタどころか(未成年だと働けないから)、イケメンや汚いおじさんすらいないわ。女性留置所を管理するのは基本的に女性スタッフだから」

「じゃあ、やっぱり!? ケツ穴チェックも!?」

「うん。昔は男がやっていたみたいだけど、今は全部女スタッフよ」

「それ若い?」

「おばさん」

「マイガーッッ!」

 アスリーは天を仰いでから、侮蔑の表情を見せた。


「……。国家権力に絶望したよ」

「いや待遇改善されたんで喜んでよ……」




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