去年の夏、とつぜん

@blood_simple

第1話

 くりかえしくりかえし夢にみたのは、群像新人文学賞を受賞したことは確かなのに、それは古本屋などでバックナンバーをみかけるたびに確認してきた事実なのに、編集者もその事実を知る者はいない。芥川賞をとったときですら、新聞にも出なかった。

 そういう虚実の入り混じった夢をみていたころ、朝、目覚めてみると自分は枕にとまった蝿だった。枕に比べれば、ちっぽけな大きさの蝿となっていた。

 しかし枕は部屋に納まりきれず、かといってドアや壁にさえぎられてタワんでいる巨大さになっており、自分は蝿ではあっても人間並みのサイズであり、蝿というよりは蝿男だった。

 黒く血管のように浮き出た葉脈のような模様というのか、そういうもので構造を維持した透明な大きな翅が背中についていたが、動かすことはできても実に哀しくなるほど緩慢に上下するのみで、飛ぶことはできない。

 外開きのドアだったので、歩いてドアノブを回し、廊下に出たつもりがそこも寝室だった。高級レジデンスのペントハウスのように広く、窓も広々としていて、雨がザーザー降っているらしい(でもその音はきこえない)部屋は、いま何時なのか、茶色っぽい色合いに薄暗かった。

 自分以外に人がいないのだった。

 いや、いる。

 そうおもって見た大きなソファに、布に詰め物をした、等身大といえる人形がのけぞるように座っていた。顔は丸や線が散らばった感じの、実に単純なものだった。ちょっと二十代のもつ大人っぽさと可愛らしさとが融合した感じの表情をしていて、心なしか不気味な感じがしないでもなかった。

 遠くからみてもつややかに光っていたのは胸の部分で、近づいてみるとそこの部分はレザーっぽいビニールでできているようで、だから黒いおっぱいだった。同じ材質で、帽子の頂についていそうな、丸っこいものをくるみこんだ乳首がついていた。自分は迷わずそれをツネッた。

「初めて会ったときに裸だと、そうなっちゃうわよね」と人形がいった。

「や、そうなるよ、やっぱり」と蝿男の自分は応じたが、人形の股間から目を離すだけのエチケットは自然に発揮していた。でも残像はクッキリ脳にあって、その部分もやはり黒いビニールでできていて、パンツをはいているかのような三角形をしていた。人形の他の部分はオフホワイト、あるいは象牙色? のふわふわした生地だ。

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