スコッパーさんは底辺冒険者から英雄を発掘したい

yuzu

仲介人

「うーん……」

「なら、こっちのルカ組はどうです?」


 僕は、冒険者組合の受付カウンターでお姉さんと押し問答をしていた。

 カウンター上には、僕が並べた何枚かの冒険者たちの経歴書と、組合側の依頼書。


「エクスさん、その人たち☆4ですよね……」

「そうです。先日☆4になれたんです!」


 受付のお姉さんは経歴書と依頼書を見比べて、眉尻を下げている。困り顔がかわいい。


「これ、☆5の依頼なので……、信頼できて、何より死なない人たちじゃないと」

「受注は一つ下の☆4から可能ですよね。彼らは無名ですが信頼は厚く、腕も確かです! 特にリーダーの彼は……」

「でも死なれたら困っちゃいます」


 お姉さんにピシャリと拒否された。

 僕の褪せた焦げ茶の髪と違って、お姉さんの亜麻色の髪は窓から差し込む午後の陽ざしにきらめいている。


 僕は、組合で冒険者に仲介する依頼を物色していた。


 大昔は冒険者本人が自由に依頼を受注できたそうだ。しかし、情報漏洩や依頼品の横領など、何より無謀な受注による高い死亡率が問題になり、今の仲介制になった。

 その仲介人は、数多くいる冒険者から二つ名を持つ者や「英雄」を”発掘スコップ”するため、「スコッパー」と呼ばれる。


「でしたら、こちらのアレル組は!? 僕の一推しです! 下積みが長く☆5になるまで年数はかかりましたが、どんな依頼も堅実にこなしてくれる頼もしい奴らで」

「うーん……、」


 アレル組は僕が紹介できる冒険者の中で唯一の☆5。彼らを出しても、かわいいお姉さんの反応はよくない。


「この依頼、俺に仲介させてくれ」


 聞き慣れた低い声がして、横からカウンターの上に依頼書と一組の冒険者経歴書が置かれた。

 その依頼書は僕が持ってきたものと酷似している。というか、同じだ。経歴書には☆5の表示。


「あらガヴァルさん。承りました。冒険者さんたちによろしくね」


 依頼書に受注印が押される。それを僕は呆然と見ていた。


「……ということで、エクスさんには申し訳ありませんが、この依頼は締め切りました」


 僕には困り顔しか見せなかったお姉さんが、天使の笑顔を振り撒いた。


「いや、僕が先に……。それに正式な受注には本人たちの署名が必要でしょう?」

「一応は仮受注ですけど、ガヴァルさんが本受注に進まなかったことは無いし。なら先に手続きしておいた方が時間の節約でしょう?」


 お姉さんが白い羽ペンで依頼書に冒険者たちやガヴァルの名前を書き込んでいく。


「僕が交渉してたのに……」

「どうだ? 仕事は順調か?」


 体格が良い金短髪の男、たった今依頼書の仲介人欄に名を記載されたガヴァルが話しかけてきた。


「おかげ様で、狙っていた案件は今、目の前で掠め取られたよ」

「はははっ! そいつは悪いことをしたな!」


 微塵も悪ぶれた様子の無い男は豪快に笑った。


「強者が勝つ世界だからな。悔しかったら早く俺みたいに☆6の冒険者を掘り起こせ」

「ガヴァル、そう簡単に有名冒険者は発掘スコップ出来ないよ」

「知ってるさ。だからこそ発掘実績を積めたときには信頼が得られるんだろ」


 ガヴァルは僕と一緒にスコッパーの仕事を始め、既に二つ名を冠する冒険者を数組発掘スコップしている。


「おっと。そろそろ新米冒険者達の説明会が始まる時間だ。エクス、お前も物色しにいくだろ?」

「もちろん」


 月に一度、組合の試験に合格した新米冒険者への説明会がある。そこに将来の英雄候補はいないかと、僕とガヴァルは毎回顔を出していた。


「それは良かった。しかし、近頃はド新人をいちいちチェックしてその中から発掘しようって気概のあるスコッパーは減っちまったな」


 僕たちは受付を離れ、併設された食堂を横切りながら集会室へと向かう。食事の時間にはまだ早いが、食堂は賑わっている。食事のためではない。あちこちの机で冒険者とスコッパーたちが話し合っていた。


「効率を考えると、同じ新人でも少しは経験を積んだ冒険者の中から探したほうが早いからね」

「ったく。誰がド新人に仕事仲介して新人にまで育てると思ってるんだ」

「☆1にも上がれず辞めるやつも多いし、しょうがないよ。昇格はともかく、経験積むだけなら仲介不要な依頼もまだ多いレベル帯だしね」

「無名のド新人をゼロから有名冒険者まで打ち上げていくのがスコッパーの醍醐味だろうがよ……」


 集会室の入口まで来たところで、依頼書などが張り出されている掲示板を見上げている4人組を遠目に見つけた。

 中心にいる柔和な好青年は──。


「お。アレル達だ」

「あぁ、さっきお前が紹介しようとしてた☆5のやつらか。そういや新米の頃から熱心に仲介してたな。あいつら何で掲示板の依頼なんて見てるんだ? 仲介が不要な低ランクの依頼しか張り出されてないだろ」


 彼らはレア薬草を100束採集する依頼を熱心に読んでいた。


「あいつらはさ、困っている人を放っておけないんだ」


 あの依頼は、希少な薬草を大量に探すのにかなり根気がいるのに対し、報酬は普通。


「希少薬草の採集なんて労力の割に儲からない。受注する冒険者がいないんだ。でも、薬草が無いと作れない薬があって、薬が無いと苦しむ人がいる。アレルたちはそれを見過ごせないんだ」

「お人好しだな。中堅冒険者のアイツらには経歴の足しにもならない依頼だろうに」


 アレルが僕たちに気づき、横にいた長身の仲間と笑顔で手を振ってきた。弓を担いだエルフの女の子は微笑みながら腰を折り、黒ローブを纏った男も仏頂面ながら目礼してくれる。


「経歴になる様な討伐系の依頼とかも仲介してるけど、その合間に誰にも受注されない低ランクの依頼もこなしているんだ」

「だからか。年数の割に昇格が遅いのは」


 僕は駆け寄ろうとしたアレルたちを手で止めた。もうすぐ新米冒険者の説明会が始まる、と手で伝える。


「エクスさーん! 僕たちがもっと経験積んだら、☆6への推薦状書いてくださいねー!」

「もちろんだよー!」


 声を張って、アレルたちと距離のある会話を交わす。


「彼らは地道にコツコツ仕事をこなして、やっと☆5に上がったばかりなんだ。僕は、絶対に彼らを二つ名持ちの冒険者に押し上げる」

「なら、俺はあいつらに手出さないように覚えとく。必ず、お前の手で打ち上げてやれよ」


 その難度への冒険者の推薦と発掘経験がないと、高難度の依頼は仲介させてもらえない。つまり☆6冒険者の発掘スコップ経験がない僕は、まだ☆6の依頼を仲介する資格がない。

 僕自身の昇格のチャンスが潰されないのはありがたい。


「お前も早く☆6を発掘して俺に追いつけよ。高難度の依頼も今より取りやすくなるだろ」

「そういうなら、僕が交渉してる横で依頼をかっ攫っていくのはやめてくれよ」


 僕はアレルたちに手を振り、悪びれもせず「ははは! それは悪かったな!」と笑いながら集会室に入っていくガヴァルの後を追った。

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