第7話 追いバッドタイム3

 窓の外には、綿菓子の様な雲がふわふわと浮かんでいる。 

 

 ゆっくりと青いキャンバスに白い模様が出来上がっていく。いつもと変わらない様な景色だが、のんびりとした穏やかな空気がそこには流れている。



 平日の昼頃は、皆授業や仕事があるため、道具屋がにぎわうことは滅多にない。


 観光客なども、休日ほどは街を歩かないので、窓から見える景色も静かなもので、日常と変わらないといえば、変わらない平和な1日だ。


 通勤、通学、帰宅時間の、朝や夕方はそれなりにバタバタとするが、それはどの店も一緒だろう。


 私がこの店に立つ様になったのは、ただ居座るだけだった幼少期の頃を含めて、小さな頃からだが、こうやって店を任される様になったのは、学校を退学になった頃だった……。

 うっ……。

 自分で言って自分でショックを受けてしまった。つらい。


 しかし、学校の勉強をかなり頑張っていたので、その知識はしっかり役立っているので、ショックばかりではない。


『お、頑張ってるじゃんステラ! 早く原因がわかるといいな。俺「滑りだすやつ」がもう切れてるんだけどある?』

『滑りのペンね、ありますよ』

『学校の教材に使う「苦味取りのアレ」あるかしら......』

『苦取鈴蘭ね。乾燥させたものがありますよ。効力は変わらないから』

『魔力弾きの〜、あのローブここある!?』

『棚の上に。サイズは自分で選んで』


 などなど、数ヶ月ともに過ごした仲間のあれだのやつなどにも対処できるし、意外と道具はわかるのに名前が出てこない物も特定の言葉を聞けば理解できる様になった。


 何事も、やって無駄な事などないのだ。きっと。


 そんな学友の家が本屋を営んでいるらしく、買い物ついでに置いていった「王都のアイドル」という本をペラリとめくる。

 そこには笑顔で手を振る男性と、多くの聖女様が肩を並べて手を振っている画像がコマ落ちした動画の様に動いている。


 こう言ったゴシップ誌やニュースペーパーはカクカクの写真になっていることが多い。

 この世界では写真といえば、動いて当たり前なものらしく、初めて見た頃それはそれは感動したものだ。

 前世ではかなり科学や物が発達した世界であったが、写真が動き出すことはなかった。

 小さなテレビの中で動き続けることはあっても、紙に印刷されたものが動く事はなかった。


 この世界に世を受け、前世の事をじわじわと思い出していた頃は随分と不便だ不便だともんくばかり言っていたが、これは本当に興奮した。


 カクンカクンと動く写真な訳は、このような雑誌は安く手に入る分、制作費を軽減しているのだ。

 これがしっかりとした専門書であったり、図鑑だったりするともう少し鮮明に、滑らかに動く。

 記録用にもなるので、お金のかけ方が違うのだろう。


 よって月刊や週刊のゴシップ誌は「安く、多く、新鮮に」と、消費の回転が早くなる様に作られているのだ。

 紙なんかもペラペラで、ちょっと水をこぼしたら穴が空いてしまいそうだ。

 しかし、処分するのに労力はかからないだろう。


 いい魔法を使うには、やはりお金が付き物。良い作品、良い道具、良い魔具。

 どれも人件費と魔法費がかかるのだ。

 これはどちらの世界でも共通の様だ。

 

 さらにペラリとめくれば、王室ゴシップの登場だ。ランキング形式にされた王子達がにっこりとこちらへ挨拶してくれている。


 ふと、ヒュ、と窓から入る日を何かが遮った様な気がして顔を上げると、ふらふらとした影が窓に映った様な気がした。


 見間違いか?

 

 いや、見間違いにしては大きな影だったので、もう一度目を凝らして窓、そしてそのすぐ隣の扉を見る。


 ドアノブがゆっくり、ゆっくり、動いてゆく。


 不穏な動きに、思わず身体が凍りつく。

 お客さんだろうか。

 それにしては随分と変な感じだ。


 ゴクリ、と唾を飲み込むのと同時に、バタン、と乱暴に扉が開いた。


「…………」


「……ここがセナード魔具堂か?」


「ええっと、そう……ですけど……」


 突如大きな音を立てて入ってきたのは、頭の先から足の先まで、真っ黒。


 そう、文字通り「真っ黒」な姿の男だった。



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