第4話 sideレイ

sideレイ



次のステージでツインズの女装を発表することが決まった。

事務所でマイと社長と三人で話し合った結果だった。あのネット番組の撮影から、タクヤとレイの関係について憶測が飛び交っていた。レイがタクヤを誑かしたクソ女だという誹謗中傷がほとんどだった。

『この騒ぎに乗っかって女装を公表しましょう。ファンを偽っていたってことで無期限の謹慎。レイが男だってわかれば、この騒ぎも落ち着くでしょ。落ち着くまでレイは自分の身を守りなさい。マイ…申し訳ないけど、あなたも謹慎してちょうだい』

タクヤと出会った経緯を説明した上での社長命令だった。レイは何度もマイと社長に謝罪を口にした。撮影の時、あんな行動に出なければ良かった。適当にはぐらかせば良かった。

番組の司会のマイに対する扱いを見ても、女の子を貫くのは無理だと改めて認識させられた。

しかしあの場で男と言わたくなかった。本当は男だということは、自分たちからきちんとファンに伝えたかった。その想いが焦りとなってタクヤに不用意に近づいてしまった。

『あ、謝んなよ。レイはなんも悪くない。女装はいつか公表しなきゃいけなかったし、今回のことがなくても公表したら謹慎だし…謹慎、で済むのかな』

マイの不安はもっともだった。ツインズは解散することになるだろう。マイはともかく、レイは引退も視野に入れておかなければならない。女装を公表したあとはツインズ時代の女装をネタに、別の形でこの世界での仕事を続けていこうと思っていた。

しかし今、レイにはタクヤとのスキャンダルがある。余計な問題を起こした人間を使おうとする事務所はないだろう。

レイは事務所からタクシーで伯父と暮らすのマンションに戻った。母の兄はレイを居候させてくれている。

「みーちゃん、どうした?なんかあった?」

「なんでも、ない」

伯父は本名の美怜から、レイをみーちゃんと呼ぶ。幼い頃から変わらない呼び名だ。伯父の中で、レイはいつまでも幼い美怜のままなのだろう。いつも優しく、まるで実子のように美怜のことを気遣ってくれる。

伯父には言えず、美玲は自室に入った。次のライブまで、レイは眠れぬ夜が続いた。



ライブの日。あらかじめ重大発表があると告知しておいた。それに加えてタクヤの件があったからか、いつも以上に人が入っている。ステージに立つと、音楽が流れ始めた。レイは立っているのがやっとだった。不安でうまく眠れず、緊張と恐怖で吐き気が込み上げる。ファンの顔を見ることができない。

ステージを終えてから女装と謹慎を発表する。

レイは歌い切れるか不安だった。最初はマイのパートだ。しかし、マイの歌声が聞こえない。

マイを見ると、マイは深く頭をさげていた。 

「みんな、ごめんなさい!」

レイがファンを見ると、不安げな表情でマイを見ていた。重大発表します、としか告知していない。何を言い出すのか、見ている方も不安だろう。

「本当は、ライブのあとに発表だったんですが…でも黙っているのは苦しいです!先に、言わせて下さい」

マイは顔を上げてレイを見た。マイの表情に、レイは頷いた。二人は少し呼吸を整えて、二人で頭を下げた。

「俺たち、女の子じゃ、ありません!」

「騙していて、申し訳ありませんでした」

ファン達がどよめいている。前列にいるのはいつも来てくれている古参のファンだ。女装だということなど、きっととっくに気づいていただろう。それでも自分たちを応援してファンでいてくれた。

きっとツインズから離れて行ってしまうだろう。自分たちが無理矢理、魔法を解いてしまった。レイは頭を下げたまま顔が上げられない。

その時、ファンから声が上がった。

「マイちゃん知ってたよー!」

「マイちゃん、見ればわかるよ!」

「今日も腹筋キレてるよ!」

ファンは力の限り大声でマイに声援を送っている。

「嘘、バレてた!?」

驚くマイの隣で、レイはギュッとマイクを握りなおす。

「俺が、ネットで騒ぎになって、騒がせてしまって、こんな、形になってしまって」

レイは声も足も震えていた。ネットでタクヤとの噂は加熱していた。レイが無理矢理抱きついただの、あの番組もプロデューサーと枕で勝ち取っただの。身に覚えのない話がどんどん湧き出て一人歩きしていた。レイは膨らんでいく妄想に恐怖を覚えた。否定する場所も与えられず、見知らぬ人々の憎しみの対象になっていく。この場にいる人々も本当はそう思っているのではないか。レイは疑心暗鬼になって苦しんでいた。

「大丈夫だよ、レイちゃん!」

「あんな噂信じてないよぉ!」

それでも前列のファンは大声でレイに声援を送ってくれた。

ここにいる全ての人間がこうじゃないことはわかっている。タクヤと噂になっているレイという名の女を見に来ただけの人もいるだろう。

それでもいつも応援してくれていたファンが、変わらず声援を送ってくれたことがなにより嬉しかった。

泣いたら歌えない。そう思っているのに、レイは立っていられなかった。

「レイ、良かったな…レイ!?」

涙ぐむマイが目を見開いてこっちを見た。レイに、マイに気を配る余裕はなかった。次から次に涙が出てきて、声もうまく出せなくなった。

「ごめ、ごめっ、なさい、」

「レイちゃん!泣かないで!」

「泣いてんじゃねーよ!」

「男とか、嘘ついてんじゃねーぞ!」

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