第二十八話 お化けツタ

「あった。ここよ」


 宮殿裏側の塀の一角、赤く染まる周りと比べて若干白みを帯びた石材ブロックをおもむろに掴むと、あっさりと塀から外すことが出来た。


「よくやった、マリアよ。ところで俺様たちはどうしてこの中に入らなければならねぇんだ?」

「どうしてって……」


 それはこの中にいるはずのバルバリア海賊オルチと、サラセン人マルシル。この国を、イスパニアをこんなめちゃくちゃにした二人を――。

 って、私しかいないじゃない⁉ どうしよ……エンリケもパラディンたちも、みんなはまだここに来ていない。私一人で……ましてやネロなんかが居て‥…なんで私はこいつを連れて来ちゃったかな……。


「おいマリア、答えねぇか⁉」

「え、えぇと……」

「お頭、あれを見てくだせぇ!」


 急かすネロに対して私が言葉に詰まっていると、部下の一人が前方を指しながらネロに叫んだ。

 敷地の中では、騎士階級の貴族と思われる身なりをした人々が縄で縛られた状態で列をなして歩いていた。きっとこの国の、つまりはイスパニアの貴族。

 先頭と最後尾は鞭を持った衛兵が囲んでいるが、いくらなんでも王宮の兵が自国の貴族に対し、こんな仕打ちはしないだろう。

 こいつらは衛兵の装いをしているだけ。きっとアブドーラが言っていたサラセン人たち。

 目の前に助けるべき人たちがいるのに、私はどうしたら……。

 私が自分の無力を嘆いていると、


「よぉしなるほど! 貴族たちがここに捕らえられてるんだ。つまり、その人数分だけお宝があるってことよ。いくぞ、野郎ども!」


 バカなりに都合よく勝手に解釈してくれた。


「そうよ、彼らは正真正銘この国の貴族。彼らを助け出せば、きっとわんさかお礼を貰えるわよ!」


 ネロは馬鹿だけど、戦いでは使える。バカとハサミは使いようってよく言ったものね。


 すっかり日の落ちた暗闇の中、ネロたちの突撃は見事奇襲となり、あっという間にバスク人たちを殲滅する。


「おぉ、どなたか存じませんが、我々を解放してくださるのか?」

「しっかりこの名前を憶えてやがれよ。俺様はいずれ皇帝となるネロ様だ。そのときは貴様らも我が臣民になる訳だから、助けてやらんこともない。が、その代わり貰うもんはきちんと貰うぜ」

「そんなのはあとにしなよ! 他にもっと捕らわれている人たちがいるはず。売れるときに恩を売りまくっておけば、あなたもあとあと便利でしょ?」

「なるほど、先行投資と言うやつか。俺様も経済には精通しているからな。もちろん、そのくらいは分かってるぞ」


 怖いくらい扱いやすい馬鹿ね。


「ねぇ、あなたたちは連れて来られたばかり? アルバ公やヴィゼウ公は⁉」

「え? 誰のことですか? ところであなたは?」

「私は……」


 お父様たちを知らない……? この人たちは明らかに貴族階級。それが公爵の名も知らないなんて、やっぱりおかしいわ。とは言っても、こんな見窄みすぼらしい恰好を晒して公女を名乗って、トレド家の名前に傷を付けたくない。

 知られてないとは言え、公女としてのプライドが自身の身分を明かすことの邪魔をする。


「マリア⁉ あなた無事だったのね⁉ って、どうしましたの、その髪は⁉」


 その声に振り向くと、そこにはイサベルが立っていた。そしてすぐさま私の変わり果てた髪の毛に言及する。


「イサベル! あなたこそ……まぁこの髪は色々ありまして。オリヴィエは? エンリケは⁉」

「オリヴィエは、その塀の外にいますわよ。上空の鷹が気になるとかなんとか言ってずっと空を見上げたままだったので、手持ち無沙汰に何の気なしに塀に開いた穴を見たら、あなたの姿が見えたものだから」

「……エンリケは? 一緒じゃないの⁉」

「いえ、見てないですわよ。あなたこそ、一緒に居たのでは?」

「おいおい、マリアよ。エンリケの野郎はこの街に居るんじゃなかったのか?」


 しまった……このバカを忘れてたわ。


「おい、あの装いは貴族か?」「そうよきっとフランクから救助に来てくれたのよ」「でも肝心の軍隊は居なさそうだぞ?」「まさか、彼女も捕虜に?」


 イサベルを見た貴族たちはざわめき始める。

 ちょっと悔しいけど、確かにイサベルの身なりは庶民には見えないし……。


「皆様、私はヴィゼウ公女イサベル。皆様を助けに参りました。他に囚われている貴族たちの居場所をご存じないですか?」

「ヴィゼウ公? イサベル様……? えぇと、貴族たちはみな、この地下に収監されており……」


 一人の貴族が、イサベルの名に戸惑いながらも答え始めたかと思うと、言葉の途中で苦しみ始めた。

 喉を掻くようにもがき始めたかと思えば、その口から植物の弦のようなものが飛び出して絶命した。

 それに続くように、他の貴族たちも同様に口から弦が伸び出してくる。

 結局、その場に居た十数名の貴族たちは全滅してしまった。


「きゃぁぁぁぁぁ!」


 それを目の当たりにしたイサベルは大きな悲鳴を上げる。


「おい……こいつはあのときと同じ……」


 さすがのネロも動揺を隠し切れない様子。もちろん私だってかなり動揺している。だけど、それよりもこれが敵にいる誰かの能力なのだろうと危機感を覚える。

 だってそれはつまり、他の囚われた貴族たち、そしてシャルルマーニュ陛下たちも例外ではないはずだったから。


「イサベル様、どうされました⁉」


 イサベルの悲鳴を聞きつけたオリヴィエが抜け道をくぐり抜けやって来た。


「こ、この有様は……」


 貴族の亡骸を見たオリヴィエは絶句する。


「オリヴィエ」

「マリアさん! あぁ、良かった。無事だったのです……え⁉ その髪は⁉ エンリケ様は⁉」


 オリヴィエは私に気付くと安堵と同時に、私の髪とエンリケについて聞いてくる。


「いやそれがちょっと色々と……」

「やいお前! セウタでは随分世話になったな!」


 ネロがオリヴィエに向かって怒鳴る。


「あれ? どちらさまでしたっけ?」

「ふざけんじゃねぇよ! 人を散々な目に合わせておきながら、覚えてねぇだと⁉」

「お、お頭。なんか変じゃありやせんか?」

「ん? 何がだ?」

「あいつ、一人のくせに、十人以上いる俺たちを前にしてあの余裕。仲間が潜んでるに違いねぇですぜ!」


 船の上で見た光景と一緒じゃない……。ってか、余裕もなにも、単にあなたたちが覚えられてないだけじゃない。


「よぉし、お前ら油断するんじゃねぇぞ!」


 ネロたちはサーベルを構えながら、少しずつ後退りする。

 その奥にある建物は、一面をツタが覆いつくしている。周りも背の高い草が生い茂っている。まるでそこだけ廃墟みたいに。

 そして上空には相変わらず鷹たちが舞っている。


「……あれ?」

「どうしたの、マリア?」

「いや、なんか人が減ってるような……」


 空から視線を戻すと、十人は居たネロの一団が半分ほどになっていたのだ。


「面白い。マジックですね」

「いや……違うんじゃないかしら……」


 無邪気に笑うオリヴィエに、私は異議を唱える。

 落とし穴か何かあるのかしら?

 地面を見るがネロの部下たちが落ちたような穴は見当たらない。ざっと他の建物も見るが、人が消えるような空間も穴もない。


「あ……」

「三人よね……」


 再び後退りするネロたちを見ると、たったの三人になっている。


「お、おい……エンリケとあの女みてぇな長髪はどこだ⁉」


 ついにツタだらけの壁を背にしたネロはオリヴィエに聞く。


「ここには僕しか居ないって――あれ?」


 オリヴィエが答える最中、ネロの両脇の部下たちは消えた。

 正確には、後ろのツタの先端が、巨大な口のように膨らみ、部下たちを丸飲みにしたのだ。

 そして今度はネロの真後ろにあるツタが、大口を開けてネロの頭上で構える。


「ちょ、ちょっとネロ……後ろ……」

「ん? マリアよ、そんなこと言って俺様に隙を作らせようとしてねぇか? さすがの俺様も、この状況でお前を完全に信用することは出来ねぇぞ?」

「違うって! 後ろよ後ろ! ネロ、後ろ後ろ!」

「だから、そうやって俺様に――」


 そしてネロは頭からすっぽりと、お化けツタに丸飲みにされた。

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