第42話 先輩とデート その1

 そして週末。


 甘越さんとLINEでやりとりをして、待ち合わせ場所として指定されたのは、うちの県内では栄えている大きな街中だった。


 少女が二人で戯れている見た目のブロンズ像の前が待ち合わせ場所だ。

 よかった、どうやら僕の方が先だったみたい。


 6月上旬の夕方は、まだ明るい。

 それにしても、今日は一体どこへ連れて行ってくれるというのだろう?

 その辺の詳しいことは、サプライズということで秘密にされてしまったから、僕は知らないままだ。


「甘越さんらしき人は、今のところいないな」


 周囲を見渡すと、僕以外にも、どこかそわそわした男女が何人もいた。

 もしかしたら、僕と同じ目的なのかもしれない。

 いや、僕の場合はデートじゃない。お出かけをするだけだ。

 ただ、相手はダウナー系美少女……いや、美女だけど。


 うーん、甘越さんの場合、二十ナントカ歳の都合上、綺麗な顔立ちをしていたら美女というのが適切なのだけれど、童顔だからか美女で上手く言い表せている気がしない。


「そういえば、甘越さんの私服を見るのは初めてかも」


 僕がバイトする書店では、店名の入ったエプロンさえ着けていれば私服可なのだけれど、書店という都合上、動きにくかったり派手すぎたりする格好は避けるように言われている。


 いつもの甘越さんは、大きめのパーカーにデニムといった格好だった。働きやすい格好という観点で選んだ服だろうから、甘越さんの私服のセンスは不明なままだ。


「まあ、バイト先でも今もたいして格好が変わらない僕が甘越さんの私服を気にするのも変な話だけど」


 ちなみに僕の私服は面白みがなかった。パーカーと細身のパンツの上にジャケットを羽織っているだけ。周囲にいる同年代をちょっと探せば、似たような格好をしている人をすぐ見つけられる。そんなありふれた格好だ。オシャレは僕にとってハードルが高すぎるから、精々周囲から浮かない程度の服装でいればいいと考えている。


 甘越さんのことだから、きっとおとなしめで可愛らしい格好だろう。

 今が真夏なら、白ワンピースな清楚な格好が似合いそうだ。ただしこの際実年齢は考慮しないこととする。でも年齢抜きにして考えれば、甘越さんは見た目的にも体格的にもそういうのが似合うのである。


「おまたせ。河井くん」


 とん、と背中をつつかれた。


「いいえ、待ってませんよ。ちょうど僕も今来たところですから」


 甘越さんの私服への期待値が上がりに上がっていて、どんな清楚な妖精さんが現れるのか期待して振り向く。


「あ、甘越さん!?」


「そ、そう。……だよ?」


「いや、それ、それは……」


「そっか。河井くんの前では私服初めて」


 甘越さんは首をかしげて僕を見上げる。


「安心して。服は違ってもわたしは同じ」


 困った顔の甘越さんに、どうどうとなだめられてしまう。


「そうですよね……! すみません! 甘越さんがお気に入りの格好をしているのに、変にびっくりしちゃって!」


「いいよ。よく言われるから」


 甘越さんの私服は、僕の想像と違って清楚とは呼べなかった。

 一言で言えば……そう、なんかパンキッシュな感じ。


 オーバーサイズな黒の革ジャンに、タイトなチェックのパンツ。中には黒いシャツを着ていて、ペンダントが首からぶら下がっていた。

 なんだか今日の甘越さんは背が高いな、と思ったら底の厚い頑丈そうなブーツを履いている。


 特に目立つのがピアスだ。

 勤務中は耳が髪で覆われていたからわからなかったけれど、髪を耳にかけて後ろに流す感じになっている今、実は結構耳に穴を開けていたことがわかった。

 輪とか鋲になってるのはわかるんだけど、耳の上と下を連結する鉄のポールみたいなの……それもピアスの一種なんだろうか?


「一ついいですか?」


「なに?」


「……い、痛くないんですか、それ」


「うん」


「な、ならいいんですけど」


「ごめんね」


「えっ、どうして謝るんですか?」


「今日。河井くんに合わせるべきだった?」


 自らの服を引っ張って示す甘越さん。まるで、場違いなものを身に付けているような申し訳無さそうな表情をしていた。


「いやいやいや、僕の方こそ! 失礼なことしてすみませんでした! 他人のおしゃれに物申すなんて!」


 勢いよく僕は頭を下げる。こんな謝罪、バイト初日でお客様相手にミスっちゃった時でもしたことがない。


「甘越さんは、したい格好をするべきなんです! 職場とプライベートで格好や生活態度が違っててあたりまえですからね! これは未熟な僕が受け止めきれなかっただけで……もう、大丈夫です。甘越さんは甘越さんですもんね。いつものしっかり頼りになる甘越さんと同一人物だってことはわかってますから、僕なんかの態度を気にすることないんですよ!」


「そう?」


「はい! 僕はもう、何があっても驚きません! もう甘越さんのプライベートな姿は全部受け止めましたから!」


「…………えっと」


「ええっ!? まさかまだ何かあるんですか!?」


 言ってから、しまった、と思った。これではせっかく甘越さんを受け入れる態度を表明できたのに無駄になってしまう。


「肌に。落書きあってごめんね……」


「な、なるほど。ふぅん……」


「ラテン語で。『一歩踏み出す勇気』って意味のが、腕に」


「い、いい言葉じゃないですか」


 内心では怖気づいてしまう僕だけれど、これ以上甘越さんを申し訳無さそうな顔にさせたくはなかった。


「でも、甘越さんなら別に反社認定じゃなくてファッションとして認めちゃいますよ! これはファッションじゃいボケ見た目で判断すんなやぁ! ってイキリ散らかしたヤカラがやっぱ見た目通りじゃんって思われる軽率な振る舞いをするのと違って、甘越さんはファッションと人格は別って態度でいてくれてますもんね!」


 人は見かけによらない。

 けれど、見かけに人は依らない。

 甘越さんは、パンクでピアスで外国の言葉を体に刻んでしまっているみたいだけど、態度はいつもの親しみやすい姿と同じなのだから。


 お出かけ本編が始まる前から僕はそんなことを学んだ。


「甘越さん、今日は本当に、ありがとうございました」


「不可解……。なんで終わったていなの?」


「いえ、なんだかオープニングだけでもう満足感いっぱいなので」


「だめ。夜はこれから」


 甘越さんは、僕の腕を抱き込む。

 おおう……と、僕は思わず変態的な感嘆の息を漏らしそうになった。

 いつもはオーバーサイズの服で隠れていたし、小柄なせいでそんなことは想像もしなかったけれど。


 甘越さん……意外と、ある。


「不安。もう飽きた?」


「そんなことは!」


「いやになった?」


「むしろ好きになりました! どこに連れて行ってくれるのか、楽しみで仕方がありません!」


 庇護欲を誘う瞳で僕を見つめてくるものだから、もはやノーを言うことが難しくなっていた。

 なんだろう、甘越さんってこういうメスっぽいことできるんだ。

 まあ、そうか。二十ナントカ歳だもんな……酸いも甘いも噛み分けてるか。


「素直。それがいい。じゃあ河井くん」


 僕の手を握ったまま、くるりと正面の回り込んでくる甘越さん。


「今夜だけ、ちょっとわるいことしよ?」


 微笑むピアス美女、甘越さん。

 うっすら暗くなってきた空に浮かぶ白い月はまん丸。

 満月の夜は、何かが起こりそうな予感がしてしまう。

 僕の腕を引っ張るように先へ行く甘越さんによって、今夜は僕の中の何かが変わってしまうかもしれない。


 もし今夜、僕がマッドマックスの悪者っぽい見た目になってしまったり、ヘルレイザーの敵キャラみたいになっちゃったり、ブレイキングダウンによく出てくる人みたいな模様が顔にできちゃったりしても、僕は僕だからよ、絶対中身は変わんねえしイキリ散らすことはねえからよ、よろしくなァ!

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