第28話 陽香さんとプレイ その1

 その日の夜。


 夕食を終え、一日の終わりが近づく静かな頃合い。

 僕は陽香さんの部屋にお邪魔していた。


「今日はどうしたの?」


「陽香さん、暇でしたら一緒にこれをやりましょう!」


 僕は、買ったばかりのゲーム機を陽香さんの前で振ってみせる。


「へえ、スイッチ。私も持っていたけれど、実家に置いてきたままだわ。ていうかあなた、ゲーム機なんて持っていたかしら?」


「買ったんです。バイト代で。陽香さんと一緒に遊びたくて……」


「…………」


 無言の陽香さん。

 やっぱり迷惑だったかな……。


「わざわざ?」


「はい、わざわざ」


「そんなに私と遊びたかったの?」


「ええ。陽香さんと遊びたいがためです」


 陽香さんは、ため息をつく。けれど、呆れているようにも見えなかった。


「せっかく稼いだお金なのだから、自分のために使えばよかったのに」


「僕にとっては、陽香さんと遊ぶことも自分のためなんですよ」


「もしかして、私に構うことを、ぼっちを正当化する言い訳にしてない?」


「いやぁ、まさか」


「ちゃんと人の目を見なさい。露骨にウソとわかるでしょうが」


「ていうか、今日はずいぶん薄着じゃないですか?」


「あからさまに話を変えてくるわね。最近暖かくなってきたからよ」


「メガネも……あれ? 前までは掛けてなかったですよね?」


「別になかったら困るほど視力低くないのだけれど、メガネは高校時代の地味な自分を思い出してしまうから。あまり掛けたくなかったの」


「なにか心境の変化でも?」


「まあ、あなたのおかげみたいなものよ」


 この前のデートの時、黒歴史を吐き出せたことがいい方向に作用したのかもしれない。


 陽香さんが部屋着にしてるショートパンツは以前と変わらずなのだが、上着として羽織っていたグレーのパーカーは薄手になっていて、ジップアップタイプで前を全開にしているから、中に着ている黒いタンクトップが露出していた。


 僕の視線はつい胸元に向かってしまい、でっか……だなんて言いたくなる気持ちを抑えるのに必死だ。


 とても年頃の男子高校生を部屋に招く格好ではない。

 つまり陽香さんは、僕のことを異性として意識していないということ……。


 この間のデートの件で距離が近づいたような気はしていたのだけれど……いや、僕は別に陽香さんと恋人同士になりたいわけじゃない。なれたらいいな、とは考えるけれど、一番大事なのは陽香さんの抜きフレとして、ちゃんと役に立てるかどうかだ。


 陽香さんは、僕のスイッチを何やら操作して、画面をじっと見つめている。


「ソフトはまだこの一本なのね」


「本体を買ったばかりですから」


「言っておくけど、このゲーム、私すごく強いわよ? このタイトルって長く続いてる作品なんだけど、前の前のハードからやり込んでるから」


「へえ、スーファミってやつからですか?」


「あなた、私がそんなおばさんに見えるの?」


「冗談ですよ……。スーファミから続いてるタイトルらしいってネットで調べて知ったので。にわか知識を披露したかっただけです」


「ああ、そう。河井くん、不用意なことは言わないことね。日頃十代の子でいっぱいな空間で過ごしていると、自分が実年齢よりずっとおばさんに思えてショックを受けることがあるのだから」


 学校にいるどんな女子より綺麗な顔で不満を口にする陽香さん。


「きっと学校の女子も、陽香さんの授業を受けている時はどんな美少女でも自分がぶさいくに思えてショックを受けちゃってますよ」


「そういう持ち上げ方は好きじゃないわね」


 大事な生徒の悪口は許さない! という教師として模範的なスタイルでいるのかと思いきや、目の形が笑っていて上機嫌を隠しきれていなかった。


 陽香さんは別に、天使のように優しく寛容な性格をしているわけじゃない。その辺は、この間の黒歴史を思い出して悪鬼羅刹と化した姿からも想像できる通り。


 でも、そんな結構子供っぽいところが、彼女自身の「素」を見せてくれているようで、僕としては好感が持てた。


「それで、陽香さん、僕と遊んでくれませんか?」


「まあ、いいわ。仕事も一段落したところだし」


「こんな時間まで仕事を?」


「教師は帰ってきてからもやることがいっぱいあるのよ」


 部屋をよく見てみると、推しのグッズで祭壇と化した棚の隣にはささやかなテーブルがあって、その上には開いたままのノートパソコンが置いてあった。


 そうだ。陽香さんは毎回授業で新しいところに進むと、生徒が理解しやすいように解説付きのプリントを用意してくれているのだった。


「忙しいのでしたら、また今度でも」


「待って。そんな中途半端なところで帰られたら、レースモードになっている私の気持ちの置所をどうしてくれるの?」


 陽香さんに両手で腕を掴まれ、引き止められてしまう。


「ちょうど仕事のストレスを発散するはけ口を探していたのよ」


「わかりました。でも、僕だって今日までそこそこプレイしてますから、サンドバッグだと思わない方がいいですよ」


「言ったわね。いいじゃない。そういう自信を持って向かってくる子をボコボコにしてプライドへし折るのが対戦の醍醐味だもの。やりましょう」


 陽香さんは僕のスイッチを、テレビでもプレイできるように準備を始める。

 その間、僕は陽香さんが出してくれていたお座布に座る。


 なんとなく陽香さんの方へ視線を向けると、床に置いたスイッチのディスプレイで何やら確認しているせいで、丸いお尻をがっつりこちらに向ける四つん這いの体勢になっていた。


 暖かくなってきたから、と言っていただけに、陽香さんは薄着になっただけではなく、ショートパンツの生地も薄手になっている。

 なので、下着のラインが見えてしまっていた。


 いくらなんでも無防備すぎやしないだろうか。


 よく考えたら、異性と二人きりな空間にいるわけで、今度は僕の方が自然体でいられなくなりそうだった。

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