第1話 女帝降臨

 春。

 僕は志望校の合格を勝ち取り、晴れて新一年生として学校に通うことで浮かれていた。


 大変な高校受験を乗り切ったのだ。

 これからは高校生として、目一杯青春を謳歌しちゃうぞ~。


 なんて浮ついた気分でいられたのも、入学式まで。


 入学式が終わって、割り当てられた自分の教室へ向かっている時、ちょうど職員室の前を通りかかったのだけど、なんだか不穏な噂が漏れ聞こえてきた。


「3組の担任、今年は氷屋間ひやま先生ですか」

「大丈夫ですかねえ……3組の生徒は」


 僕のクラスの話だ。

 それにしてもおかしい。


 どうやら担任は、ヒヤマという教師らしいけれど、まさか生徒の心配をするとは。

 普通、なんだか問題児のいる教室を受け持つことになった教師側の心配をするものじゃないの?


 そんな疑問を持ちながらも、僕は初めてのホームルームに挑んだ。


 教壇に立つ担任教師は、目が覚めるような美人だった。


「今日からこのクラスの担任になる、氷屋間陽香ひやまはるかよ」


 長い黒髪は、漆黒と呼ぶのに相応しい色合いで、艷やかで美しい。

 白い肌は透き通るようで、身長は高く、スーツ越しながら細身とわかる。

 それでいて、上着越しでも胸が大きく膨らんでいることがわかった。

 タイトスカートから伸びる、ストッキングに包まれている美脚は、脚フェチじゃなくても視線を吸い寄せられてしまいそうだ。


 男子なら誰もが見惚れるだろうし、女子だって憧れの眼差しを向けってしまいそうな、そんな美人教師だった。


「これから一年間、あなたたちは私の生徒です」


 透き通るような綺麗な声。このままASMRとして売り出したらいったいどれだけ莫大な利益を生み出すことか。


「つまり、あなたたちはこれからの一年間、私の所有物ということ」


 所有物……?


「所有されている人間が、所有している人間に対して文句をつけることは、決して許されないわ」


 ドン、と強く黒板に拳を打ち付ける先生。

 この時点で、クラスの空気は凍りついていた。


 魑魅魍魎が跋扈する魔窟に迷い込んでしまった気分だ。


「私が目指すのは、完璧なクラス。無断欠席、遅刻はもちろん、成績不振、クラスメイト間のいじめや中傷や陰口、そして不純異性交遊を、私のクラスでは決して許さないわ。見つけ次第、厳罰を与えるつもり」


 立派なことだ。

 けれど、僕たちへの圧が強すぎる。


 まるで、お前ら絶対やらかすだろ? やらかすんだろ? おおん? と言わんばかりである。


 氷屋間先生は口元だけ笑みのかたちをつくり。


「でも安心して。私の言う通りにすれば、あなた方は何に苦しむことのない、安心した学校生活が保障されるから。一度きりしかない高校生活を、目一杯楽しむことね」


 わーい、高校生活が楽しみだなぁ!

 なんて無邪気な雰囲気には、もう絶対になれなかった。


「文句ないわね?」


 静かに、じっと睨みをきかせる美人教師。


「このクラスのみなさんは、返事もできないのかしら?」


 僕たちは、その迫力に恐れるあまり、「はい……」と漏らすように口にすることしかできなかった。


 僕の一年は、これからどうなってしまうのだろう?

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