せんぱいとデート!/後輩とデート

第36話(美沙視点)



 休日の駅前は人で混み合っていた。通行人が絶え間なくわたしの前を横切っていく。

 目線を上げると、生憎と曇り空だった。降水確率はゼロに近いとニュースサイトに書いてあったから傘は持ってきていない。

 自分の容姿を手鏡で確認して、よし、と呟く。変なところはなかった。

 手鏡を鞄に仕舞いながら、ここ数日のことを思い出す。


 姫子せんぱいにベタベタされ、我慢の限界を迎えたわたしは、胸の内をぶちまけた。どうやらわたしは、極度の不安に陥ると強い言葉を使ってしまう傾向にあるらしい。

 一昨日だけではない。姫子せんぱいと初デートした時もそうだった。わたしは自分の嘘を棚に上げ、せんぱいだけを嘘つき呼ばわりした。あれは本当によくなかったと思う。猛省している。


「……気をつけよう」


 胸に誓った。

 ナンパに声を掛けられ、スマホを取り出して無視した。男の背中が消えるのを待ってから、溜息をつく。

 ……せんぱい、早く来てくれないかなぁ。

 二十分早く到着していた。流石に早く来すぎたかもしれない。でも、遅れるよりはましだと思う。


「それにしても昨日のせんぱい、格好良かったなぁ……」


 独りごちる。

 一触即発の空気の中、姫子せんぱいが颯爽と現れ、事態を丸く収めてくれた。正直なところ、せんぱいが人間関係の問題を解決できるとは思わなかった。他者の心に寄り添おうとしない人だから……。


「美沙」


 ふいに背後から声を掛けられ、びくりと体が震えた。慌てて振り返ると、姫子せんぱいが立っていた。

 白シャツにデニムというラフな格好だった。動きやすさ重視で来たのだろう。シンプルだが恐ろしく似合っていた。ファッション雑誌で表紙を飾れるレベルに仕上がっている。


「私が格好いいって呟いてたわよね」

「え……」


 聞かれてたのか。

 頬が熱くなる。


「美沙の言う通りよ」

 

 姫子せんぱいは、どやっとした顔を浮かべた。

 

「私は格好いいの。よくわかっているじゃない」


 苦笑が漏れる。

 姫子せんぱいのこういうところ、可愛いんだよなぁ……。惚れているからそう感じるだけだろうか。

 自分で言うことですか、と突っ込みを入れつつ、二人並んで歩く。服のセンスを褒めたら、「知ってる」とまたドヤられた。

 姫子せんぱいは、淡々と足を進めていた。格好いいなぁと胸の内で呟く。いつ見ても美人だった。

 そういえば、姫子せんぱいには非公式ファンクラブがあり、ファンサイトまで運営されていると聞く。クラスメイトも会員になっていた。


「せんぱいって自分のファンクラブがあるって御存知ですか?」

「知ってるわ」


 つまらなそうに言う。


「うちの学校だけでなく、他校の生徒も加入しているみたいね。百人以上いるみたい」

「詳しいですね」

「たまに見てるから」

 

 え、と目を見張る。


「巡回してるんですか? 自分が褒められているところを見るために?」


 うへぇ、となる。


「何よその目は……。いいでしょ別に。私は放任してやってるのよ」


 信号に捕まったところで、姫子せんぱいは何かに思い至ったようで、こちらに目を向けた。


「美沙の服も可愛いわよ」

「えっ、ああ……。ありがとうございます。嬉しいです!」


 感謝の言葉を口にしたら、ちっと舌打ちされた。


「え? なぜ舌打ち?」

「こういうの慣れてないのよ」


 難解な数学の問題を前にしている受験生のような顔で呟いた。

 これまでの人生で褒められた回数は数え切れないほどあったに違いない。しかし、自分から人を褒める経験はしてこなかったのだろう。女子同士のさりげない褒めコミュニケーションにまだ慣れていないのだ。

 可愛いな、と呟く。

 どんどん姫子せんぱいのことが好きになっていく。知れば知るほど、愛おしさを感じた。

 それと同時に、不安も大きくなっていく。どういうつもりでわたしと一緒にいるのかと、また二日前みたいに詰めたくなった。でも、それでは同じ展開になってしまう。

 ゆっくりでいい。焦る必要はないのだ。

 わたしはただ、姫子せんぱいの隣にいられるだけで幸せなのだから。

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