第19話


 ゲーム機のセッティングが終わり、レースゲームを始める。

 結論から言うと、姫子せんぱいはド下手だった。

 逆走とコースアウトを連発して、五回連続最下位を取った。

 ここまで下手な人間を見るのは初めてかもしれない。

 ちなみにわたしは、三位、二位、それ以降はずっと一位を取り続けていた。

 姉に付き合わされて何度もこの手のゲームはしているから慣れたものだ。


「このコントローラー、壊れてるみたいね」


 姫子せんぱいがボタンをかちかちと鳴らしながら言う。 


「交換してもうひとレースしましょうか?」

「そうね」


 結果は同じだった。


「こっちも不良品みたい。メーカーにクレームを入れようかしら」

「せんぱい……」

「なによその目は」


 もう一度やるわよ、と睨まれた。思いのほか負けず嫌いらしい。

 コツを教えながらレースを重ねる。十回目で初めて順位で負かされた。


「ふ。これが私の実力よ」


 胸を張っている。よほど嬉しかったのだろう。子供みたいだ。

 

「上達が早いですね~。流石です」

「もうあなたの指導は必要ないわ」


 姫子せんぱいは、こちらに挑発的な目を向けてきた。


「次負けたら罰ゲームだから」

「え~……。別にいらなくないですか、その要素。普通にやっても面白いですよ」

「負けるのが怖いの?」


 ベタな挑発だ。


「罰ゲームって具体的にはどうするんですか?」

「負けた方が勝った方の言うことを何でも聞く――というのはどう?」

「え! 何でも!」


 声のトーンが上がる。


「乗り気になった?」

「そ、そうですね~。じゃあ、いっちょやりますか。負けませんから」


 拳を掲げながら言う。

 何でも……。何でもかぁ……。

 姫子せんぱいの唇に目が向かう。

 キスしてください、と言ったら、キスしてくれるだろうか?

 いやいや、待て。待つんだ。

 そんな命令を出したら、変質者を見るような目を向けられてしまう。おまけに、


「キモイ。死んで」


 なんて言われる可能性すらある。

 ……まぁ、それはそれで言われてみたい気も……。


「美沙?」


 声を掛けられ、はひ、と変な声が出る。


「大丈夫? あなた、さっきから変よ?」

「そ、そうですかね。普通ですよ、フツー。それより、早くやりましょう」


 コースが選択される。

 これまでのレースはすべて遊び。ここからが本番だった。

 ポケットの中で手汗を拭い、コントローラーを持つ。

 滑り出しは順調だった。あっさりと一位に躍り出る。しかし、CPUにアイテムを使用され、五位に転落した。姫子せんぱいは三位だ。

 変わらぬ順位のまま最終コーナーに入る。あと数十秒で決着がつくだろう。

 このままだと負けてしまう……。コントローラーを持つ手に力が入った。

 姫子せんぱいは余裕の表情だ。本当に上達が早い。最初の頃と比べ、見違えるようだった。

 神よ、と祈りながらアイテムを入手する。いいアイテムを引いた。

 わたしは逆転の望みをかけ、ベストなタイミングでアイテムを使用した。


「あ」


 姫子せんぱいに攻撃成功。そのまま全員を追い抜いてゴールする。

 一位だ。


「やった~! 勝った!」


 嬉しさのあまり腰を浮かしてガッツポーズを取る。よしよしよし、と心の中で連呼した。


「喜びすぎじゃない……?」


 ドン引きされた。

 ふう、と息を吐き出す。全身から力を抜き、頭を働かせた。

 ここからが悩みどころだ。

 キスしてくれとは流石に言えなかった。下手したら関係を解消されてしまうかもしれない。リスクが高すぎる。

 とはいえ、「ゴリラの真似をしてください」みたいなネタに振った罰ゲームはもったいなかった。見てみたい気持ちはある。だが、チャンスをふいにはできない。二度とこういう機会は訪れないかもしれないのだ。

 ネタとガチの中間――そこで妥協すべきだろう。

 内容を頭の中で確定させる。

 わたしは笑顔を浮かべて言った。


「膝枕してもらえます?」


 姫子せんぱいは、何も言わなかった。冷ややかな目をこちらに向けてくる。

 責めるような目だった。少なくとも、わたしにはそう感じられた。


「あ……」


 声が漏れる。わたしは色を失った。貧血を起こした時と似たような感覚に苛まれる。

 しくじった。

 いきなり膝枕してくれと言われたら、普通は引く。なぜそんな当然のことに思い至らなかったのか。浮かれすぎていたのかもしれない。最悪だ。時間を巻き戻したい。

 手の震えを抑え込むようにしながら口を開く。


「え、えっと。これは違くて――」

「そんなことでいいの?」

「えっ」


 姫子せんぱいは小首を傾げ、まじまじと見つめてくる。


「美沙のことだから、もっと卑劣な罰ゲームを要求されると思ってた。案外、ぬるいのね」


 白い手でスカートの皺を伸ばすと、腕を広げた。

 頬を緩めて言う。


「いいわよ、来て」

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