第10話

 一年三組の扉を開くと、たくさんの視線が私にまとわりついた。珍しい存在が来て下級生達は浮足立っているようだった。


「あの、ご用件はなんでしょう?」


 近くの女子生徒が声を掛けてくる。以前、美沙の話をしてくれた眼鏡の子だ。


「美沙に会いに来たの。いるかしら?」


 眼鏡の子が窓際に目を向ける。美沙が座っていた。こちらを見て目を見開いている。私が来るとは思っていなかったのだろう。驚きの色を浮かべていた。

 友達の輪から抜け出して歩み寄ってくると、私の前に佇んだ。


「何かご用ですか?」


 怪訝さを隠そうともしないで訊いてきた。


「弁当はもう食べちゃったので、せんぱいにあげられる分はありませんよ?」

「ちょっと話したいことがあったの。今、少しだけ時間をもらえる?」

「えっと……」


 困ったような顔をした。たぶん断りたいのだろう。私は先手を打つことにした。


「いいでしょ。これまであなたの言う通りにしてきたんだから。たまにはこちらのお願いも聞いて。少しでいいから付き合ってよ」


 周囲から、どよめきが起こる。先輩である私が下手に出ていることが意外だったのだろう。多くの生徒がドラマの山場を見て興奮する視聴者のような顔をしていた。変な噂が立つかもしれない。

 断りづらい空気にあてられてか、美沙は渋々といった感じで「わかりました」と頷いた。

 二人で教室から離れる。


「どういうつもりですか」


 ぶすっとした顔で言う。関係はすでに終わっているでしょ、と目だけで訴えかけてきた。

 私は素知らぬ態度で言った。


「あなたは私を嘘つき扱いした。覚えてる?」

「そうですね、実際そうでしたから。それが何か?」

「その件で話したいことがあるのよ」


 空き教室に入ると、中はがらんとしていて静かだった。カーテンが閉め切られているので薄暗い。私たちは教室の中央で向かい合った。

 美沙はふてぶてしい態度で佇んでいる。早く終わらせてほしいのだろう。

 私はスマホを取り出して、スクショした画像を数枚まとめて美沙に送りつけた。ぴろりん、という通知音が響く。美沙は億劫そうにポケットからスマホを取り出し、送られてきたものを確認した。

 眉間に皺が寄る。すべてを読み終え、怠そうな態度でこちらを見つめてきた。


「なんですかこれは……」

「はやてマンのブログ記事のスクショよ」

「それはわかってますよ。なぜこんなものを、と訊いているんです」

「美沙が話したA子の件とは明らかに乖離がある。どういうことか知りたかったの」

「はあ。そんなことですか……」


 美沙は呆れの色を濃くした。


「単純な話ですよ。そっくりそのまま書いたら、特定されちゃう恐れがあるんで嘘を入れたんでしょうね。ネットリテラシーのある人間であれば、当たり前の予防策だと思いますけど」


 少し苛立っているようだった。言葉の節々に棘が感じられる。


「つまり、自分の話がすべて真実で、お姉さんの話には嘘があるということ?」

「そうですよ」

「それこそ嘘ね」


 私は断言した。美沙が目を細める。


「仮に美沙の話がすべて事実だったとする。そうすると、お姉さんにとってA子は単なる妹の友達でしかなくなる。その割にはA子のことを知り過ぎているし、気にしすぎだと思うわ」

「自分に近しい人に置き換えた方がいいと思ったんでしょうね。その方が問題提起としてわかりやすくなりますからね。わたしから聞いたところ以外は全部姉の創作ですよ。知ったつもりで書いているだけです」

「問題提起をしたかったのなら、なおさら真実と近く書くべきじゃない? 本当は死んでいるのに今では立ち直れて、クラスメイトに恋をしているなんて書くとは思えないわ。無神経すぎるし、問題を矮小化している。あなたのお姉さんは、そんなに不誠実な人間なのかしら? 私はお姉さんが大きな嘘をついているとは思えない」

「……」


 痛いところを突かれたと思ったのか、美沙は口をつぐんだ。その反応を見て自分の考えに確信を持った。


「お姉さんにとって、A子は重要な人物なんでしょうね。だからこそ、わざわざ記事にした。そして、人物が特定されないように『遠い親戚』と書いた。遠い親戚という部分にしか嘘は含まれていないんじゃないかしら。地元を離れ、人間不信を克服して女子校に入り、クラスメイトに恋をしたという部分は事実みたいね」


 間を置いてから続ける。


「A子って美沙のことでしょ」

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