第6話 宿直室

 アイマスクの向こうに現れた男の顔は、声の張りから想像していたよりも老け込んで見えた。頭や口髭には白髪が目立つ。

 終始落ち着いた口調で語る男の話は、にわかに信じ難いものだった。

 自分たちは、政府の転覆を目論もくろむ地下組織のメンバーだと言うのだ。


 政府の転覆!

 なんと前時代がかった言葉だろう。


 男は組織の活動内容については淡々と語っていたが、政府の転覆という言葉には、その男自身、現実味をとぼしく感じているのか、どこか気恥ずかしそうに言い澱んだ。


 だがそれでも、男たちの行動それ自体は、若い頃のヤンチャを照れ臭そうに語る中年のごとのレベルでは済まなかった。

 彼ら組織の活動には、僕でも知るような大きなニュースとなったテロ行為も含まれていた。

 どんな馬鹿げた思い込みであっても、それが現実に牙をいたとき、誰にとっても絵空事ではありえないのだ。


 馬鹿げた思い込み。

 そう。男からそれを聞かされたとき、最初はそんなふうに思わざるを得なかった。


「何故、そこまであのロボットにこだわるんです?」


 それは、市の全域に配備されているごみ丸くんの居所をリアルタイムで把握している、と男が誇らしく説明していたときだ。

 僕の問いに対し、男は不思議なものでも見るように僕の瞳を覗き込んだ。まるで正気を失くしているのは僕の方だと言いたげな目で。


「まさか、まだ気付いてなかったのか? アレが監視者なんだぞ?」

「そりゃ監視してるでしょう。だから僕はこんな山奥まで来る羽目になったんです」


「違う。現にやつらはここまで君を追って来ただろう? ずっと前から奴らは君がやろうとしていることに気付いてたんだよ」

「……それは、行動分析みたいなものですか? トラックに物を積み込む動きが監視カメラか何かに映っていて、そこから……」


 僕は昨夜の自分の行動や周囲の状況を思い起こす。

 青ざめる僕に対し、男はことさら穏やかな声で、聞き分けのない孫に言い含めるような優しい声でこう言った。


「そんなチャチなものじゃない。アレは人間の心を透視する機能を持っているんだ。今のところはまだ、という考えしか読み取れないが、技術は進歩し続けている。街の清掃はあくまで建て前だ。奴らは、じきに人間のあらゆる思考をトレースできるようにアップデートされ、俺たちの心を丸裸にするだろう。

 なあ、言ったはずだぞ? 俺たち組織があらがっている相手は管理社会そのものだと」

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