第43話 【巨人の去り際】

 平次は、見世物のフィナーレだな、と一人呟いた。

 茅が波瑠止へ縋り寄っている。

 その姿を美しいものだと彼は思う。

 が、柳井は決して助かるまいとも思っていた。


「結局、骨董品を使ったか」


 平次が声をかけると、林は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。


「……お借りした無人兵器で理解しました。彼は、強かった」


 であろうよ、と内心であったが平次も同意する。

 平次から見ても、柳井と言う男は薄気味悪い存在であった。


――武芸の冴えは年齢並、鍛え方は中の上、反射神経は征紋持ちとしては普通。


 だと言うのに、目の前の男は強かった。

 それは覚悟からであろうと、平次は予想をつけていた。


 古い旗本や、名家の家臣は傷を負うことを是とする価値観を持っている。

 技術が拙かろうが、才能が並であろうが、奴は一歩たりとも引かなかった。

 こと気迫だけは超一流であったのだろう。

 それでも、珍しくもないのだが小さな違和感がある。

 

 無役、貧乏旗本にしては、武芸が洗練されていやしないか?

 それに何かを隠してる気がする。特に、出紋のスペックが疑わしい。


「勝ちましたぞ」 


 林の声に我に帰った平次は、思考を戻す。


「そうか。こちらも、骨董品の動作確認が出来た」


 平次は林に渡してやった快楽兵器の成れの果てを見る。

 コピー元は製造から数世紀は経っていたが、そのアンプルは有効であった。


 快楽兵器、テミスト条約で禁止されたが、所持や研究までは禁じられてない。

 自身の保険として持たされたソレの効果は凄まじかった。


 快楽兵器の兵器としての仕組みは、ごくごく単純である。

 元々が高濃度VNM液でしかないのだ。

 しかし、これが敵に着弾なり付着なりすると……即座に作用する。


―――脳内体内のありとあらゆる報酬系の短絡的なバイパス、および電子回路で言うショートによる過大な電気信号の流入を引き起こさせ、対象を卒倒させる。


 快楽兵器は、ある種完璧な兵器である。

 汚染もなく、痛みもなく、二次被害を起こさない。

 ただ快の奔流がその身と脳を焼くだけである。


 だが、こと征紋保持者へは特効を果たした。


 征紋保持者やサイボーグだと生身とは話が違うのだ。

 積み上げた回路の分だけ、その威力が加算されるのである。

 ダメージは生身の倍だ、下手すれば脳死も有り得た。

 

……もっとも、それ故に使用が禁じられたのだが。


 非VNM保持者でも後遺症を残しかねない、快楽兵器。

 往時の性能そのままに、正しく征紋の天敵として機能した。

 

 実戦での動作実験を済ませて、これも報告できるなと平次は思う。


「……これで、私は」


 ふと林が震えるて呟くを聞いて、平次は更に林への興味を失くした。

 この男、官吏としては役立つのだろう。

 だが、平次からすればそれだけの話である。


 立場が人を作ると言う。

 が、この男の言葉には柳井の指摘通りの欠陥があった。

 立場を得て何をするか?

 それ大いに欠いてとしか思えなかったからである。

 

 他人より優れても、何をするかも決められぬ。

 あるいは至るだけか、手段を目標とした輩。


 決断と判断、そして立案が出来ぬモノは役に立たない。

 例え深い教養があっても、有害でしかない。


 ただ平次には林の話を完全に否定出来ない立場だ。


 彼もまた、大局観を持たぬ奴が多いことは理解している。

 明日を見ぬ今しか見ぬ政治家は吐いて捨てるほどいるのだ。

 

 だからこそ、相対的に柳井を好ましく思っていたのだが……


 そうして物思いに耽る平次の耳が、女の声を拾った。


「許さない…絶対に、許さない」


 林が人質にし、波瑠止を参加させるためだけの女だった。

 平次は、平民にしては整った容姿のその女を見た。


「許す? 何故私がお前に許されねばならない? 不遜であろうよ」


 平次の物言いはこれまでと変わらない。

 だが、女はまっすぐに平次を見返し、言った。


「思いを踏みにじる、ソレが許されるわけがない!」


 青臭い、そう平次は思った。

 嫌いではないが、この場では相応しくない。


「悪趣味と呼ばれることは理解しているが、私にとっては奴も林も同類だ」


 無視しようとした。

 なのに、自分がそんな言葉を吐いたことを平次は意外に思った。


「波瑠止が、あんたに敵わないことを理解してない訳がないでしょう! 私の為だから、家臣の為だから無理したのよ!」


 この言葉に、返事したのは平次でなく林だった。


「だが、その男は結局家を蔑ろにしたぞ」

「台無しにしたのは誰のせいよ!」


 泣きながら、茅は吠える。


「林、貴方もよ! 無理やり陰謀に巻き込んで、邪魔になったら殺して、さぞいい気分よね! それで天下を統べる? 笑わせるわ! 小僧一人仕留めるのに、五閥の力を借りて……あんたは小物よ」


 その一言に、林は激高して女のほほを張った。

 それを見つつも、平次は良く言ったと感心していた。

 負け犬の遠吠えだが、勝者にケチをつける姿は良い。


「黙れ! この場で――」


 林が護身用の熱線銃を抜いたところで、平次は口を挟んだ。


「やめよ。主の死で衝撃を受けているだけだ」

「ですが」

「小娘一人、殺すのも無粋」

「何をおっしゃる?!」

「聞けないのかね、未来の管領殿」


 平次はそう言って、背を向けた。

 どうせ殺すだろうなと悟ったからだ。

 ああ、これだから勉強しか出来ない輩は嫌いだ。

 己の感情というものに無頓着であるからして。


「楽しかったぞ。後は貴様が差配せよ。こちらはこちらで後始末だ」


 そう言いながら平次は、まだ中身が残る酒瓶を片手に取る。

 そのまま彼はヘリポートへと通じる道を歩いてく。


 悪い気分ではなかった。

 見世物の出来は上々、探題の官吏に鈴をつけた。

 思い付きのきっかけとなった、不遜な旗本も結局始末した。


 ああ、あとはメディア各社を揺さぶって、政治工作で終わりか。

 苛立ちやら不燃焼感は、伊達の姫でも攫って慰み者にすれば晴れようか。

 そうして、平次が外へと通じる扉に手をかけた時だ。

 唐突な、銃声が響いた。


……だが平次は林がやったと思い、脚を止めず―――反応に遅れた。


 破裂音を立て、酒瓶が破裂する。

 彼は珍しく驚愕で目を見開きながら振り返った。

 立っていたのは―――在り得ない男であった。


「はははははははっははははっはあ!」


 平次は、心の底から笑った。

 笑わせてくれる。そう言う展開はな、物語の中だけだぞ、柳井。

 なあ、お前はなぜ立つ?


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