第41話 それでも進む

 戦法は西暦以前の蛮族に逆行していた。

 それでも、波瑠止は進んだ。

 変わった事は、一つある。


 映像が代り映えしないことに飽いたのだろうか?

 平次がハックした館内放送だろうか?

 それともドローンの外部音声からか?


 何処から平次か林が波瑠止へ、話しかけて来た。

 時に林に代わることもあったそれを聞き流しながら、彼は進む。

 高層階へ、あと少し。恐らく上にいるはずだ。

 そう信じて彼は廊下を進む。


『……粗にして野なるもがきだな、柳井』


 波瑠止は即座に匕首でドローンを撃ち落とす。

 だが、平次は気にすることもなく続けた。


『出刃打ち、か。隠し持つとは芸が細かい』


 うるさい、黙ってろ。


『そう言えば、あの時もそうであったな。暗器が得意なのか?』


 波瑠止は堪えず、落ちたドローンを蹴りつけてから、先へと進む。

 そのドローンからは平次の声が聞こえなくなった。

 しかし今度は別の箇所から声が響く。

 林らしい。


『引け、柳井!』

「お前が言うか、卑怯者!」


 激昂して波瑠止は言い返す。


「背後でこそこそしやがって、この蛆虫が!」

『怒りを抑えろ。選択肢を私は提示したぞ?』

「そりゃ解釈違いだな、舐めたら殺す、それを知らんのか」


 問答と言うよりは罵声を浴びせるだけ。

 だが、今回の林はしつこかった。


『次の敵はお前では勝てん。引け』

「命を惜しんでやってるんじゃねえんだ!」

『この私にも成すべきことがあるのだ!』


 波瑠止は罵倒する。


「は、薄汚いお前の夢なぞ知るかよ」

『貴様には解らんだろう。ただ、これはどうだ?』


 波瑠止は視線を前に向け、轟音を聴きながらソレを視認した。

 ホテルの一室からドアを飛び出した、ソレ。


……チェーンガン装備の小型歩行戦車がそこにいた。


 警備用のAI兵器でない!

 正規戦や紛争で使用されるものだ!


 波瑠止は、躊躇なくロックされた部屋のドアへと斧を叩き込む。

 チェーンガンが唸りを上げ、照準を合わせる。

 鉛のシャワーが放たれる前に、彼はドアを蹴飛ばす。

 そうして滑り込むように波瑠止は部屋へと飛び込んだ。


『獣だな!』


 林に代わり平次の高笑いが響くが、波瑠止は生きた心地がしなかった。

 大口径の実体弾が破裂音を奏で、内装をメチャクチャにする。

 波瑠止は逃走経路確保の為、匍匐前進で窓へと近く。

 

 室内調度品のランプが頭に落ちてきた。

 しかし庇ってる暇はない。

 敵が己を見失ってると信じて、彼は立ち上がる。


――ためらいは一瞬、波瑠止は武器の消防斧を窓に打ち付けた。

 

 しかし一度では強化ガラスは割れず、蜘蛛の巣のようなひびが入るだけだった。

 実弾の貫通痕が残るのに、しぶとい。

 音か、センサーか、小型歩行戦車が動く音がした。


 再度、渾身の力で窓へと消防斧を叩き込む。


 ようやく窓ガラスを分厚い刃が貫通した。

 強化ガラスは真っ白に染まってから落下する。

 背後で聞こえる死の銃撃の前兆を耳にしながら、波瑠止は外へと乗り出す。


「……っくっそ!」


 安全帯無しの、フリークライミング。

 何度もやったことだが、今回は時間も余裕もない。

 波瑠止は指先を痛めつつも、そのまま移動する。


「くっそ!!」


 なんとか空調設備階へと飛び込むと、波瑠止は座り込んでしまった。

 息が切れた、眩暈もする。流石の彼でも、今は動けない。


『……思い切りが良いなぁ、柳井』


 しかし、ここの監視カメラも平次の知るところであった。

 スピーカー越しに、辛辣な言葉が彼へと投げつけられた。


『だが、そこまで頑張る程の女か?』

「黙れ!」


 疲労と我慢の限界から波瑠止は吠えた。

 しかし、ソレこそ平次の望んでいたことらしく奴は続けた。


『いや言わせてもらおう』


 嗜虐が滲んだ声であった。


『お前も旗本なら上を知っているだろう?』


 五月蝿い、波瑠止は顔を上げた。


『確かに美しいが、アレは替えが利くくらいであろうよ』


 黙ってろ、波瑠止は立ち上がる。 


『そしてお前の武勇なら、幕府軍での栄達も望めるのでは?』

「違う!」


 そうして彼は吠えた。

 しかし即座に平次が否定の言葉をぶつける。


『違わないとも』


 言うな、聞くな。波瑠止は顔を歪める。


『お前の一方的な思い込みで懸想しているだけとは思わないのか?』


 無視しろ、迷うだけだ。 


『本当にお前を思っているなら、死を持って面倒を避けるだろう?』


 遂に波瑠止の顔が、どす黒く染まる。


「お前に何が分かる!」


 傍観者ぶる、お前に理解されてたまるか!

 ただ波瑠止の怒りは平次には届かない。

 むしろ、その抵抗さえ楽しんでいた。


『分からないが、想像はつくものだ。

 一途なお前だ、奥手で初心だから他の女を知りもせず、持ち合わせた独占欲を愛と誤解する』


 平次は止まらない。


『して、そんな己に酔っている。酔っているから、このような阿呆で無謀な戦いに出る』


 波瑠止の返答は、残り少ない実弾銃での一撃だった。

 監視カメラとスピーカーをぶち抜いた、波瑠止は言う。


「分かってたまるか、クソめ」


 波瑠止は己が異常だと理解している。


 己は良心と自重の一部が揮発しているようだ、そうらしい。

 分別が付くようになる頃には、自分の欠点くらい理解していたさ。


 そして、それに大きく悩んだとも!

 今でも、人の気持ちが分からない時が多々ある。


……だが、そんな自分でも信じてくれる人がいるのだ。


 波瑠止にとって、それは家族であったし、腹心かつ親友のジョージであった。

 茅も、そうだ。

 

 自分の持ちえない柔らかな感情を持っている彼女。

 自分を知ってくれる異性が他にいるだろうか? いや、いない。


 一方的だと痛いほど分かっている。

 自分に足りないことなら苦しいほど知っている。

 見捨てるべきなのも知ってるんだ。


 それでも、茅でなければダメなのだ。


「……待ってろ」


 ガラスの破片で切ったほほを拭い、波瑠止は気合を入れる。

 

―――最上階まで、あと少し。


 波瑠止は消防斧を杖にして立ち上がった。


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