第17話 借金コネコネ

 癖を直すのも手間がかかる。

 なら長年の慣習、それも半ば伝統となったものを直すなら? 

 どれほどの苦労が掛かるのか考えも予想もしなかった。


………長年の赤字体質の改善と、借金返済。


 無理課題に取り組む羽目となった波瑠止。

 今彼は、柳井本家の別宅で頭を抱えて唸っていた。



 ダークトーンで纏められた部屋だった。

 この時代に不釣り合いな、ディスプレイの為だけに作られた本。

 それらが収められた書架が壁いっぱいに並んでいる。

 先々代の趣味人当主が作り上げた書斎である。

 そこを、波瑠止は執務室代わりとしていた。

 なおデカいテーブルがあるから選んだだけで深い意味はない。

 静かな空気が流れるべきである場所だが、雰囲気は非常に悪い。

 

………その原因は、重厚なテーブルの上に投げ出された端末である。

 

 そこにダウンロードされた資料を見て、波瑠止は呻いた。


「……現金が足りない。必要経費と借金の利息で飛んでいく」


 そう波瑠止は言ったが、本家の財産がない訳ではなかった。

 10億ガネーは現金として持っていたのである。

 資産価値のある動産・不動産も合計すれば、50億ガネーは届くだろう。

 けれども、地方自治体としたら金がない方だった。


「どうなさいます?」


 ジョージが入れた紅茶を舐めるように含みながら、波瑠止は言う。

 なお、茅に醜態を見せたくない。

 と、両者の意見が合致して茅はこの場から外ずされていた。


「知ってて言うなよ! 徳政しかないだろ?」


 吠えるように波瑠止が答えたが、彼の脳裏には苦い記憶が思い出された。


 波瑠止は自分が賢くないと理解していた。

 自分は例外と、若者らしい感覚も早々と捨てていたこともある。

 なので彼は見栄や面子は気にしつつも、近くの人間を頼った。


 そうして行われたのが、分家柳井宅での少数会議であった。

 主役の波瑠止。そして和止、止正。

 その他、マシュー当主とマシュー姉弟。

 マシュー家の参加は姉弟の今後の身の振り方の為である。

 侃侃諤諤と会議は揉めた。だが結局、徳政しかないと誰もが悟った。


 波瑠止とて無理なことは分かっていた。

 しかし如何にもならないと言う事実は、彼を苛んだ。

 ジョージはそれを知りながら、再度指摘する。


「美術品はどうでしょう?」

「伝来の物品の質入れを、家臣どもに反対された」

「軍艦……の削減は?」

「新規購入は止めたが、モスボールが増えただけだ」


 波瑠止は止正から本家の兵器や美術品について聞かされていた。

 本宅が吹っ飛んだとは言え、資産が全滅した訳ではないのだ。

 そう、蔵や倉庫に収められた物品まで失ってはいないのだ。

 また兵器としての軍艦も、それなりの数があった。

 だから柳生本家の財布は素寒貧ではなかったのだが……


「結局、徳政に向けて現場を動かしてる」


 彼は財務部門らとの秘密会議を思い出した。

 数字を扱う人間は、悟った表情であったと記憶している。

 それがまた波瑠止のプライドを傷つけた。

 無能だとは言われない。が、何も変えられないと言われた気がしたのだ。

 勘違いであるが、思い出して機嫌が悪くなった。

 そうして彼は爆発した。


「どうせいって言うんだ、こん畜生!」


 波瑠止は椅子を蹴飛ばし立ち上がる。


「親父に喪主は頼んでやったが、葬儀費用は俺持ちだ! これで1億!」


 目が血走った波瑠止は続けた。


「で、行政の賃金未払いに、止まった公共サービスの補填で5億!」


 波瑠止は紅茶のカップをひっつかみ、溢しながら飲み干す。


「家臣筋や使用人への見舞金で4億!」


 血走った目で唾を飛ばす姿は、ヤバい人そのものであった。


「1億しか手元になくて、650倍の借金をどう返せって言うんだ?!」


 柳井領の赤字は、凄まじい。

 太証甲部(太陽幕府証券取引所一部の略)に上場する企業の利益相当なのだ。

 おまけに人員は絶頂期から据え置きなので、役所も武士も過剰人員。

 人件費だけでもゾッとする額であった。

 

「林、じゃなくて端白星探題のクソヤロウは何を考えてんだ!!」


 血縁関係あるからと、一方的にぶん投げられた波瑠止は追い詰められていた。

 これで知行地が黒字だったら?

 未成年の旗振りでも破綻を凌げたかもしれない。

 

 が、たらればの話である。


 ないないづくしでストレス山盛り。茅がいるから投げだしてないだけである。

 更には御用商人のコマロクの動きも不審だった。

 仮にも領地の鉱山の差配で成長したのに、だ。

 コマロクは代替わりと同時に距離を取った。

 義理もクソもない、そう波瑠止は憤慨する。


「どうにかできます」


 ただ、従者のジョージはそう明言した。


「何故だ? 悪いが俺はVNMが添付されただけのケツの青いガキだぞ!?」


 主たる波瑠止は、錯乱気味にそう喚いたが、ジョージは否定する。


「波瑠止様が姉に懸想した結果を私は知っております」


 波瑠止は黙った。


「私に体術で負けていたのに、努力なさったのは誰ですか?」


 地味にマウント取りつつも、従者は続ける。


「金づちでも問題ないのに何度も溺れながら水泳を覚えたのは誰ですか?」


 波瑠止は段々と落ち着きを取り戻していく。


「征紋を使って技能をダウンロードして終わりではありません」

「厭味か?」

「いいえ、ものにしたのは波瑠止様の努力です」


 はっきりきっぱり言って、従者は結論を述べた。 


「でなければ、先代様も当代様も姉と貴方様の婚儀を許さなかったでしょう」


 そして私も許しませんでしたしね。とジョージは加える。


「今は雌伏の時です。まだまだ若い我々の人生は長い。何とでもなりましょう」

「……諫言、痛み入る」


 波瑠止は自分で椅子を戻し、ソレに座った。


「利子をどうにかして、立て直すのが早急だな」

「はい、それが肝要かと思われます」


 激情家だが、人の話は聞ける主へジョージは諭す。


「それに、林殿や探題もこれ以上の無理は申し上げないでしょうし」

「………万年赤字で貧乏旗本も多いからなあ」

「案外、先代も【やりくり】でどうにかなると思ってたのかもしれませんね」

「やりくりねえ、だったら別口のお小遣いが欲しいもんだ」

「では危ないことでもしますか? お天道様に顔向けできないような」


 そう言ってから、ジョージは再び茶を給仕した。

 先ほどよりは落ち着いて、波瑠止は答える。


「忘八とかか? 出来るわけがないだろ。麻薬と賭博と風俗は親方金元の許可が厳しいんだ。金もないしな」


 そうして彼は茶を味わう。


「ホント、憎らしいほど紅茶を淹れるが美味いな」

「紅茶道の手ほどきを受けておりますので」


 幕府による文化庇護の一環であったか? 波瑠止は思い出す。


「まあいい、動産から現金化し、徳政で借金を踏み倒せば……数年はなんとか」


 軍艦のモスボールと売却。

 それに伴い、家臣団のスリム化も波瑠止は手を付けていた。


……とにかく贅肉を切られねばならんのだ。


 痛みと恨みを伴うが、柳井と言う組織が潰れれば全ての終わり。

 現場で甘い汁吸ってたヤツごと真面目な組織人に負担を強いる。

 だが、やむを得まい。


「……ご家来からは大不評ですけどね」


 言わせておけとばかりに、フンと波瑠止が鼻を鳴らした時だ。

 ドアベルを鳴らさず―――――血相を変えた使用人が突っ込んできた。

 

「殿、一大事です!」


 その直後、文字通り部屋が揺れた。

 屋敷の敷地で何かがあったらしい。


「御用商人コマロク商会会頭の遠藤が強訴で突っ込んできました!」


 波瑠止はジョージを見た。

 ジョージは首を振る。

 彼はカップの中身を一気飲みすると、机に叩きつけた。

 外から聞こえる喧騒とサイレンが、関係ないとは思えない。


「強訴じゃなくて、出入りだろうが馬鹿野郎?!」


 波瑠止は絶叫した。

 

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