第6話 振り向かせる為の努力は見当違い

 分家柳井の知行地である白柳谷村。

 そこは名の通り谷間にあった。

 山を他領の境としているので、地図上の面積は広いが平地は少ない。

 しかし、谷と山を抜けるトンネルが整備されており村の割には栄えていた。


………物騒な銃器用の工場が立ち並ぶ以外、典型的な金星の居住地である。


 ここの見た目は何世紀にも渡るテラフォーミングにより、地球上と相違ない。

 何もかも人の手が入っているが、人の住う環境としては上等であろう。

 厳密に言えば重力が少し違うとか、地球環境そのものではないが。

 

 けれども、この場所が金星生まれ金星育ちの波瑠止の故郷であった。


 そんな村の建物は、どの家も似たような色合いをしていた。

 これは景観保持の条例に基づいてのことで、分家柳生の祖先が行った政策だ。

 ある意味、封建制だから出来たことでもあったのだろう。

 そんな村のメインストリートから外れた場所に、大きな店があった。


 スラグ煉瓦の外観を持つ、その店の名をマシュー銃砲店と言った。


 ここは太陽幕府開闢以来の老舗でもあった。

 また分家柳井の生産する各種銃器の卸先である。

 

 メーカー生産品のみの取り扱いだけではない。

 ちょっとしたカスタム品と、目利きされた改造パーツとオプション。

 

 それらを手広く取り扱うことで、長く金星で店を構えていた。

 地元民やマニアから愛されたこともあり、他所にも知られた名店でもあった。

 

……記録が残っていないので定かではないが、分家柳井初代とも縁があった。


 嘘か誠か、マシュー銃砲店の初代の弟子か師匠だったらしい。

 なんにせよ両家は、幕府開闢三百余年、十世代の付き合いがあった。


 妾として分家柳井の家に上がることも、

 武家の嫁や婿に出すのが難しい娘や息子を出すのも、

 どちらも何度もあった。

 

 よって郎党としても、親族の重臣としても重んじられていた。

 そんなマシュー家の当代ジョージ11世の長女こそ波瑠止の思い人であった。


 その長女、名をマシュー・茅と言う。


 彼女は見目麗しい少女であった。

 亜麻色の髪は絹糸の様に滑らか、肌は磁器のよう。

 大きな瞳は母なる地球の様に青い。

 卵型の顔から口を閉じれば楚々として、笑えば子供の様にあどけない。


………肉つきはやや薄かったが、年齢を考えれば自然である。


 彼女は、太陽幕府の上位層の子女と言っても信じられそうな美少女であった。


………封建制だからだろうか? 幕府の上層ではルッキズムが蔓延していた。


 美女やら美男やらの血は毎年のように上層部の家系に取り込まれる。

 タチの悪いことに、それが終わることがない。

 この蛮行の結果、幕府上層部の遺伝子は醸造されることとなった。

 サラブレッドにも通じそうな、品種改良じみた思想。

 だが、悲しいかな確かな結果を出した。


………御大将軍の容姿が、冴えない小太り中年であったのは良く知られている。


 なのに十世代後の当代の大樹(将軍の異称)。

 彼は彫刻のごとき美貌の持ち主として知られていた。


 上層部は麻痺しているものの、譜代に近い旗本の人間もまた、同様である。

 

 おこぼれの美男美女の血を取り込んだことから、十二分に容姿端麗であった。

 無論、貧乏とは言え旗本直系たる波瑠止も同様である。

 そんな波瑠止が熱を上げるほどなのだ。


 周囲からしても茅はアイドルであり、天使であり、女神であった。


 この為、波瑠止は地元の好敵手を性別問わず全て蹴散らした過去がある。

 大人げない幼馴染ムーブを繰り返し、けん制するのは序の口。

 必要ならば【おらが村の殿サマのバカ息子】さえ演じた。


………もう見苦しいほど必死に、茅へ近づく悪い虫を全排除してきた。


 意見の相違で、シスコンのマシュー家長男と何度も拳を交えてもだ。

 とにかく彼は現状を保持したかった。ヘタレの発露である。

 

………とはいえ、彼の全ては茅の隣にある為である。

 

 必死過ぎて周囲が笑いを堪えなければならないほど、波瑠止は努力した。


「剣術の得意な人が格好いい」


 と茅が言えば、祖父に頼み込んで介者剣術と居合を取得した。


「泳ぎが得意で船を操れる人は素敵だわ」


 なんて呟きを拾えば、金づちなのにどちらも習得した。


………皮肉なことに、この姿勢から波瑠止は努力家として知られていた。

 

 この空回りの努力だったが、波瑠止本人の評価を上げることとなった。

 お家が無役だと無駄飯食いのまま無聊をかこつ子弟が多いのである。

 相対的に、真面目に努力する波瑠止の株を上げることに繋がった。


………止正や和止が茅を嫁にと許すのも、波瑠止の努力を促したからである。


 彼女が遠回しでも息子や孫の努力を促したのは間違いない。

 旗本息子にしては涙ぐましいほどの努力、苦労。

 そこまでして彼女と好ましい関係を構築してきた波瑠止。

 今彼は、一つの決意を持ってマシュー銃砲店を訪れていた。

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