第2話 不幸が巡ってきた親子

 全てが終わった後だった。

 中京城から柳井親子は倒れるようにして出て来た。

 息子の方は顔面蒼白、父親も思い詰めた顔をしていた。


……金星の管理された昼夜でも、既に夕方となっていた。


 二人はAI操作の電気自動車のタクシーを拾う。どちらも何も語らなかった。

 が、ギガストラクチャーが広がる政治経済の中心地。

 その区画から、一刻も早く離れたいのだろう。

 天まで伸びる中京城を振り返ることなく、飛び込むようにタクシーへと乗り込んだ。


「空港へ」


 そう行き先だけ告げ車内に乗り込んでしばし、時がたった。

 その間も親子の会話はなかった。

 対面するようなシート配置だったにも関わらずだ。

 高速道路へ入り、城からずいぶん離れてから波瑠止が言った。


「親父、何で俺なんだ」


 自動運転のタクシーの車内は明るい。

 だが波瑠止の声は震えていた。

 理不尽な家督相続に悩む息子の姿に父は苦しくなった。

 言うべきか、言わぬべきか。

 

……余計に不安にさせる沈黙より、たとえ予想であっても己の考えを答えよう。


 彼はそう決めてから、己の予想を口にした。


「養子として適切、だったからだろう」


 インバーター音だけが聞こえる車内で、父は息子へと語る。


「俺は分家柳井の当主を継ぐ際に、【本家の当主は望まず】と念書を書いているからな」


 止正は、重苦しく答えた。

 事実、彼は柳井本家の出であった。


……ただし三男坊である。実家より受け継ぐべき遺産も何もない身の上だ。


 それでも旗本の当主になれるなら。

 と婿養子で分家柳井に婿養子に出た過去があった。

 本来なら、この柳井親子は本家の家督と無縁である。

 

―――この親子二人の不幸の原因は本人らの選択外にあった。


 しばし前に遡る。

 柳井家、分家ではない本家柳井家。

 この家は太陽幕府を開いた御大将軍の御代からの千機持ち旗本である。

 御三家、親藩二十七門、譜代三十六門。

 それら幕府の上澄より格が落ちるものの、由緒正しい家だ。


……権力は兎も角、水星を領地として抱えた大大名外様五閥よりも幕府に近い。


 外様。つまり幕府上層と距離を置く派閥とは違うのだ。

 幕府へ忠誠を誓い、御恩と奉公を信ずる家なのである。


――さて、これら外様。上杉、伊達、デッドーリ、李、ペリエ。


 幕府から距離を置く、彼らへの監視は必要である。

 更には、いざと言う時に外様への抑止力も必要だろう。


 こうした役目を幕府から期待されたのが、初代柳井であった。

 彼が起こした柳井家は、その役目を果たす旗本として続くことになる。

 事実、当時の首都星であった金星。

 そこに複数の知行地を持つことを許されるなど、権威はあった。


……だが、どこで間違えたのだろうか?


 昨今、本家柳井家は没落気味であった。


 知行地の鉱山が枯れたからか?

 そも将軍家が火星に遷都した際に置いてきぼりにされたからか?


 今となっては詳細は想像しようもない。


 だが現実問題、代を重ねることに柳井本家は落ちぶれたのは事実だ。

 分家柳井が、なんの役も幕府より貰えないのは仕方ないとして、だ。

 遂に本家まで幕府からの役目、業務を失ったのが先代の頃である。


……負債は他家に知られるほど凄まじく、明るい未来もない。


 遅かれ早かれ知行地の経営が破綻するのは目に見えていた。


 そこで何を思ったか?

 絶望したのか? 錯乱したのか?

 

 今や誰も分からぬ。しかし当代の当主がやらかした。


 知行地の本家本宅で、先代の誕生日祝いに親族が集まったその時だ。

 当代の柳井当主は駆逐艦仕様の気化爆弾を起爆させた。

 

……ニュース映像で残った通り、柳井本宅は垂直方向に吹っ飛んだ。


 爆発は効果的であった。

 先代当代の死だけでない。

 止正や波瑠止少年の従兄弟ごと本家一門を灰燼に帰した。

 このとんでもない不祥事に、幕府は動いたのは当然であろう。

 金星を監督する御三家、端白星金元家は柳井の家の取り潰しさえ考えた。


……これが親子の不幸の原因である。


 本来なら親族の不祥事、と柳井本家の御取り潰しで終わる話であった。

 通例なら、そうであった。

 だが幕府と幕臣は何を思ったか、分家へ命じた。

 それも、本家の家督を相続するように、と。


 分家の人間にとって、寝耳に水の話ではない。


 分家は分家で別個の旗本なのだ。

 柳井親子、いや分家柳井の一同で釈明と断りを入れた。

 そうした申し上げがあったにも関わらず、それでも幕府は命じたのである。


……分家柳井の人間が、相続しろ、と。

 

「どうして、俺なんだ」


 波瑠止は呻く。

 唐突に偉くなった、それも地雷付きで。

 人生の選択も何もない。

 彼には通り魔のように不幸がやってきたとしか思えなかった。

 

――――親戚は貧乏だけど家柄含めて偉いんだって。


 そんな認識の父親の実家で不幸があり、その後始末をしろと言うのだ。

 どう考えても失敗しかない無理難題である。


「俺の子で、征紋を持ってたからだろう」 


 止正も、今回の仕置きに不自然さを感じていた。

 本家と分家は姓こそ同じだが、繰り返すが別個の旗本である。

 どちらも(本家の人間が生きてたらは否定するだろうが)幕府の底辺である。

 幕府からしたら、消えても何ら問題ない家なのだ。

 だが征紋と言う存在を惜しんでなら―――分からなくもない。

 そう止正は分析していた。


―――征紋とは、幕府において支配者階級である士分の証明である。

 

 この入れ墨の施術跡は、幕府発足当時から戦闘員の証明だった。

 当時、まだ未発達だった重力・慣性制御を誰もが利用することは難しかった。

 よって宇宙飛行士、宇宙艦艇乗りの強化として開発されたのが征紋である。

 征紋そのものは、フォン・ノイマン・マシン(以後VNMとする)の派生でしかない。


 今となっては民間では禁忌のロストテクノロジーなのだが、当時はありふれていた。


 それこそ、個人でカスタムできるような技術だったと言う。

 だが何時しか、それが身分証明となり、御大将軍の指導で士分の証明となった。

 かつては誰しもが入れられた征紋。

 だが技術離散とブラックボックス化、そしてVNMの暴走により状況が変わる。


………倫理面、危険度から幕府が厳正に管理運用するものとなったのだ。


 新たな征紋は作ることすら不可能。今やコピーのみしか出来ない。

 そんな時世であるので、たとえ底辺でも、固有の征紋には価値がある。

 柳井の家が保有する征紋。

 それが失われるのを幕府が惜しんでも不思議ではない。


――この様な背景から波瑠止少年の、柳井本家家督相続と表向きはなった訳だ。


「だけど、さあ」


 波瑠止少年は父を見る。


「親父も全角では本家の征紋持ってないじゃん。俺のは、半角だぞ?」


 止正の顔が曇った。息子の指摘は、彼も疑問に思っていた。

 繰り返すが征紋は復元が難しく、新造されるのも在り得えない存在である。

 しかし、その前提としてコピー元が正しくなければ意味がないのだ。


「前代未聞の仕置きだものな…」


 征紋が失われることは、あるにはある。

 だが半端な所持で、家督相続なんて例は止正も知らなかった。

 柳井家に連なるものとして親子ともども柳井の征紋を一応所有している。

 だが本家のそれと違い、彼らのは何角か欠いているのが実情だ。


………これは機能するどころか、後天的な血縁の証明にしかならない。


 二人とも本家のモノは止正が連枝としての証明として入れたのが全てである。

 あと、征紋の完全さで相続なら、まだ候補者はいるはずであった。


「それだけじゃない。本家の負債も知行地も全部俺のものなんてあんまりだ!」


 波瑠止少年は、一番の理不尽を嘆く。 

 止正は息子を不憫に思った。

 息子は若年ながら、とんでもない負債と領民の生活を背負ったのである。

 だが、彼も彼で息子へと愚痴ってしまった。


「お前も大変だが、俺もだぞ?」

「なんでさ?」

「お前の家督相続で、分家は継嗣なしだ……」


 分家柳井の跡継ぎは現状、波瑠止少年のみ。

 波瑠止は気が付く。父親も面倒を抱えたのだと。


「俺は後添え貰って子供を作る必要があるんだが?」


 生々しい話だが、事実である。

 医療は進み、クローニングも進んだ。

 が、それでも人口を支えるのは男と女である。


「待ってくれ、親父。となると…俺もか?」

「お前は嫁取りだ」


 親子は良く似たしぐさで、頭を抱えた。

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