第3話

 四


 深川夏雄は、幼い頃から読書が大好きだった。

 小学校低学年の頃には自分でも物語を書き始め、クラスメイトに読んで聞かせ、好評を博していた。

 文学好きの両親からもアドバイスや激励を受け、高学年の頃には、将来作家になると決心した。

 そんな夏雄を暖かく見守ってくれていた両親だったが、中学二年生の頃、あいついで重い病に罹り他界した。

 夏雄は親戚に引き取られたが裕福ではなかったから、高校生からは早朝と夜間のアルバイトを始め家計を助けた。

 体を動かすことも好きだった夏雄は、中学・高校ではバスケットボール部に所属した。

 部活とアルバイトで過酷な運動を強いられた身体はいつも疲労困憊していたけれど、読書や執筆は地道に続けた。

 奨学金で入学した大学では、文芸部に所属し精力的に作品を発表した。

 中学生から大学生時代を通してのノルマは、三日で一冊のペースで小説を読了し感想をしたためること、一日につき四百字詰め原稿用紙八枚分は執筆することだった。

 育てられた親戚の叔父叔母とは折り合いが悪く、いつも邪魔者扱いだった夏雄は、「どうせ、作家になんか、なれっこない」と何度なく面と向かって蔑まれながら小説を書き続けた。

 文学賞に応募を開始したのは、高校一年生の時。

 一次予選にも通らなかった。

 だが、それからというもの、毎年作品を仕上げては送り続けた。

 どうしても大学を卒業するまでには作家としてデビューを遂げたかったから、出版社の文芸部にも作品を頻繁に送った。

 大学の四年生になっても一向に芽が出なかったが、それでも一切の就職活動を断ち、執筆活動に専心した。

 叔父叔母からは、卒業後は家を出ること、経済的援助は一切断ち切ることを通告されたが、それでも信念は揺らがなかった。

 そして、ついに、大学の卒業を控えた二月に、辛くも文学新人賞の佳作に入選。

 運良く審査員の目に留まり、デビューが決まった。

 五月には処女作が出版され、プロの作家としての第一歩を踏み出した。

 滑り出しは好調で、デビュー後二年の間に五作を発表。

 現在では、人気作家として認知されるに至った。

 近頃では、小説だけではなく、自ら熱心に編集者に売り込んで、エッセイの分野にも手を広げ、月刊誌でスポーツ観戦のエッセイを連載している。

 夏雄はこの頃思う。

 目標の実現に自分を突き動かしたものは何だったのだろうか。

 小説家を目指すことが生きがいであったのは間違いないが、と同時に、あの日以来、逃れようとしても執拗に追ってくる呪縛こそが原動力になっていたのではないだろうかと。

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