第3話、アペリティフはシェリー酒で

随分とぼんやりしていた。

明かりが戻ってきていたが、頭が働かない。


「ありがとうございました」


スタッフのお姉さんが椅子の清掃に入ってきて、慌てて動く。ポップコーン、半分以上残してしまった。


「あの」

「こちらお済みでよろしいですか?」

「あ、はい。残してすいません」

「いえいえ。ありがとうございました」


食べる余裕がなかったとはいえ、食物に失礼だと反省。ラウンジに戻り、3つ目のピースを集めにいく。


「あの」

「チケットをかざしてください」


S席のチケットがあれば観覧後も入れるプレミアムラウンジ。受付すぐ横のショーケース。彼のサインが飾られていた。


やはり、柔らかい雰囲気の文字。若い頃の映像や最期までの主義主張からしたら過激な印象だったが、鉛筆で書かれたような文字を見る分には随分と穏やかなデータ。


いざ、中に入ってみるとかなり混んでいる。

狭い。良さげな席は埋まっている。


「お好きな席へどうぞ」


「あー、初めてでわからないので、お姉さんのおすすめの席でお願いしてもいいですか」


勧められたのは中央の2+1席。


3人まで対応可能な席だったが、まあいいかと座る。綺麗な眺望。ここでの音楽は彼の著名な作品だった。


「ウェルカムドリンクは如何なさいますか?」

「お姉さんが頼むとしたら、でお願い出来ますか?」

「スパークリングワインなど如何でしょう?今日は暖かい日ですし飲みやすいと思います」

「では、それでお願い致します」


お酒とか、俺ならまず選ばない。思考力を落とすし飲酒運転など最悪だ。


だけど長期休暇っぽい。普段と違うことをしているのだから丁度いい。


綺麗な景色に綺麗な音楽。

座り心地もいいし、このまま寝たい。


うとうとしていたら、3人組がラウンジに入ってきた。


席がないと、がちゃがちゃ喋っていてうるさい。


目が覚めた。見渡すと、席は1人席がいくつかしか空いていない。


せっかく気持ちよかったのに起こされて気分悪くなった。


彼らがばらばらに座ろうとしていたから、つい声を掛けた。


「席、交換しましょうか?1人なんで」

「え、ぉあ、はい。すいません」


この綺麗な空間でがちゃがちゃされるのは嫌なだけで、別に意味はない。


ため息つきながら交換した席は椅子のアライメントが狂っていてガタついている。


更にため息をついていたら、お酒とポップコーンがきた。ひたすらポップコーン。今度はゴルゴンゾーラ味。ポップコーン大好きなのか、彼?それとも映画館だからポップコーン?わからない。


スパークリングワインを飲みながらポップコーンを齧る。アルコール摂取したからか、強い塩味が奇妙に美味しいと感じる。


お酒と音楽というのは相性がいいというけど、確かに気持ちが緩み始める。危ないな、これ。なんというか、この空間やラウンジが彼の好みだとしたら、これはモテる。


写真など見てずっと疑問だった「彼が大変モテた理由」が、少しわかった気がした。この空間もそうだが、気取らずにでもスタイリッシュで心地いい。


彼はそれほど美形ではないのに、モテまくっている。大変著名だし、お金はあるのだろうけど、ちょっとどうかしたのかぐらいにモテまくっていた記載が残っている。


・・・正直に、奇人変人かつ環境・・・。まあ、そうだとしても魅力的だったのだろう。「ダメ人間好きほいほい」と酔っ払った思考が叩き出した解答は、とりあえず削除した。


右手の時計を見れば、最後の1ピースまで残り15分。


スパークリングワインを飲み干して次に向かう。

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