一円玉王国

田中勇道

一円玉王国

 俺は大容量のリュックサックを背負いながら家電量販店をうろついていた。旅行に行く予定はない。新しいパソコンを買うために来たのだ。


 意味が分からないと思うが、この国ではリュックサックを背負って買い物に来る客はざらにいる。というかそれが普通だ。

 パソコンはすぐに壊れないのであれば中古で充分だ。とにかく安く抑えたい。

 

 本当はネットで買いたかった。ただ、この国ではネットは存在してもAmazonや楽天市場などの通販サイトは存在しない。キャッシュカードやクレジットカード、ポイント制度もないしとにかく現金でしか買い物ができない。


「お客様、何かお探しでしょうか」


 男の店員がふいに話しかけてきた。無視してもよかったが俺は素直に「中古のパソコンが欲しい」と伝えた。


「でしたらこちらはいかがでしょう」


 店員が勧めてきたのはWindows11。見た目は新品同様で品質は悪くなさそうだが問題は値段だ。値札は税抜き価格だった。税込みだと……計算が面倒だな、訊こう。


「すみません。これ、税込みでいくらですか?」

「18782円です」


 安い方だと思うが値段に悪意を感じる。語呂が悪すぎるだろう。

 長居する気はないので買うことにした。俺はリュックサックを下ろして支払いの準備に入る。この作業が一番面倒くさい。


「お客様、お支払いの際はこちらの計量器をお使いください」


 店員はそう言って、大きなプラスチック製の籠とデジタルの計量器を持ってきた。


「50㎏まで量れます」


 俺はリュックサックの中身を確認して籠に一円玉を流し込む。ジャラジャラと音がうるさい。

 目盛りが「18.782kg」となったところで俺は手を止めた。支払いが完了して俺は息を吐いた。これだけで3分以上も要してしまった。余裕でカップラーメンができるな。

 俺は軽くなったリュックサックにパソコンを入れて店を出る。途中で親子連れが通りかかった。母親はキャリーバッグを運び、子供はリュックサックを背負っている。


「ママー、休憩したい。これ重いよぉ」

「我慢しなさい。たった5㎏じゃない」


 客の所持金が一発でわかってしまうのがこの国の特徴だ。お小遣いをねだる子どもが少ないのは容易に想像できる。銀行強盗も少ないに違いない。


「私なんて42.195㎏よ」


 マラソンに参加するつもりなのか。いや、単位が違う。

 この国のシステムを知らない人間が聞いたら意味不明な会話に聞こえるだろう。日本に住んでいたからここは異世界だとすぐにわかった。いや、多重世界パラレルワールドというやつか。なんでもいいや。


 俺は勝手に「一円玉王国」と呼んでいるが、この国は一応「二本」という名称がある。由来は知らない。


 帰宅してさっそく購入したWindows11の電源を入れた。正常に動いている。

 ブラウザのMicrosoft Edgeを起動させて適当にネットサーフィンしていると興味深い記事を見つけた。


『千円紙幣、来年にも発行開始か』


 やっと一円玉以外で支払いができる。……いや、タイトルだけ見るとまだ確定ではないのか。


「……今年やってくれよ」 


 一円玉地獄を抜け出すにはまだまだ時間がかかりそうだ。

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